第1章 第4話 かわいそうな人
「男子全員揃いました」
「女性も全員います」
波乱の入学式から一夜明け翌日。今日から二日間、これからの高校生活を決めると言っても過言ではないオリエンテーションが行われる。
ドキドキとワクワクが入り混じった感情を抱えながら学校へと集まった俺たちはまずクラスごとに分かれて待機していた。
朝七時というまだ眠気が強く残る時間帯。俺はオリエンテーション担当として人数確認をして飯田先生へと報告する。そしてこのクラスにだけ存在するもう一人の担当である笛美さんも女子が全員揃っていることを報告する。
「うん、ありがとね」
新任だけあって忙しそうに動き回っている担任の飯田先生は俺たちの報告を聞いて小走りでクラスの方に戻っていく。少しサイズの大きいジャージが童顔の先生とマッチしすぎていて一瞬同期なんじゃないかと思ってしまった。
「はい、みんなおはようございまーすっ」
先生はぱんぱん、と手を叩くと俺たちのクラスに真上に輝く太陽にも負けないくらいの笑顔を向けた。かと思ったら一転、すごく気まずそうな表情へと移りゆく。
「本当は昨日決めなきゃいけなかったんだけど……このオリエンテーションは基本的に四人一組のチームに分かれてもらうことになってるの。それで……今から男女二人ずつのチームを作ってくれるかな?」
うお、朝からだいぶ重い話。まだ知り合って間もない俺たちには友だちすらまともにいない人が多い。なのに二日間強制的に付き合う奴らをこんな突然に決めるなんて……しかも男女混合。うまくやんないとこれから先地獄を見ることになる。
「陽士、組もうぜ」
よかった、昨日のうちに友だちを作っておいて。担当として前に立っている俺に列の中から郁人が手招きしてくる。
「とりまウチらはこれでいいっしょ」
俺が郁人の所に着くと同時に楼子さんも女子一人の手を握って近づいてきた。これでチームができたわけだけど……。
「えーと……」
「あ、わたし季護羽衣。よろしくね、郁人くん」
楼子さんが連れてきた女子の名前がわからずに困っていると、向こうが自己紹介をしてくれた。
「ていうかやっぱ俺の名前伝わってんだ……」
「あははっ。郁人くんの名前を知らない人なんてうちの学年にいないよっ」
俺の黒歴史を軽く笑い飛ばした羽衣さんはスカートの下にハンカチを置いて女の子座りで地面に腰を下ろす。
羽衣さんの第一印象は、楼子さんと飯田先生の中間的な子だなというものだった。
身長や顔、身体つきは飯田先生ほど極端ではないけど近いものがある。低い身長に童顔。なのに胸が大きい。でも髪はチョコレート色に染めていて、薄ピンク色のシュシュでサイドテールを作っている。制服も少し着崩して、今時の女子という感じがすごいする。清楚な女性らしくはないので俺のタイプではないが、それでも溢れ出る女子らしさに少しドキドキしてしまう。
「結構時間かかってるな」
「まぁしゃーないっしょ」
俺たちはかなり早くチームを組めたが、周りはそうもいかない。一分ほど経ったが、チームができているのは三、四組で残りは互いに牽制し合ってうまく組めていないようだ。
「やっぱり笛美さんのあれが悪かったよな……」
「え? どういうこと?」
俺のつぶやきに隣に座っている羽衣さんが首を傾げる。
「ほら、先生も言ってたけどこれ昨日のホームルームで決めなきゃいけなかったんだよ。そこなら周りで適当に固まってればよかったけど今は中途半端に二列になってるから話しかけづらいんじゃないかな」
「あー、それはあるかも。わたしも楼子ちゃんがいなかったら中々話しかけられないし……あれ? でも笛美ちゃんと関係なくない?」
あー、わからないか。この察しの悪さは色々めんどくさそうな女子の間では致命的じゃないか?
「昨日あれが性差別だなんだって騒いだから先生がこの話切り出せなかったんでしょ。男女で分かれるんだし」
スマホをいじりながら簡単に答える楼子さんに、羽衣さんは「ほぇー」と口を大きく開けてうなずいた。この子見た目そのままに結構バカっぽいな……。
「んなことよりとりまグループ作んね? はいスマホ出してー」
楼子さんに言われるがままにメッセージアプリを開くと、すぐさま三人分のコードを読み込んだ。そしてちょいちょいとスマホをいじくるとスマホが震える。『オリエンテーション組』というグループに招待されていた。
「はっや……」
「こんくらい誰でもできるっしょ。後でSNSのアカウントも教えてねー」
さてどうしようか。とりあえず一人ずつ友だち登録して……と思っていると、スマホが再び震える。
『よろー』
見てみると羽衣さんからその一言とスタンプが連続で三つ送られてきていた。
『うい』
俺もそれだけ打つとスタンプを一つ送って友だち登録する。
「なんかこういう時ってなに送ればいいのか迷うよね」
俺の返信を見たのか羽衣さんは少し笑って話しかけてくる。
「短すぎると気持ち悪いし長すぎてもきもいしな」
「なら陽士くんもきもいじゃんっ。あ、わたしもかっ」
あははっ、と笑う羽衣さんに何て返せばいいのか思い浮かばず、とりあえず愛想笑いを浮かべて後の二人の友だち登録もすませる。
「それにしても今回は何も言わないのな」
郁人も友だち登録を終えたのか、スマホをしまいながらそう言った。
「また変なこと言い出しそうなもんなのに」
「反省したんじゃね?」
「あいつに限ってそれはないな。反省するなら中学でとっくにしてる」
「そうですね。私は間違っていませんから」
郁人と楼子さんが笛美さんについて話していると、頭上から声がした。
「私はあくまで男女平等を訴えているだけです。男性と女性が同数である以上私から何も言うことはありません」
見上げると、笛美さんが鋭い目付きで俺たちを見下ろしていた。別に悪口を言っていたわけじゃないが、何となくそんな空気が流れる。
「ウチらのことはいいからあんたはチーム組んできたら?」
そんな空気を壊すように楼子さんはわざわざ立ち上がって同じ視線で笛美さんを睨む。身長的には楼子さんの方が少し高いから正確には見下ろす形になるか。
「私は余った人たちに混ざるのでご心配なく。今までずっとそうでしたから」
「流木さん、バスが出発する前に一度スケジュールの確認をしたいと先生がおっしゃっていました」とだけ言い残し、笛美さんは再び先生の隣に戻っていった。
「……ずっとって、中学時代友だちがいなかったってことか?」
「ああ。あいつはずっと一人だったよ。たった一人でフェミニズムに勤しんでた」
俺の質問に同じ中学だった郁人があくびをしながらめんどくさそうに答える。
「別にかわいそうだとは思わないけどな。普段あんなことしてるんだから自業自得だろ」
自業自得。笛美さんが悪いから仕方ない。
確かにそうなのかもしれない。俺たちは誰も男女平等を望んでいない。いや、望んでいるのだろうが、笛美さんが思っている男女平等と俺たち普通の人の男女平等のラインが違うんだ。
だとしたら中学の三年間。いや、もしかしたらもっと前から笛美さんはずっと変えられない世界に苦しんでいたわけで。
かわいそうだなと俺は思ってしまった。