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第4話 一人目の女の子

 文化祭直前の一週間は、五限目までの短縮授業となっていて、通称〝文化祭ウイーク〟と呼ばれている。出し物の準備に精を出す生徒たちで、この期間中の放課後はどこもかしこも騒々しい。


 真代依はこの浮ついた空気が嫌いではないが、例の問題がある限りは心から楽しむこともできない。もやもやした気持ちを抱えたまま廊下を歩いていると、問題の中心人物を見つけた。彼の教室とは逆の方向へ、ダラダラと進んでいる。


「舞人! どこ行くの?」


 深呼吸をひとつ。

 失恋の苦味をぐっとこらえて声をかける。


 振り返った舞人は、当然ながら六日後の未来のことなど知らないわけで、いつもどおりの自然体だった。

 無言でスマホの画面を真代依へ向ける。メモ帳アプリには箇条書きで〝ガムテープ〟だの〝マーカー黒5本〟〝赤3本〟だのと書かれていた。


「あー、買い出しかぁ」


「じゃんけんで負けたんだよ。俺も大道具を作りたかったんだけどな」


 舞人は握った右手を開いた左手にぱしんと当てた。彼には常に最初はグーを出すというわかりやすい癖がある。それをクラスメイトに見抜かれたのだろう。


「でも、買い出しって楽しくない?」

「どこがだよ。買い物ではしゃぐような歳じゃないだろ」

「学校の用事として外で買い物するのが、ちょっと特別感あっていいんじゃない」

「そういうもんか」

「ね、あたしもついて行っていい?」

「別にいいけど……、クラスの手伝いはいいのか?」

「あたしも買い出しってことにするから」

「ことにするって」

「ちょっと待ってて」


 真代依は教室に戻ると、クラス委員に頼み込んで強引に買い出しの仕事をもぎ取ってきた。そして、昇降口で舞人と合流する。


「お待たせー」

「別に待ってないけど。ってなんだこのノリ」

「デートっぽいじゃん」

「いや、別にぽくねえよ……」


 舞人は否定するが真代依は上機嫌だ。ごく普通のやり取りができるだけでうれしかった。


 しかし当然、マヨイは浮かれ気分に水を差してくる。


(告白をなかったことにしておいて、よく普通にしてられるよね。マイトやあの子に悪いと思わないの?)


 ――タイムリープ(あれ)はあたしのせいじゃないから。


(そう思わないとやってられないよね)


 マヨイの口調は同情しているのか同調しているのか、それとも嘲笑ちょうしょうしているのか、よくわからなかった。あるいは、それら全部だったのかもしれない。




「あれ、真代依っち」


 校庭に出たところで、別のクラスの友達が声をかけてきた。隣の舞人を見てニヤリと笑う。


「どしたん、準備サボってデートか?」

「ふっふ、そう見える?」

「いや、ただの買い出しだから」


 と舞人はまたしても否定するが、逆に真代依の機嫌は上向いていた。友達にからかわれるのは、むしろ狙いどおりだ。


(マイトとの関係をアピれてご満悦マンエツってやつ?)


 ――うるさいわね、戦いはもう始まってるのよ。


 真代依は気合を入れ直した。目の前で舞人を奪われた喪失感はいまだに鮮明で、油断するとすぐに気持ちが落ち込んでしまう。

 この時間軸では六日後の不確定な未来だが、真代依の体感ではほんの半日前の、現実にあった出来事なのだ。


 二度とあんな思いはしたくないから。

 どんな手を使ってでも、謎の後輩の告白は阻止してみせる。


 真代依は静かに決意して、そのための行動はすでに始まっていた。

 舞人の買い出しについて行くというのもそのひとつだ。


 真代依と舞人は日ごろから交流があり、二人で一緒にいても不自然に思われない程度には、その関係は周囲に知られている。付き合っていると言えば信じる者もいるだろう。


 そんな、友達以上恋人未満な関係を、文化祭の準備で人出が多くなっている校内で、ここぞとばかりに見せつけてやるのだ。そうすれば、舞人に好意を持っている女子への牽制けんせいになる。


(敵はあの後輩の子だけじゃないもんね)


 ――恋敵の芽は小さなうちに摘んでおく方が効率的なの。


(怖ーい、動物の縄張り争いみたい)


 マヨイの揶揄やゆを無視して、隣の男友達に呼びかける。


「ねえ舞人、あとでマクド寄ってこっか」

「いや、寄らねえよ……。買い出しが終わったらすぐ戻るから」

「舞人の()は真面目の()、だよねー」

「真代依の()は……、なんだ? マクドの()……なのか?」


 他愛もない会話を交わしながら、その関係を周囲に示しながら、真代依は舞人について歩いていく。


 好きな人の近くに居られるうれしさと、その居場所を確保するための下準備――実利と打算の二兎にとを追う作戦は、しかし、しょぱなからコケることになる。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 正門のところに女子生徒がいた。門柱同士を結ぶラインの手前に立って、なかなか外に出ようとしない。


 真代依はその子を気にかけることなく素通りしたのだが、舞人はしばらく歩いたところで女子生徒を振り返った。


 嫌な予感がして、真代依も同じように振り返る。


 女子生徒は青い顔で門の外を警戒していた。外には危険な動物がたくさんいるから家で待っていなさいと言いつけられた童話の主人公のように。


 そんな不安そうな様子が、舞人のセンサーに引っかかってしまったのだろう。


(これ、釣れちゃった(・・・・・・)んじゃない?)


 面白がる声。マヨイの言うとおりだ。

 なんてこった、と真代依は心の中でなげきつつ、


「ねえ舞人――」

「どうした? 何を怖がってるんだ?」


 真代依が止めるひまもなく、舞人は女子生徒に近寄って平然と声をかけた。


「あっ、先輩……」


 女子生徒の表情がわずかに明るくなったのは、取りつくろったからか、それとも舞人に声をかけられたのがうれしかったからか。この期に及んでは妨害すると逆効果になってしまう。真代依は後ろでじっと二人のやり取りを観察するしかなかった。


「確か女子バスケ部の……」

「さ、佐藤です。佐藤里巳(さとみ)です、舞阪先輩」

「顔色が良くないぞ。何か不安があるのか? 具合が悪いなら保健室に……」

「ち、違います、そうじゃないんです。実はあたし、その……」


 小柄な女子生徒は二人の先輩を交互に見上げた。しかし真代依と目が合った瞬間、びくりと肩を震わせて、逃げるようにうつむいてしまう。


「す、ストーキングされてる……、かもしれなくて」


 口ぶりに自信がないのは、実際にストーキングされているかどうかが確実ではないから。そして、自意識過剰と思われるのが怖いからだろう。すでに誰かに相談して、『勘違いじゃないの?』とあしらわれた経験があるのかもしれない。


 そんな里巳の不安を、平然と一掃してしまうのが、この男の悪いくせなのだ。


「よし、じゃあ俺が家まで送ろう」


「えっ」「――はあ?」


 予想してはいたものの、思わず威嚇いかくするような声が出てしまう。

 それを聞いてびくりと肩をすくめる里巳。

 しまった、これではあたしが悪者じゃないかと、真代依は慌てて言い訳をする。


「ちょっと舞人、これから買い出しじゃなかったの」

「佐藤を送ってから行けばいいだろ」


 さきほどまで名字すら出てこなかった子に対して、この手厚い対応である。慣れている真代依はともかく、里巳の方は目を丸くしていた。しかし悪い気はしないようで、驚きつつも頬が赤くなっている。


 ――これが舞阪舞人の異常性だ。


 清潔感があって警戒されない外見と、気さくではあっても決して馴れ馴れしくない話し方。不安を抱いている人間を見つけ出す感度の高さと、あっさり踏み込んでしまう積極性。


 それらが合わさった結果どうなるか。


「……いいんですか?」


「ああ、どうせ外に出る予定だったんだし、ちょっと回り道になるだけだ。むしろ部活休みの運動不足が解消できて助かる」


「舞阪先輩……」


 里巳は上目づかいで舞人を見ていた。そのつぶやきを聞いて、真代依の脳裏にキャンプファイヤーの記憶がよみがえる。声の大きさこそ違うが、込められた感情は同系色だ。


 真代依は誤解をしていたらしい。

 フォークダンスに誘い、それを受けるほどなのだから、舞人と里巳はもともと仲が良いのだと思っていた。しかし、この時点で舞人は彼女の名字すら知らない。今の二人はその程度の仲なのだ。

 つまり、今日が始まり。

 この一件をきっかけにして、二人は一気に親密になっていくのだろう。


 となると、楔を打ち込むのはこのタイミングをおいてほかにない。


「――ダメよ」


 真代依は反射的にそう口にしていた。

 二人の間に割り込んで、舞人の肩を小突こづく。


「……ってぇ、なんだよ」


「あんたは買い出しで外出するんでしょ。それ以外はルール違反だから」


「いや、マクド寄っていこうとか言ってたじゃないか。それに佐藤は」


「大丈夫。この子はあたしが送るから」


 本当はまったく不本意なのだが、舞人のヒーロー気質を抑えるためにもそう言うしかなかった。そして、真代依から見えない位置――彼女の背後では、里巳も同じく不服そうに表情をくもらせている。

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