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第5話 2周目の後夜祭

 自分が送ると宣言した手前、里巳さとみのことはきちんと家まで送り届けた。舞人に嘘はつけない真代依である。


 しかし、それはあくまで約束を果たしただけであって、それ以上の世話をする義理はない。帰り道のあいだ、二人はほとんど口を開かなかった。会話はわずか二回。出発前の、


「家、どの辺?」

「駅の方です」


 それから彼女の家に到着したときの、


「……ありがとうございました、先輩」

「どーいたしまして」


 たったこれだけだ。

 お互いがお互いを警戒し合っていたのだから無理もない。


 真代依は里巳のことを、好きな人を奪いかねない恋敵と見ていたし、

 里巳は真代依のことを、憧れの先輩を遠ざけた邪魔者と感じていた。




 そのあと、文化祭の準備を抜けてしまった謝罪のために学校へ戻り、少しだけ作業をしてから家へ帰ると、真代依は自分の部屋のベッドに身体を投げ出した。


「あー疲れたぁ……」


(マイトは相変わらずね。当たり前みたいに人助けしちゃうの)


 寝そべったまま首をひねると、縦長の姿見すがたみの中でマヨイが呆れ顔をしていた。


「それがいいところなのよ」


 自分の部屋の中では、真代依も声に出してマヨイに応じる。


(あはは、ほれた弱みってやつだ)


「うるさい」


 突き放すように発したつもりの声だが、自分の耳には意外と弱々しく聞こえた。寝ころんでいるせいか、感情が抑えられている。それでも、昔の自分の姿からは目を逸らしたくて、首を戻して天井を見上げた。


(それで、あの子はどうするの?)


「どうもこうも、これで終わりよ」


 素っ気なく答える。やり方はかなり強引だったが、舞人と引き離すという目的は果たせたのだ。だから当然、佐藤里巳と関わることはもうない。


 少なくとも真代依はそのつもりだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「……舞人、何見てるの?」


 翌日の放課後。

 廊下の窓から外を眺めている舞人に、真代依は嫌な予感を感じつつ声をかける。


「ん、ああ。ほら」


 彼の視線の先には正門があり、その手前にポツンと人影が立っていた。小柄でショートカットの女子生徒だ。おそらく後輩という属性もある。


「昨日の子だよな、あれ。佐藤里巳」


「かもしれないわね」


「まだ不安がってんのかな」


「でも昨日送ったときは何も異常はなかったよ?」


「妙なメールとか無言電話とか、不審者ってのはいくらでも――」


「あーはいはいわかったわよ、今日もあたしがちゃんと送るから。あたしが!」


 心配の言葉を大声でさえぎると、舞人はおお、と身体をのけぞらせた。


「……いいのか?」


「実は昨日ちょっと仲良くなって、今日も一緒に帰ろうねって約束してたの」


 真代依は呼吸をするように嘘をついた。


「そうか。ありがとうな」


「約束してたんだから、別に舞人のためじゃないし」


 真代依は舞人に背を向けて、足早に遠ざかる。しかし、


(自分のためなんだから、お礼なんて言われても罪悪感が増えるだけだよね)


 どれだけ早く歩いても、マヨイの言葉からは逃れられない。





「……えっと、真頼まより先輩?」


 真代依の顔を見るなり、愛想あいそ笑いに失敗したような引きつった表情を浮かべる後輩。真代依はそれにかまわずに、正門のラインを超えてから里巳を振り返る。


「残念だったわね、舞人じゃなくて。ほら、帰らないの」


「え? いえ、帰りますけど……、あの、どうして真頼先輩が?」


「ホント、どうしてなんだろ。……ヒーロー代行?」


「はあ」


 里巳はぽかんとした顔で首をかしげていたが、真代依が歩き出すと、小走りでそれに続くのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな風にずるずると。

 約束のない待ち合わせは、文化祭の直前まで続いた。


 ありふれた建売たてうりの一軒家の前、佐藤と書かれた表札の横で里巳は頭を下げる。


「ありがとうございました、真頼先輩」


「いーのいーの、気にしないで」


 真代依はひらひらと手を振って、大したことではないとアピールする。しかし、里巳はまだ申し訳なさそうに視線を落としたままだ。


「でも、毎日一緒に帰ってくれるなんて」


 今日は金曜日だ。舞人のおせっかいが発動した月曜日を含めて、すでに五日目である。その間、ずっと里巳を家まで送り続けていたのだ。さすがにちょっとやりすぎだったと思わないでもない真代依である。


「舞人と二人きりにさせないためにやってるんだから、里巳が気にする必要はないの。わかる? あたしは」


 真代依は人さし指で自分の胸元を指さした。

 その指を反転させて、里巳の顔へと向ける。


「あなたの恋路を、邪魔してたの」


 言い訳も気遣いも面倒くさくなって、正直に本性を明かしてしまう。しかし、里巳の表情はむしろ晴れやかになっていた。


「やっぱり、そうだったんですね」


「……え、なんで笑顔?」


 という真代依の疑問をかわいい後輩は聞き流し、両手を組み合わせて、うっとりした表情で近づいてくる。


「真頼先輩は、舞阪先輩に告白するんですか?」


「しないわ」


(一回フラれてるし)マヨイの余計なひと言。


「だから里巳も、舞人をそういう目で見ているなら、明後日あさっては好きにやればいい」


 そうは言ったものの、里巳が告白をする可能性は低いし、それを舞人が受け入れる可能性はもっと低いだろう。

 ループ前の時間軸で舞人と里巳がフォークダンスを踊るまでの関係になれたのは、二人が過ごした放課後の時間の積み重ねがあってこそだ。それを丸ごと〝なかったこと〟にしてやったのだから、吊り橋効果じみた恋愛感情は、かなり薄れているはず。


 真代依の挑発を受けても、里巳はおだやかだった。


「ありがとうございました」


 恋敵のはずの相手に向かって、もういちど頭を下げる。

 今までよりも深々と、ゆっくりと、ていねいに。


「だから、お礼なんて」


「あたし、真頼先輩と舞阪先輩はお似合いだと思ってますよ」


 顔を上げた里巳はにっこりと上目づかいでほほ笑むと、それでは、と手をあげて家へ入っていった。


 扉が閉じるまで後ろ姿を見送ってから、真代依はほう(・・)とため息をついた。

 とても可愛らしい。自分に妹がいたらあんな感じだろうか。

 毎日家まで送っているうちに、里巳への警戒心はだんだんと薄れていき、今ではすっかり情が移ってしまった真代依であった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ともあれ、これで里巳の告白は阻止できたはずだ。一人の女の子の想いをなかったことにした、その罪悪感にじくじくとさいなまれつつも、真代依にとって二度目の後夜祭が始まった。


 日が落ちた空を見上げると、ひとつ、ふたつと星がまたたき始めている。


 地上へと視線を戻すと、太陽のようなオレンジ色。煌々と燃え盛る炎が、長い影を描き出していた。生徒たちの足元から伸びるたくさんの影は、揺らめき、絡んで、重なって、その影を見ているだけで、楽しげな雰囲気が伝わってくる。


 文化祭の終わりを告げるキャンプファイヤーだ。


 舞人はどうしているだろうか。彼の姿を探して暗闇の中を歩いていくと、やや長身のそのシルエットを見つけた。取り立てて特徴があるわけではないが、舞人の姿は影だけでも見分けがつく。細かな動きから、その心理状態さえも。


 舞人の影は辺りをきょろきょろを見回していた。

 誰かを探しているような、あるいは誰かを待っているかのような――その落ち着きのない動きは、タイムリープの引き金となった一週間前を思い起こさせた。


 悪い予感が加速していく。声をかけて引き止めなければ。


「ま――」


「舞阪舞人君」


 真代依の弱々しい声は、同じ相手の名前を呼ぶ、凛々しい声にかき消された。


 声の主はモデルのようにしなやかな足取りで舞人に近づいていく。それが里巳でないことは明らかだった。すらりとした体型と、背中にまで届く長い髪。女子にしては低いものの、決して暗さのない朗々(ろうろう)とした声で、みずからの想いを語り始める。


「……率直に言って、私はこの手のことに興味がなかった。縁があるとも思えなかったしな。文化祭を指揮する立場でありながら、それを楽しむ人たちのことを知ろうとしていなかったんだ。しかし、その考えは間違っていた。だからあのようなミスを犯してしまったんだろうな。助けてくれてありがとう。これまで私が切り捨ててきた物事の大切さを、教えてくれてありがとう。その礼と言ってはなんだが、もしよかったら、私と――」


 人影は首を振って、言い直す。


「――いや、違うな。礼じゃない。私は君と踊りたい。それだけなんだ」


 力強い言葉とは裏腹に、差し出された手は弱々しく震えている。


 断って。

 その手を取らないで。


 真代依の祈りは届かなかった。


 舞人が一歩、しなやかな影に向かって踏み出す。

 そして、伸ばされた手を取った。

 二つの影がつながる。つながってしまった。

 立ち止まって振り返り、フォークダンスの輪を眺める。


 生徒たちが好き勝手に動いて、キャンプファイヤーの周りで不格好な輪を形作っている。やがてその輪はぎこちなく回りだした。


 誰も彼もが楽しそうだ。舞人も笑いながら踊っているのだろう。その笑顔はあの後輩の女の子に向けられているのだろう。自分が見られないのなら、そんなもの、存在してないのと同じことだ。


 ああ、遠いなと真代依は思う。

 諦めとともにいろいろなものが遠ざかっていく。

 心は冷めているのに身体は熱い。

 その奇妙な感覚は、身におぼえがあった。


 ドクンドクンと音がうるさい。

 まるで耳元に心臓があるかのよう。

 息を吸って吐くだけでも苦しいくらいだ。

 血の気が引いて目眩めまいがして、膝が折れそうになる。

 全身が異常を訴うったえるなか、際限なく高まっていく鼓動を聞きながら――



 真代依の意識は跳躍した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 カーテンが朝陽をさえぎり、ほんのり明るい室内で。

 ベッドの上で目覚めた真代依は、天井をにらみつけた。



「誰なのよ、あの女……」

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