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第1話 1周目の後夜祭

 日が落ちた空を見上げると、ひとつ、ふたつと星がまたたき始めていた。


 地上に視線を戻すと、太陽のようなオレンジ色。煌々と燃えさかる炎が、グラウンドに長い影を描き出していた。

 生徒たちの足元から伸びる影は、揺らめき、絡んで、重なって、その動きを見ているだけで楽しげな雰囲気が伝わってくる。

 文化祭を締めくくるキャンプファイヤーだ。

 それを囲んで間もなくフォークダンスが始まるとあって、参加希望の生徒たちが徐々に集まってきている。


「誰かと踊らないの?」


 真頼まより真代依まよいは、隣に立つ男子生徒に声をかけた。


「ん、ああ、別にいないな、そういう相手は」


 特に興味なさそうに答えるのは、舞阪まいさか舞人まいと。中学校からの腐れ縁だ。


「真代依こそどうなんだ? 誰か誘わないのか」

「あたしも別に……、そういう相手は。キャンプファイヤーとか興味ないし」


 素っ気ない口調で真代依は答える。チラチラと横目で舞人をうかがうが、彼はこの話題を引っ張るつもりはないようだ。


「燃えてるね」

「燃えてるな」


 ボンヤリしているあいだにも、集まってくる生徒は増え続けている。そのほとんどが男女のペアだ。


「ダンスのお誘いは〝ほぼ告白〟で、それを受けたら〝交際成立〟だっけ」

「キャンプファイヤーの伝説か」

「どいつもこいつも、浮ついちゃって」


 冗談めかしてそう言いつつも、本心では彼らがうらやましくて仕方がなかった。


 浮ついた雰囲気に乗っかって「せっかくだし踊ってみる?」と気軽に彼の手を取ることができたら、中途半端な今の関係も少しは変わるのではないか。そんな希望を抱きつつ、しかし、先ほどから様子見の言葉を振ってみても、舞人が揺らぐ気配はまったくない。


 きっかけをつかめないまま、ずっと現状維持の二人の距離。

 どうすれば縮められるのだろう、と真代依がついたため息を、吹き飛ばすような元気な声。


「――舞阪先輩!」


 声の主は小柄な女の子だった。こちらを先輩と呼んでいるのだから一年生なのだろう。真代依の知らない子だった。


「……おお、佐藤さとうか。どうした?」


「あの、あ、あたしと、フォークダンス、踊ってください!」


 佐藤と呼ばれた女の子は、深々とお辞儀をしながら舞人に向けて左手を伸ばしている。


 いきなりのことに舞人は呆気に取られて、差し出された細い手を見つめている。


「……ダメ、ですか?」


 佐藤は顔を上げて上目遣いになり、ちょこんと首をかしげる。愛らしい仕草と、不安そうに揺れる瞳。同性の真代依でも思わず抱きしめたくなる可愛さだった。


 舞人は髪の毛をくしゃりとかき上げながら、


「ん……、まあ、俺でよければ」

「ホントですか!」と佐藤が舞人に密着する。

「はぁ!?」と悲鳴みたいな声を上げる真代依。「何その軽さ!?」


 そこで佐藤は初めて真代依の存在に気づいたようで、警戒心むき出しの顔で目を細める。


「あの、舞阪先輩、この人は……?」

「ん、ああ、友達だよ。クラスメイト」

「……そうですか、初めまして、佐藤里巳(さとみ)です。一年です」


 里巳はぺこりとお辞儀をすると、それで用は済んだとばかりに舞人に向き直る。


「じゃあ舞阪先輩、行きましょ!」

「ああ、そうだな」

「ちょ、待ってよ舞人!」


 真代依は慌てて、トントン拍子で進んでいく話に割り込んだ。


「どうした真代依」

「あんたわかってんの? フォークダンスの誘いを受ける意味を」

「……ああ」


 舞人は髪の毛をくしゃりとかき上げながら、真代依から目を逸らす。

 照れている表情だった。

 舞人はこの後輩の女の子に少なからず好意を抱いているらしい。告白されたら付き合ってもいいと思える程度には。


 ひどくショックだった。舞人がそういう感情を抱いている相手がいたことも。それが自分ではないことも。舞人の感情の変化に気づかなかったことも。あらゆることが悔しかった。


「何それ」

「真代依?」

「どうぞお幸せに!」


 真代依は捨て台詞を残してきびすを返す。


「何言ってんだ……?」

「そんなぁ、気が早いですよぉ」


 困惑する舞人と照れ笑いを浮かべる里巳を背にして、真代依はキャンプファイヤーから遠ざかる。幸せなカップルの象徴から距離を取る。

 あの二人が人混みに紛れて判別できなくなるくらい離れたころ、フォークダンスの定番曲、オクラホマミキサーの演奏が始まった。


 立ち止まって振り返り、フォークダンスの輪を眺める。

 生徒たちが好き勝手に動いて、キャンプファイヤーの周りで不格好な輪を形作っている。やがてその輪はぎこちなく回りだした。


 誰も彼もが楽しそうだ。舞人も笑いながら踊っているのだろう。その笑顔はあの後輩の女の子に向けられているのだろう。自分が見られないのなら、そんなもの、存在してないのと同じことだ。


 ああ、遠いなと真代依は思う。

 諦めとともにいろいろなものが遠ざかっていく。

 心は冷めているのに身体は熱い。

 その奇妙な感覚は、身におぼえがあった。


 ドクンドクンと音がうるさい。

 まるで耳元に心臓があるかのよう。

 息を吸って吐くだけでも苦しいくらいだ。

 血の気が引いて目眩めまいがして、膝が折れそうになる。

 全身が異常をうったえるなか、際限なく高まっていく鼓動を聞きながら――


 真代依の意識は跳躍した。

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