第1章 第2話 始まるクラス
入学式中の公開告白。それによってお先真っ暗の高校生活だと思っていたが、俺の奇行と派手なフラれっぷりがいい感じのネタになり、俺の所属する一年B組は初日とは思えないほどに和気あいあいとしていた。
話の中心はもちろん俺。あんまりこういうのは得意ではないが、全員が探り探りなこともあって割と無難に会話できている。
「でも困るよなー、ああいう奴」
俺と同じクラスだった入学式中に話しかけてきた奴、三十路郁人が俺の隣の席に座って言う。
「男女平等は確かに大事だけどさ、今は割かしできてんだろ」
たぶん笛美奏のことを言っているのだろう。郁人は苦々しく顔を歪める。
「それなのにわざわざ問題をでっちあげて、めっちゃ大きな声で叫ぶ。言い出したらキリないのにな」
「わかるわー」
郁人の愚痴に乗っかる形で、机に腰かけた金髪のいかにもなギャルっぽい容姿をした環条楼子さんが舌打ちをして口を開く。
「そういう奴って自分の意見が女の総意みたいに言うんだよね。こっちは何とも思ってないのにいっしょくたにされていい迷惑だわ」
鮮やかな金髪にくるくると指を絡める楼子さん。そして郁人が言う。
「これだからフェミニストは」
フェミニスト。
聞いたことはあるが、正直よくわからないというのが俺の本音だ。
男女平等のために活動してるってことはわかるが、周囲の声を聞くに印象は悪そうだ。
たぶん郁人たちも男女平等についての文句はないのだろう。それでもフェミニストの言動が気に入らないって感じ。
まぁあの笛美奏の行動を見たら俺も納得せざるをえない。
告白に対し、ものすごい剣幕での反論からの、突然の散髪。
もちろん俺の言動が悪かったのだろうが、さすがにあの態度は常軌を逸している。あれのおかげで俺が被害者みたいになって慰めの雰囲気ができたからそこは感謝なのだが、まぁなんというか、すっきりしない。
「あ、来た」
派手めな見た目をした人たちと話していると、扉を開くと同時に教室の空気が静まり返る。
一瞬先生が来たのかと思ったが、違うということはすぐにわかった。
「笛美奏……」
教室に入ってきたのは、今話題の女子。あの出来事があったことを一つも気に留めないようなすました表情で教室を闊歩していく。
同じクラスだったのかという驚きを感じる間もなく、一直線に俺の方へと向かってきたことによる高揚で胸がいっぱいになった。あんなことがあったのにちょろいな俺……。
「そこ、私の席なのですが。どいていただけますか?」
しかし彼女が話しかけたのは俺ではなく、隣に座っていた郁人と、その机に腰かけていた楼子さんだった。俺の席は流木という苗字のこともあって窓側の一番後ろ。彼女は笛美だからこうなってもおかしくないか。
「ああ、悪いな」
あれだけ悪く言ってたんだから突っかかるのかと思ったが、郁人は素直に席を立つ。関わりたくないという気持ちが大きいのだろう。
「あんたさー、今まで何やってたわけ?」
しかし机に座る楼子さんは決して譲らず、敵意のこもった視線で笛美さんを見る。
「体育館の掃除をしていました。私の髪で汚してしまったので」
笛美さんはそう答えながら郁人がどいた椅子に座る。座った瞬間温もりが気持ち悪かったのか、笛美さんの表情が一瞬歪む。
「ふーん。ま、いいけど」
その答えに適当に言葉を返すと、楼子さんは立ち上がる。一触即発の空気が出ていたから口喧嘩でも始まるんじゃないかと怯えていたが、まだ笛美さん自身は何もしていないので特に突っかかる気もないのだろう。
「あなた」
「は、はいっ」
二人が去ったことで気まずい空気が流れる中、突然笛美さんが俺に声をかけた。単純に名前を知らなかっただけだろうが、「あなた」と呼ばれたことで余計緊張してしまう。
「先程は申し訳ありませんでした。髪、ついてしまいましたね」
「ああ、いや……」
俺の制服に着いた分はあらかた払ったがまだ残りがあったのか、笛美さんはは腕を伸ばして俺の制服から髪を一つ一つ取り除いていく。制服の上から感じる彼女の指先がくすぐったくてすごいあれな気分になる。
「ですがあなたの『女性らしい』という言葉は非常にステレオタイプ的思考です。直すことを要求します」
「ああ……はい……」
「ステレオタイプ」の意味はわからなかったが、気に障ったなら謝るしかない。というか指、まじで勘違いするぞ……。
「これから同じクラスで学ぶ仲です。仲良くしましょう」
「あ……はい……よろしく……」
そして全ての髪を払った笛美さんは真顔でそう言うと、座り直して前を向いてしまった。仲良くしようと言ったくせに話をする気は一つもないらしい。
告白のことがあったから嫌悪されているかと思ったが、後腐れないようにしてくれるらしい。よかった。
よかったが……とりあえず髪を何本か持ち帰ったことは秘密にしておこうと思った。