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第6話 3周目の月曜日


 二周目も失恋しっぱいした。

 一周目の知識があったにも関わらず、別の女の告白を許してしまった。


 そして、三周目の、月曜日の朝。


 ショックも大きかったが、腹立たしさもかなりものだ。真代依の感情を円グラフにすれば半々、むしろ腹立たしさの方がやや勝っているかもしれない。


(怖い顔してるぅ)


 制服に着替えて姿見の前に立つと、中学校のセーラー服姿のマヨイが鏡の中でくすくすと笑っている。


「また告白を阻止できなかった」


(怒ってるの、それだけじゃないでしょ?)


 顔をかたむけて問いかけるマヨイ。


「そんなこと――」


 真代依は言葉を切った。こんなときに自分に嘘をついても意味がない。


「舞人のやつ、ちょっと軽すぎじゃないの!?」


 腹の底にため込んでいた感情を吐き出す。

 その対象として、目の前の少女はうってつけの相手だった。


「影しか見えなかったけど、今回の相手もほとんど面識のない女子だった。それなのに、また告白を受け入れるなんて」


 一週間でそこまで関係が進んでしまうなんて、真代依の常識では考えられなかった。それでも、相手が一人だけならまだいい。ひと目惚れや相性の良し悪しなど、いろいろと理由をつけて納得できたかもしれないからだ。


(しかも、一度ならず二度までも、だもんねぇ)


 マヨイの言うとおり、それが二()連続となれば話は別だ。


 一人目は可愛らしい後輩の佐藤里巳。

 二人目は名前も知らない凛々しい女子。


 立て続けに二人から告白をされて、そのどちらも受け入れている。しかも、まったく別々のタイプだ。真代依にとって屈辱的な現実だった。四年もそばに居てなんの進展もない自分が馬鹿みたいだ。


 かといって、悲劇のヒロインよろしく一日じゅう涙で枕を濡らしているわけにもいかない。


 自分には里巳のような可愛らしさはない。

 二周目の人のような凛々しさもたぶんない。

 距離の近さという利点も、今となっては告白に踏み切れない足かせになっている。


 手持ちの武器は、奇妙なタイムリープ能力だけ。

 だったら勝利するまで、この武器を活用するしかないのだ。


 気持ちを切り替える真代依。

 しかしマヨイは相変わらず、真代依が考えたくないことを平然と口にする。


(さて、三人目は誰かなー)



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 失恋しっぱいを繰り返さないためには、前の周までの出来事を思い出して、なぜそうなったのかを考えることが重要だ。そして、失敗したルートを回避するべく、慎重に動かなければならない。


 行動と結果の因果関係を把握して、今度こそ、舞人が誰からも告白されない後夜祭にたどり着くのだ。


 前周の月曜日では、通学のときに紡と他愛のないやり取りをした。真代依の方からタイムリープの話を持ちかけたのだ。会話はこの場限りのもので、その後の流れになんの影響も及ぼさなかった。そう断言できる。

 

 なので真代依は今回もまた、紡との会話でストレスを発散することにした。


「一週間で人を好きになるなんてありえないと思わない?」


「いきなり何ごと?」


 紡は顔をしかめながらイヤホンを外した。


「例えばの話なんだけど、麦原君が、可愛い後輩の女の子を毎日家まで送り続けて、一週間後にその子から告白されました。さあどうしますか?」


「されたことがないからわからないよ……。あと、可愛い後輩の女子もいない」


 紡の口ぶりは切実で、真代依は罪悪感を覚えてしまうほどだった。


「……えっと、ごめん。例えばの話よ。妄想を膨らませてみて。得意でしょ? で、そういう子に告白されたら、付き合う?」


 早口でそう尋ねると、紡は視線をさまよわせて、考えながら言葉をつなぐ。


「告白までされたら……、どうだろうなぁ。そりゃどういう相手かわからないと断言はできないけど、そもそも毎日家まで送っている時点で、嫌いなわけがないんだし……、OKしちゃうんじゃないかな」


「あーあ、やっぱりそう。男子って結局誰でもいいんだ」


 想定してはいたものの、実際にそう答えられるとがっかりして、恨みがましい物言いになってしまう真代依である。


「え、なんで僕が浮気したみたいな感じで責められてるの」


「浮気じゃなくて裏切りだから」


 真代依の言葉の情報量が少ないせいで困惑していた紡が、やがて何かを察して目を細める。


「……舞阪君が誰かといちゃついてるのを見つけて、それで怒ってるの?」


「別にそんなんじゃないし」


 本当はまさにそんなんであったが、認めるのは癪だったので声が乱暴になる。紡に言い当てられたことが悔しかったし、そのせいで舞人が告白されたシーンを思い出してしまい、あの瞬間の悔しさがよみがえった。二重の悔しみだった。


 真代依のふてくされた態度がおかしかったのか、紡は苦笑いを浮かべていたが、やがてふと真面目な顔つきになった。


「それはそれとして……、告白されただけで付き合う男子のことを、いい加減だ、みたいに言ってたけど、告白ってけっこう重要だと思うよ」


「え……?」


 真代依はびっくりして、すぐに返事ができなかった。紡から反論が来るとは思わなかったし、その論点が告白についてというのも予想外だ。


「で、でも、言葉にしなくても伝わる気持ちとか、そういうのってあるでしょ」


 ありきたりな意見だと自覚しつつ真代依。


「仲のいい男女がいて、お互いが相手からの好意をなんとなく感じ取っていたとしても、それだけじゃまだ足りないんじゃないかな」


「その足りないところを補うのが告白だって言いたいの?」


「恋愛はプロレスに似ている」


 と紡が言った。真代依にはまるで意味がわからなかったが、真面目に考えてみて――そして、ある結論に達すると、冷めた目で紡を睨んだ。


「まさか、夜のプロレスとか言いたいわけ。あたし、下ネタ嫌いなんだけど」


「嫌いって割には発想がエ……」


「はぁ?」


「いやなんでもないです」


「何か補足があるの?」


「プロレスのルールは知ってる?」


「殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたりするだけでしょ」


「うん、まあ割と何でもありの競技ではあるけど、決着のつけ方ははっきりしている」


「決着って、相手を押さえ込むやつ? ワン、ツー、スリー、って」


 真代依は指を立ててカウントを数える仕草をする。


「そう。両肩をマットに押し付けた状態でスリーカウント。だけど、三秒っていうのは意外と長くて、ただ相手を押さえ込んだだけだと、簡単に身体を起こされてしまう。だから、その前に相手を痛めつけてダメージを蓄積させて、くたびれさせたところで押さえ込むんだよ」


「じゃあ、派手に戦ってるのは、ただの下準備ってことね」


「いやいや、プロレスはあの過程こそが大切なんだよ。すべてと言ってもいい」


 紡は小さく左右に首を振った。プロレスに対してこだわりがあるのか、そこは譲れない、という静かだが断固とした口ぶりだった。なんの話をしてたんだっけ、と真代依は内心で首をかしげる。ああ、そうだ、


「でも恋愛は結果がすべてでしょ。同じって言ってたけど、それじゃ真逆じゃない」


 揚げ足を取るような反論だったが、言い負かせそうなポイントを見つけて、真代依は少しテンションが上がった。


「じゃあ、恋愛の結果ってなんだと思う」


「それは……、付き合うか、フラれるか、でしょ」


「その結果を求めるのが告白じゃないか」


 そう言われて真代依は黙り込む。確かにそうだ。あなたが好きだとはっきり意思を表示して初めて、その先へ進むかどうか、という話になるのだから。


 真代依が納得したのを察したタイミングで、紡が話を続ける。


「恋愛だと、気になる相手と少しずつ距離を縮めていって、いけると思ったタイミングで告白をして、それが受け入れられるかどうかが決まる。


 プロレスだと、敵と派手にぶつかって体力を削っていって、いけると思ったタイミングで相手を押さえ込んで、実際に3カウント取れるかどうかが決まる。


 ――どう? 似てると思わない?」


 その理屈を真代依は黙って聞いていた。悔しいが、すこし似ている。


 たぶん他のスポーツでも、例え方次第でいくらでも似ているように言えるのだろうが、真代依はあまりスポーツに詳しくないので、いい切り返しが思い浮かばない。いちばん詳しいのは、舞人がやっているバスケットボールだが、それを恋愛に喩えようとしても上手くいかなかった。恋のオフェンスリバウンド、とかどうだろう。意味がわからない。


「あとね、プロレスで相手をマットに押しつけることを〝フォール〟って呼ぶんだ」


「フォール……」


「落下の〝Fall〟と同じだよ。誰かを好きになることを「恋に落ちる」と言うし、誰かを自分に惚れさせることを「落とす」と言うし、そういう意味でも、プロレスと恋愛には共通点があるんじゃないかな」


「なんてキザな結論……」


 真代依は反射的に顔をしかめていた。


「もしかしてそれが言いたかっただけじゃないの」


「いやいや、話のオチは確かに大切だけど、そこへたどり着くやり取りも軽く見ることはできない。そう考えると、ただの会話もプロレスに通じるところが」


「ないから」


 と真代依はバッサリ否定した。


 ただの会話がプロレスに通じるなら、同様に恋愛もまた、ただの会話に通じることになってしまう。その逆もまたしかりで、ただの会話も恋愛につながってしまうのではないか。……考えすぎると混乱してしまう。紡の持論にはこのあたりでストップをかけておきたかった。


「もしかして、誰かに告白するつもり? 後夜祭で」


 紡が恐るおそる尋ねてくる。文化祭が近づいてきたこの時期に、告白がどうのという話をしたら、真っ先に思い浮かぶのは後夜祭それだろう。


「ねえ、麦原君。仮に……、もしもの話だけど」


 真代依は紡の質問をスルーして、逆に問いかける。


「あたしが、一週間後に誰が誰に告るかっていう情報を知ってて、裏で暗躍してその告白を阻止しちゃったら、……どう思う?」


 タイムリープの話を避けたせいで、あやふやな言い方になってしまった。


 紡は自分の質問が無視されたことも気にせず、真面目な顔をして考え込む。


「仮の話なんだから、僕の答えも仮のものだと前置きするけど……」

 やがて結論が出たのか、まっすぐに真代依を見つめて、言った。

「ひどいことだと思うよ。すごく残酷なことだと思う」

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