6話
あの後、気まずさもあったのかあまり言葉を交わすこともなく、月さんはお姉ちゃんの部屋へと入っていった。やっぱり、まずいことをしちゃっただろうか・・・
「それじゃ、私たちも行こうか」
お姉ちゃんに促されて、僕らも部屋に入る。その直後、僕のスマホが鳴った。
『さっきは悪かったな、でも今は忘れて集中しろよ?この機会にちゃんと距離を縮めとけよ?』
月さんからのメールだった。ともかく、さっきのことはあまり気にしてなさそうで安心する。明日、改めてお礼を言わなきゃ。
「あ、お布団とかどうしようか。私床で寝る?」
お姉ちゃんがそんな提案をしてきた。普段の僕なら『いや、僕が床に寝るからいいよ』って言うところだけど、今日はよくない。意を決して、逆にこう提案した。
「あの、よかったらだけど・・・ ぼ、僕と一緒の布団で寝ま、せんか・・・?」
緊張のあまり声が上ずった。で、でも言えた。ちゃんと言えた。 問題はお姉ちゃんが同意してくれるかどうかだけど・・・
「うん、いいよ。君のお願いなら喜んで」
「あ、あぁ・・・ うん」
やっぱり、お姉ちゃんはいとも簡単にオッケーしてくれた。
心臓の高鳴りが止まらなくなる、呼吸が荒くなる。
「ほらおいで、夜君」
おそるおそる中に入る。落ち着け、これは僕のベッドだ。毎日この上に寝ているじゃないか。
でも、この至近距離で、お姉ちゃんに僕の心臓の音が聞かれていないかが不安だった。
「それにしても、急にどうしたの?私と寝たいだなんて?」
「お、お姉ちゃんともっと仲良くなりたかったから・・・ こうすればいっぱいお話できるかなって」
「うん、そっか」
お姉ちゃんは優しくうなずいた。
「なら、夜君について色々聞きたいな。私は、昔の幼かった君しか知らないの。夜君が、どんな風に今まで成長してきたか、夜君は何が好きなのか、そして今はどういう人間なのか、教えてくれたら嬉しいな」
「うんわかった。ええと、僕の趣味は結構インドアかな、本を読んだり、アニメを見たり、ゲームをしたり・・・ 友達があまり多い方じゃないから、1人でも出来ることが多いかも。ジャンルに偏りはなくて、色んなのを幅広く見ていると自分では思ってる。成長・・・っていっても、やっぱり自分ではよくわからないや。背もあまり高くないし、初めて会った人には絶対中学生なんて思われなさそう。後、根暗だし、知らない人と話すのもあまり得意じゃないかな。僕なんてどうせ、見た目通りそんな大きな人間じゃないよ。お姉ちゃんみたいに、強くいられないよ・・・」
お姉ちゃんは僕の長々とした話を静かに聞いていた。そして、僕が話し終わると、手を僕の頭上に置いて撫でてくれた。
「そんなに自分を悪く言わないでもいいのにな。私はね、君と会うたびにいつも大きくなったね、って思っていたよ。成長ってのは、身体が大きくなるのは勿論だけど、夜君は、中身もどんどん大人になっていったのが、年に数回しか会えない私にも分かったよ?つい先日、この家に来た時も、夜君がまた大きくなったのが見られて、嬉しかったな。でも、大人になるにつれて私のことをお姉ちゃんだと思ってくれなくなったらどうしようって、不安だった。だから今日、夜君の方から誘ってくれて、本当に心から嬉しいと思ったんだ、本当だよ?でも、君はまだ中学生。これから大人になるにつれて、嬉しいことや悲しいこと、楽しいことや辛いこと、たくさんのことを経験して皆大人になっていくんだよ。そんな辛く悲しいことがあった時、変な意地なんて張らずに、私や月ちゃんに頼ってくれないかな?私は、君の言うことならなんだって受け止めてあげるからね。なんてったって、私は君の、お姉ちゃんなんだから・・・」
お姉ちゃんにとってそれらは、善意による何気ない言葉だったと思う。
でも、僕の胸からは何かがあふれ出して止まらなかった。
言うなれば、何かの糸が切れたかのような・・・
無意識だろうか、僕は自分からお姉ちゃんの胸に顔をうずめていた。
お姉ちゃんの背中に腕を回して、抱き着いていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ・・・」
どうしょう、僕は何をしているのだろう、嗚咽が止まりそうにない。
そんな情けない僕の頭を、ただ黙ってお姉ちゃんは撫でている。
特別辛く思ってたわけじゃない、複雑なコンプレックスも抱いていないし、誰からも褒められたいとは特別思っているわけでもなかった。でも、大好きでたまらない、離したくない人から言われると、こんなにも温かく、優しく、情けなく、なぜか自分が悔しい。
さっきお姉ちゃんは、人は色々な経験をして大人になると言ったけれど、
嬉しい
悲しい
楽しい
辛い
今日の経験がこの中のどれに当てはまるかなんて、この時の僕には分からなかった。