第2話 真代依のマヨイ
――まぶしい。
まず感じたのは明るさだった。
夜の暗がりから一転して朝のような明るさ――いや、違う。
実際に朝なのだろう、たぶん。
これまでの経験から、真代依は状況の変化をすんなりと受け入れていた。
病院や保健室ではない。目覚めたのは自分の部屋のベッドの上だった。着ている服も汗とほこりにまみれたジャージではなく、ゆったりとした清潔なパジャマだ。着替えた記憶はない。
夜のグラウンドから、一瞬にして朝の自室へと移動していた。
この状況を手っ取り早く説明する言葉がある。
夢、だ。
しかし、そうではないことを真代依は知っている。
これはれっきとした現実だ。
寝落ちしたまま時間が過ぎたわけではない。
むしろその逆。
時間は過ぎたのではなく、後ろへ戻ったのだ。
精神的なショックを引き金にした時間跳躍現象。いわゆる――
「タイムリープ……、また、しちゃったのか……」
ベッドの上で天井を見上げたまま、真代依はため息をつく。
ありえない現象が起こっているというのに、真代依は落ち着いて状況を受け入れていた。
それもそのはず。
真代依にとってタイムリープは初めてのことではないのだ。
一年と半年ほど前にも同じことを体験していた。
胸元に手を当てて、直前の激しい鼓動が落ち着いているのを確かめる。
続いて、枕元のスマートフォンに触れた。
時間移動者にとっての必須情報――自分が何時に飛ばされたのかを知るためだ。
デジタル時計の日付は、後夜祭の六日前を示していた。
週の始まりの月曜日だ。それならまだ時間はある。
「――よし!」
大きな声を出して飛び起きる。
それはただの虚勢で、空元気だ。
好意を寄せる男子が、自分以外の女の子からの告白を受け入れてしまう――そんなバッドエンドを目の当たりにした直後である。内心では大いにショックを受けていた。
しかし、落ち込んでばかりもいられない。真代依には挽回のチャンスがある。
人と人との関係は、あるレベルまで深まったらなかなか手出しができない。赤の他人の噂よりも、友達や恋人の言葉の方が信じられるからだ。そこまでに至った関係を引き裂くのは難しい。
だから、そうなる前に手を打つのだ。
二人の関係性が未熟なうちに、さり気なく間に入って、親しくならないように邪魔をすること。未来を知った自分ならそれができる。
(――本当に?)
声が聞こえた――気がした。
壁に立てかけられた全身鏡に、中学の制服姿の代依が映っていた。高校二年生の現在よりも数センチ背が低い、あのころのままの自分の姿。卒業アルバムに写っているのと同じ、あどけない顔つきに、今は人の困っているところを見て喜ぶような、意地の悪い笑みを張り付けている。
室内にいるのは真代依だけだ。鏡の中の少女は幻覚であり、真代依もそれを自覚している。なので取り乱すことはなかったが、辟易はしていた。
――久しぶりね。
真代依が心の中で応じると、鏡の中の少女がちょこんと首をかしげた。
(また失恋したの?)
――言わなくてもわかってるでしょ、あんたは。
(そーね、だからあたしが出てきたんだし)
マヨイは手のひらで口元を押さえるが、きゅっと吊り上がった唇は隠しきれていない。
(ねえ、本当にやるの? また、誰かの未来を勝手に変えちゃうの?)
無邪気な笑みを浮かべたまま、そう問いかけてくる。
真代依は全身鏡の前に立つと、鼻先が触れそうなくらいに顔を寄せた。
鏡の中のマヨイを睨みつける。
「罪悪感がないわけじゃないけど」
文字どおり、自分に言い聞かせるように語りかける。
「でも、またあんな気持ちになるくらいなら、自分の手を汚す方がマシよ。他人の恋路の邪魔なんて珍しいことじゃないし、あたしはその手段がちょっと特殊なだけ。大丈夫よ。誰も知らないし、誰も気づかない」
(だから誰も咎めない?)