007 俺は雑魚専で良いんだよ、別にダンジョンに入る為に、この島に来たんじゃないんだし
「この魔石、ゴーレムのじゃない?」
カウンターの中にいる女性が、鑑定用の魔術印を目にして、驚きの声を上げる。
二十代中頃に見える、金髪の落ち着いた感じの、マニッシュな黒いスーツに身を包んでいる女性だ。
黒いスーツは、冒険者ギルド……ブラックハウスの制服である。
ここは冒険者のサポートを商売にしている、冒険者ギルドの一つ、ブラックハウスの建物の中なのだ。
五階建ての建物の一階にあるホールには、冒険者向けのサービスを行うカウンターがある。
冒険者がダンジョンで入手した、魔石などの買い取りなどのサービスは、このカウンターで行われるのである。
ダンジョンを後にしたクルトは、このブラックハウスのカウンターを訪れた。
手に入れた魔石を、買い取ってもらう為に。
ブラックハウスのホールの中は、クルトには古い銀行のような感じに見える。
午後三時頃という、冒険者の多くが、ダンジョンの中にいる時間帯なので、ホールは空いている。
カウンターの三分の一程は、空いている状態。
馴染みの職員がいる、七番カウンターの席が空いていたので、その席に座ると、クルトは魔石を職員に手渡した。
職員は魔石を、カウンターの上に置かれた、鑑定用の魔術印が記されている、鑑定版の上に置いた。
そして、魔術のクリケを呟き、鑑定を始めたのだ。
そして、鑑定を終えた職員は、魔石がゴーレムの物だと知り、驚きの声を上げたのである。
レベル1の雑魚専であるクルトが、レベル3以上でなければ、単独では倒せないと言われている、ゴーレムの魔石を持って来たので、職員が驚くのは当たり前といえる。
「まさか、一人でゴーレム倒したの?」
職員の問いに、クルトは首を横に振る。
「第一層に珍しくゴーレムが出て、襲われちまったんだけど、他の冒険者が倒して、助けてくれたんだ」
クルトは簡潔に、何があったのかを説明する。
「でも、その冒険者……魔石を拾って行かなかったんで、俺が拾ったって訳」
魔石獣が残す魔石は、倒した冒険者やパーティの物なのだが、拾わなかった場合は、所有権を放棄した事になる。
その場合は、他の冒険者が拾って、自分の物にして構わないので、クルトは正直に答えた。
「道理で……クルト君に、ゴーレム倒せる訳無いもんね」
クルトの説明を聞いて、職員は納得する。
「ゴーレムの魔石って、幾ら位になるの?」
クルトに問われた職員は、手元にある書類で確認してから答える。
一応、覚えているのだが、ちゃんと確認する性分なのだ。
「今のレートだと、四百ベクシルムね」
ベクシルムとは、グリム大陸の周辺地域で使われてる、共通通貨だ。
「四百かぁ、それだけあれば……今週はもう、ダンジョンに入らなくて良いや」
四百ベクシルムもあれば、クルトは余裕で、一週間は暮らす事が出来る。
「明日からキャンプ行こうかな」
「そうやって、すぐにキャンプに行きたがるんだから」
職員は呆れ顔で、嬉しそうなクルトを窘める。
「ダンジョンに入らないなら、修業しなさい! 修業して強くならないと、このままずっと雑魚専で、ダンジョンの深い階層には行けないよ!」
「俺は雑魚専で良いんだよ、別にダンジョンに入る為に、この島に来たんじゃないんだし」
しれっとした顔で、クルトは続ける。
「キャンプするのに良い場所が多いから、この島に来たんだ。冒険者活動は、あくまでもキャンプの為の資金稼ぎなんだから、キャンプに行かずに修行とか……有り得ないの!」
この島……ダンジョンで有名なキュレーター島に、クルトが来たのは、本当はキャンプの為ではない。
秘密にしなければならない、別の理由がある。
ただ、キュレーター島がキャンプ地として恵まれているのも、クルトがキャンプ好きなのも事実。
キャンプの為に来た訳ではないのだが、クルトがキュレーター島での、キャンプ生活を楽しんでいるのは、事実なのだ。
クルトにとって、冒険者としての活動は、あくまでも最低限の生活費と、キャンプの資金を稼ぐ為の、仕事でしかない。
それ故、冒険者としての向上心など、クルトは持ち合わせていないのである。
「日銭を稼ぐ為の仕事と割り切って、雑魚専生活を続けても、今回のゴーレムみたいに、低レベルの冒険者が相手にするには厳しい魔石獣に、襲われる事はあるんだよ」
職員は真顔で、言葉を続ける。
「たまにだけど、浅い階層に……下の階層の魔石獣が、上がって来る事はあるんだから」
魔石獣は大雑把に、出現する階層が決まっている。
浅い階層には、弱い魔石獣しか普通は出ないのだが、たまに浅い階層にも、下の方の階層から、強い魔石獣が上がって来る事があるのだ。
そういった魔石獣は、イレギュラーと呼ばれている。
ちなみに、雑魚専の冒険者にとっては、ゴーレムは強敵なのだが、魔石獣の中では、かなり弱い部類に入る。
「今回は運良く、他の冒険者に助けてもらえたけど、次にイレギュラーに襲われた時、助けてもらえるとは限らない。今みたいに弱いまま、冒険者を続けたら……いつか本当に死んじゃうよ」
「大丈夫だって、俺……逃げ足は速いし、運は良いから」
気楽そうなクルトの言葉を聞いて、職員は呆れ顔で、溜息を吐く。
「ホント……なんで君みたいな駄目冒険者を、シロッコはスカウトしてるのかな?」
不思議そうな口調で、職員はクルトに訊ねる。
「そんなの、俺だって知らないよ」
本当は知っているのだが、クルトは惚ける。
「誰かと組む気はないから、パーティとか入る気もないし……スカウトなんて迷惑な話だ」
「ソロの冒険者の死亡率は、パーティの冒険者よりも、かなり高目だから、パーティは組むか……入った方が、良いんだけど。さすがにシロッコは、君には合わな過ぎるから、断った方が良いとは思うけどね」
その理由を、職員は続ける。
「ダンジョンの深い層まで降りる、シロッコみたいなパーティに入ったら、君なんてすぐに死んじゃうから」
「そりゃそうだ」
クルトは笑顔で同意する。
「いや、そこは笑ってないで、死なないように、修行して強くなるとか言わないと、駄目じゃない!」
「駄目で結構。俺は程々に稼げて、キャンプが楽しめれば、それで良いんだ」
「そんな適当な生活続けてると、彼女の一人も出来ないでしょ?」
さり気ない口調で、職員はクルトに訊ねる。
「出来ないけど……別にいらないよ、彼女なんて。一人の方が気楽で良いし」
職員が微妙に、嬉し気に口元を緩めた事に、クルトは気付かない。