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第9話 年下の女の子を紹介

 真代依、里巳、紡の三人は正門前で顔を合わせた。


「この周では初めましてね、里巳」


「……誰ですか、先輩」


 初対面にもかかわらず馴れ馴れしく呼び捨てにする真代依を、里巳は今まで以上に警戒していた。数メートルほど距離を取り、通学用かばんを盾のごとく抱きかかえる。


 真代依は内心さみしかった。一度は打ち解けた里巳が、赤の他人を見るような目を自分に向けているのだ。前の周での人間関係がリセットされたことを思い知らされる。


「あたしは真頼真代依。真代依先輩って気軽に呼んでいいよ」


「……なんの用ですか先輩」


「里巳は今、とても困ってるでしょ」


 里巳のかばんを抱く手に力が込められる。


「なんで先輩があたしの事情を知ってるんですか」


「そんな警戒しないで。里巳を助けにきたんだから」


 真代依はそう言って、ぼけっと突っ立っていた紡の背中を押した。


「え、何?」と困惑する紡。


「誰ですか?」と警戒する里巳。


「ボディガードよ」


「ボディガード」と里巳は繰り返す。その声からは、ボディガードという単語が本来持っているはずの、頼り甲斐だとか頼もしさだとかはまったく感じられなかった。


「大丈夫よ。麦原君はぱっと見フツーだけど、えーと……、帰宅部だから身体を鍛えてるとかもないけどけど……、あ、そうだ、成績はけっこういいし、ご覧のとおり草食系だから送り狼になる心配もなし。どう?」


「どうって言われても……」


 後輩女子は先ほどからずっと困惑し続けている。

 同級生男子も同じく戸惑っていた。


「話がまったく見えないんだけど。さっき言ってた年下の女の子って、この子のこと?」


「そーよ、里巳は怪しい男につけ回されて困ってるの。だから麦原君にこの子を家まで送ってほしくて」


「最初からそう言ってよ……」


 紡は深々とため息をつく。


「言ったら付き合ってくれた?」


「結果を心配する前に、きちんと事情を説明するのが誠意ってものじゃないの」


「それは……」


 思わぬ抵抗に真代依は口ごもる。紡がこれまで無抵抗だからといって、少し調子に乗りすぎたのかもしれない。怒らせてしまっただろうか。草食系でも物言わぬ草ではないのだ。


 しかし、紡に頼めないなら困ったことになる。自分が里巳を送り届ける時間だけ、舞人から目を離さなければならない。


 平時ならまだしも、今は文化祭期間中だ。誰も彼もが浮足立っていて、トラブルが起こりやすい時期である。脊髄反射で人助けをしてしまうあの男が、じっとしていられるはずがない。


 トラブルに首を突っ込むだけならまだいいが、渦中にいるのが女子だったら、かなりの確率で惚れさせてしまう。前々回は里巳が、前回は生徒会長が落とされた。今回も何もしなければたぶんそうなる。


「別に、嫌とは言ってないよ」


 真代依の苦悩を紛らわすように、紡がまたしてもため息をつく。しかたないな、というあきらめの雰囲気を感じる、軽いため息だった。


「……いいの?」


「人助けってことなら、協力しないでもないよ」


「可愛い後輩の女の子を助けるんだし?」


「いや、下心は……、まあ、ないわけじゃないけど」


 紡はそっと目を逸らす。照れ隠しのようなその仕草を見て、真代依はかすかに感心した。草食系といっても女子に無関心なわけではないらしい。


「あの、先輩方……、勝手に話を進められても……」


 と里巳が抗議の声を上げるが、真代依は取り合わない。


「でも、里巳さとちゃん一人じゃ怖くて学校から出れないでしょ」


「さとちゃん?」


「大丈夫、麦原君は見た目は頼りないかもしれないけど、不審者対策は外見じゃなくて頭数だから。二人いるってことが重要なのよ」


 事実、前の周で真代依が付き添ったときは、不審者の影も形も現れなかったのだ。その実績がある真代依の言葉は自信に満ちていて、聞く者をなんとなく納得させる勢いがあった。


「頭数……」


 紡は呆然とつぶやく。自らの扱いに納得がいっていないようだ。


「……そういうことなら」


 里巳は渋々といった様子でうなずいた。


「えっ、いいの?」


「……どうして先輩が驚いてるんですか」


「えー、だって、話を持ちかけたあたしが言うのもアレだけど、初対面の男子と一緒に下校するって、ハードル高くない?」


「……高いですよ。いつもだったら跳べません。バー落っことしちゃいますよ」


 里巳は気を使っているのか、ちらりと横目で紡を見た。


「……でも、ストーカーにおびえるよりはマシかなと思って」


里巳さとちゃんって……」


 なげやりな後輩の言葉に、真代依はいたたまれなくなる。普通だったらやらないことをやってしまうくらい、精神的に追い詰められているのだろう。


「大丈夫、このお兄さんがばっちり送り届けてくれるから」


 と真代依は紡の背中を平手で叩いた。かなり勢いよく行ったせいか、びたーんといい音が響く。


「痛った! ぐおぁ……」


 紡の背中が弓なりに反り返る。変なうめき声をあげながら、彼は数秒ほどその場で身悶えていた。


「……大丈夫ですか、先輩」


 軟弱なざまを見せる紡に、護衛対象の後輩が心配そうに呼びかける。もうちょっと虚勢を張ってもらわないと、紹介した真代依の立場がない。


「いざとなったら身を挺してでも里巳を守ってね」


「不審者を見かけたら、大声で人を呼ぶよ」


 他力本願ではあるが最も効果的な対策を口にする紡。


「それじゃ、よろしくね」


 とその場を去ろうとする真代依に、


「……あの、先輩」


 里巳が控えめな声で呼びかけた。


「あたしの話、どこで聞いたかは知りませんけど、……助けてくれて、ありがとうございます」


「いーのよ、気にしないで」


 真代依はひらひらと手を振って、逃げるようにその場を後にする。




(ありがとうございます、だって)


 そろそろ来るだろうなと思っていたタイミングで、マヨイの弾んだ声がした。


(せっかく憧れの先輩と付き合えてたのに、それを邪魔した相手に向かってさ)


 ――黙ってて。


(罪滅ぼしをしてるつもりが、余計に罪悪感を上乗せされちゃったね)


 真代依は無関心を装いながら足早に廊下を進む。

 マヨイは反応などお構いなしに言葉責めを続ける。


(暗殺者が始末したターゲットの子供を育てるみたいな感じ? そういう映画あったよね。でも大丈夫、映画と違ってこの罪は絶対にバレないんだから)


 いったいどこでこんな言い回しを覚えたのかと呆れつつ、マヨイのネチネチとした嫌味を黙殺し続けて、ようやく二年三組の教室へたどり着いた。


 ところが、教室内を見回しても舞人は見当たらなかったので、入り口近くにいた女子に声をかける。


「あのー、舞阪君はいますか?」


 ちなみに名字呼びなのは、女子に気を使ったからだ。男子と馴れ馴れしくしていると、女子からは反感を持たれやすい。真代依とて考えなしに愛想を振りまいているわけではないし、敵が少ないに越したことはない。


「舞阪君なら、確かさっき、生徒会室へ行ったよ」


「――生徒会? なんで?」


 真代依にとって、あるいは舞人にとって今いちばん危険な単語に、思わず返事が大きくなってしまう。


「なんか、実行委員で問題が起こったから、各クラスの代表を集めて話をするんだって」


「でも、舞人って実行委員じゃなかったはずじゃ……」


「委員の子が忙しかったから、代わりに行ってくれたの」


 ――あのお節介!


 真代依は天を仰ぎつつ心の中で絶叫すると、女子に礼を言って全速力で駆け出した。


 ちょっと目を離したらすぐこれだ。泳いでいないと死んでしまう回遊魚のごとく、困っている人に手を貸さずにいられない性分。それ自体は素晴らしいことだが、もう少し控えてほしいというのが真代依の偽らざる本心だった。


 特に今は、生徒会だけは絶対にダメだ。前の周と同じ、生徒会長告白ルートに入ってしまう。それだけは阻止しなければならない。

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