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018 グリム大陸各国の社会が、性的モラルにおいて厳しいのは、このグリム聖教の影響である

 この「淫らな夜」が、アスタロトの呪術のせいであるのは、アシェンプテルとマレーンには、見当が付いていた。

 ベッドを共にしている時、果敢の呪印が満月に変化していて、朝になったら三日月に戻っていたのに気付いたので、二人は皆の発情の原因が、呪術と呪印であるだろう事に、思い至れたのである。


 皆は気まずい朝を迎えはしたが、女性達の果敢への好感度は、元から高かったので、果敢を責める者はいなかった。

 パーティの仲間であった二人は、元から果敢を憎からず思っていたし、女性パーティの方も、以前に果敢に救われた事があり、果敢には恩義を覚えていたので。


 実は、「淫らな夜と気まずい朝」に巻き込まれるのは、果敢と身体の関係を持っても、構わないと思っている相手だけなのである。

 果敢と関係を持つのを、本心から嫌がる相手は、巻き込まれないのだ。


 果敢の呪いは、あくまでも果敢に対する嫌がらせを、目的としているので、果敢ではない人間までも、酷く傷つける事を、目的としてはいない。

 故に、巻き込まれる相手に関しては、そういう条件が設定されているのだが、その事はアスタロトしか知らない。


 ちなみに、レベル5の呪いは全て、果敢が望まぬ形で、性的な関係を持つ羽目になるものばかりである。

 そして、巻き込まれる相手に関しては、「淫らな夜と気まずい朝」と同様、果敢と関係を持つ事を望まない相手は、巻き込まれないようになっている。


 そういう訳で、「淫らな夜と気まずい朝」に巻き込まれた女性達は、果敢を責める事は無かったのだが、女性達の関係者……身内といえる者達は、そうはいかなかった。

 ここで、トラブルを引き起こす羽目になったのが、グリム聖教が使用する、セクスワレム・ヒストリアという聖魔術である。


 実は、この世界には、神が存在しない。

 昔はいたのだが、自らのミスで発生する事になった、神の力の一部を使える、特級を超える神級の魔族……いわゆる魔神に倒され、この世界を見捨てて逃げ去ってしまったのだ。


 神を失った、この世界の人々は、伝説の存在である異世界の神に、助けを求めた。

 その結果、この世界を哀れんだ異世界の神が、魔神を倒し得る才能を持つ人間を、自分の世界で選び出し、この世界に送り込むようになり、その人間が英雄と呼ばれるようになったのである。


 兎に角、そのような経緯で、この世界には神が存在しないのだが、神がいない世界でも、世界を維持する為には、宗教が必要らしい。

 それ故、多数の宗教が、社会のモラルを維持する為に、存在し続けている。


 逃げ出した神を信じる宗教は、さすがに滅んだのだが、無神型宗教であったグリム聖教は、むしろ神が逃げた後の時代に、グリム大陸中に広まってしまったのだ。

 グリム大陸の周辺地域でも、かなり広まってしまっている。


 グリム大陸各国の社会が、性的モラルにおいて厳しいのは、このグリム聖教の影響である。

 グリム聖教は、結婚する前に、結婚する相手とは別の相手と、性的な関係を持つ事を厳しく禁じる程、性的モラルに関しては厳しいので。


 そして、この宗教が、教徒の性的モラルの乱れを防ぐ為に利用している、呪術に近い程に歴史が古い聖魔術が、セクスワレム・ヒストリアである。

 セクスワレム・ヒストリアは、グリム大陸の古い言語で「性的履歴」を意味している。


 名が意味する通り、この聖魔術は、対象となった者の性的な履歴を、キスから性交……出産に至るまで、全て暴いてしまう。

 プライバシー権も何もあったもんじゃない、聖魔術なのだ。


 この聖魔術の対象となった者は、過去にどのような相手と、どういった性的関係を持ったか、その全てが歴史書のように公開されてしまうのである。

 セクスワレム・ヒストリアによる暴露を防ぐ方法は、何一つ見付かっていない。


 かなり高度な聖魔術なのだが、グリム聖教の聖堂の多くには、セクスワレム・ヒストリアを使える司祭がいる。

 それらの施設では、配偶者や恋人、そして未成年の自分の子供に限り、セクスワレム・ヒストリアにより性的履歴を調べるサービスを、教徒に提供している(聖堂によっては、教徒ではない者にも、有料で提供している場合がある)。


 このサービスのせいで、配偶者の不倫や恋人の浮気は、確実にばれてしまうし、子供が親に隠れて性的な経験をするのも、不可能になっている。

 経験のないまま大人になったり、成人していても若いといえる年代だと、経験が無い者が結構多いのは、セクスワレム・ヒストリアのせいといえる。


 ちなみに、聖魔術の一種なのだが、グリム聖教においては、聖魔術や魔術という言葉は使われない。

 代わりに、聖魔術も魔術も、秘跡ひせきという言葉が使われている。


 日本人の果敢の感覚からすると、プライバシー権などの人権上の観点から、有り得ないサービスなのだが、グリム大陸の社会では、普通のサービスなのだ。

 グリム大陸どころか、周辺地域にまで、グリム聖教は広まっているので、この世界は全体的に、日本よりも性的なモラルが厳しい傾向にある。


 そして、「淫らな夜」に、果敢が関係を持ってしまった相手の中に、一人だけ未成年者がいた。

 グリム大陸最大国家である、ブレーメン王国の第一王女にして、聖女の称号を持つ最高の聖魔術師……マレーンが。


 終戦後、王都に戻ったマレーンを連れて、ブレーメン王はグリム聖教の大聖堂に向かった。

 その際、長きに渡り、男性と各地を転戦し続けた、娘の事が気になり、ブレーメン王はセクスワレム・ヒストリアによる、マレーンの性的履歴調査を、司教に依頼したのだ。


 結果、マレーンが果敢や、他の女性達と共に過ごした、淫らな夜について、ブレーメン王は知ってしまったのである。

 マレーンは呪いのせいだと、果敢を擁護したのだが、聖女である娘の純潔を汚された、ブレーメン王の怒りは収まらなかった。


 その怒りに付け込んだのが、グリム大陸の様々な国の貴族達が組織する、貴族同盟である。

 アスタロト・ファミリーとの戦争の激しさに怯え、貴族同盟は自らの領地に引き籠り、積極的に戦争に参加しなかった。


 戦争を戦い抜いた、グリム諸国連合軍の中心は、平民を中心とした、各国の国民軍と、これまた平民を中心とした、世界から集まった義勇軍達だったのである。

 そして、グリム諸国連合軍の、象徴ともいえる最強戦力こそが、英雄であった果敢であり、その仲間であるヴェントス・インヴィクトであった。


 戦争で役に立たなかった貴族達に対し、戦争を戦い抜いた平民達の間で、不満が溜まった。

 結果として、戦争中からグリム大陸の各国、特に国民軍の中で、貴族制度の廃止を主張する「平等派」が、広まったのである。


 この動きに、貴族同盟は危機感を覚えた。

 貴族同盟はブレーメン王の、果敢に対する怒りを知り、それを利用しようと策謀を巡らせた。


 グリム諸国連合軍の象徴である、果敢の評判を落とせば、グリム諸国連合軍を構成する、国民軍の評判を落とせる。

 そして、果敢の仲間であるヴェントス・インヴィクトは、マレーンを除けば皆が平民。


 果敢の評判を失墜させる事は、果敢の仲間である平民出身の者達の評判を失墜させ、平民の評判を落とせる。

 そうなれば、「平等派」の勢力を、抑え込む事が出来るだろう……と、貴族同盟は考えたのだ。


 そして、貴族同盟は関係が深い新聞社などを通じ、聖女であるマレーンを、果敢が暴力で穢したと報道させた。

 しかも、他にも多くの女性達に対しても、同様の真似を働いていたと。


 多くの者達は、果敢に対する報道を、信用しなかった。

 だが、貴族同盟にそそのかされたブレーメン王が、正式に果敢討伐部隊の編成を宣言した事により、世論の流れは変わった。


 ブレーメン王家が果敢のスキャンダルに、お墨付きを与えたも同然の状況になったのだから、多くの人々が果敢に関するスキャンダル報道を信じる事になった。

 世論の多勢は、果敢叩きにシフトしてしまったのだ。


 こうして果敢は、アスタロトを倒してから、一カ月も経たぬ内に、グリム大陸の多くの地域で、犯罪者として追われる存在となった。

 いわゆる、「堕ちた英雄」呼ばわりされる状況に、陥ってしまったのである。





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