015 ルーレットターイムッ! お待ちかねの、ルーレットの時間だよ!
「ま、呪印が満月になるのは、分かり切っていた事だし、レベルが1で済んだのは、むしろ喜ぶべきだろう」
自分に言い聞かせるかのように、クルトは続ける。
「さっさと発動させよう。発動出来る時に発動しておかないと、後でヤバい事になる場合があるからな」
スイッチを押すかのように、クルトは胸の呪印を力強く、右手で押す。
すると、呪印が光り輝いたかと思うと、地面に光り輝く円が現れ、中から洒落た感じの、木製のテーブルが姿を現す。
姿を現したのは、テーブルだけではない。
ビール瓶やワインボトル程の大きさの、ぬいぐるみ風の人形も、姿を現した。
「ルーレットターイムッ! お待ちかねの、ルーレットの時間だよ!」
まるで生きているかのように、人形は喋り始め、動き始めた。
人形が指し示す先……テーブルの上には、ルーレットが置かれていた。
まるでカジノにある、ルーレットが置かれたテーブルが、姿を現した感じなのだ。
人形の方も、カジノのディーラーのような格好をしている。
本物のカジノのルーレットやテーブルに比べると、かなり小さいのだが。
「全然……お待ちかねじゃねえよ」
苦々し気な表情で、クルトは人形に言い放ちながら、立ち上がってテーブルに歩み寄る。
「いや、お前さんじゃなくて……俺の方がお待ちかねなのよ」
涼しい顔で、人形は言葉を返す。
人形が喋っている声は、この場にはいない、人形を操る者の声なのだ。
「今回は、どんな呪いを引き当てるのか、乞うご期待!」
そんな人形の言葉に応えるかのように、何処かから、楽し気な歓声が聞えて来る。
人形を操っている者の近くにいる連中が、盛り上がっていて、その声が聞えて来るのだ。
人形を操る者の近くに、マイクのような機能を果たす存在がある。
マイクが人形を操る者だけでなく、その近くにいる者達の声を拾い、スピーカーのような機能を果たす人形を通し、この場に伝えているのである。
ルーレットのそれぞれのポケットには、様々な呪いの名と、呪いの内容の説明が書いてある。
ルーレットのボールが落ちた目の呪いが、クルトの身に降りかかるのだ。
「さ、ボールを手に取んなよ、カカン!」
まるでクルトが果敢であるかのような口調で、人形は煽り口調の言葉を続ける。
「早くやらないと、呪いの内容が……どんどんヤバくなるよ」
人形の言う事は、事実なのを知っているので、今はクルト・ヴォルトと名を変えている百地果敢は、げんなりとしながらも、ルーレットの近くにおかれた、白いボールを手に取る。
「それでは、ルーレット回します! 回り始めてから十秒以内に、ボールを投げ入れるのがルールだよ!」
人形の言葉を切っ掛けに、ルーレットのホイールが回り始める。
果敢はルール通り、十秒以内にボールをルーレットのホイールに投げ入れる。
ここでルールを破ると、呪いのヤバさのレベルが上がるのを、過去の経験から、果敢は知っているので。
(なるべくマシな呪いに、なりますように!)
回るホイールの上を、弾みながら転がるボールを見詰めながら、果敢は祈る。
ホイールの回転は次第に遅くなり、ボールの動きも大人しくなる。
そして、ホイールの回転は止まり、ボールは赤いポケットに落ちて止まる。
ボールが落ちたポケットの呪いの名を、人形は読み上げる。
「今回の呪いは、『激辛トマト地獄』に決定しました!」
罰ゲームを発表する、バラエティ番組の司会者のような口調で、人形は呪いの内容を説明する。
「今から、二つのトマトがテーブルに現れます! 一つは普通のトマトですが、もう一つは中に激辛の辛子が詰まった、激辛トマトです!」
人形の言う通り、テーブルの上には、小さな二つのトマトが現れる。
プチトマトよりは大きいが、無理をすれば一口で食べる事が出来そうな大きさだ。
「元英雄のカカンには、トマトの一つを選んで、食べてもらいます! 食べないと、とんでもない呪いが発動しちゃうよ!」
(ま、どちらかといえば……マシな呪いか)
もっと酷い呪いを、何度も経験して来たので、バラエティ番組の罰ゲームレベルの呪いであった事に、果敢は安堵する。
そして、どちらのトマトにするか、少しだけ悩んでから、右側のトマトを手に取る。
(ま、この大きさなら、噛まずに飲み込んじゃえば、辛さを感じずに済むだろう)
心の中で、果敢が呟いた直後、その考えを読んだかのように、人形が口を出す。
「あ、噛まずに飲み込むのは、ルール違反だからな! ちゃんと口の中で噛んで、味わって食べろよ! あと、吐き出したらやり直しね!」
人形の言葉を聞いて、果敢は心の中で舌打ちをしつつ、小さなトマトを口の中に放り込む。
長引かせると、ろくな事にならないので、果敢は覚悟を決め、トマトを噛む。
直後、口の中に火でも放り込まれたかのような、熱さと痛さを、果敢は口の中に感じる。
「×〇△☆◆〇!!!!!!」
声にならない呻き声を、果敢は発しつつ、その場で転がり回りながら、悶え苦しみ始める。
果敢は激辛のトマトを、選んでしまったのだ。
「残念! 外れの激辛トマトを選んじゃいました! まぁ、俺達からすれば、大当たりなんだけど!」
楽し気な人形の声の後、どこかから楽し気な歓声が聞えて来る。
人形を操る者の周りにいる者達が、苦しむ果敢の姿を目にして、歓声を上げたのだ。
「攻撃や策を見切る事に関しては天才的でも、激辛のトマトを見切る事は、さすがの元英雄にも、無理だったようですねー!」
嘲るような、楽し気な口調の、人形の声が聞こえるが、気にする余裕など果敢には無い。
すぐにトマトは飲み込んだのだが、口の中に残る辛さに、果敢は苦しみ続けているので。
それでも、何とか果敢は岩の所に辿り着くと、ベストのポケットの中から、小さな水筒を取り出す。
即座に水を口に含んで、口の中をゆすぐと、吐き出したらやり直しになるかもしれないので、その水を飲み込む。
すると、口の中の辛さが、ある程度は収まり、果敢は普通の行動がとれるようになる。
まだ口の中は痛いのだが、果敢は一応、激辛地獄といえる状態から、回復したのである。
「どうやら、『激辛トマト地獄』は、終わりのようです!」
人形を操る者は、果敢の様子を見て、そう判断したのだ。
「レベル1の呪いは、すぐに終わっちゃうのが多いのが、残念とはいえ……辛さに悶え苦しみ、転げ回る英雄カカンの見苦しい姿、楽しませてもらいました!」
楽し気な口調で、人形は続ける。
「それでは、また次回の呪いで!」
「うるせぇ! さっさと成仏しやがれ、アスタロト!」
果敢は人形を、怒鳴りつける。
「成仏? ああ、お前の国の仏教とかいう宗教で、死んだ人間が……死後の世界に逝く事を意味する、言葉だったかな?」
おどけた風に、人形は言い足す。
「成仏は無理だよ、だって俺……仏教徒じゃないし! いくら死んだからといって、魔神と呼ばれた俺が、他の神様やら宗教信じるのは、変だもんな!」
喋り方が余りにも違うので、分かり難いのだが、この人形の声は、アスタロトの声なのだ。
この人形……正確には、人形の幻影を操っているのは、幽霊界にいる、アスタロト本人なのである。
幽霊界というのは、あの世とこの世の間にある世界。
死んで霊魂となったにも関わらず、何等かの理由で、あの世に行けなかった者達……幽霊の中でも、強力な霊力を持つ者達だけが集まる世界。
アスタロトは死後……幽霊となり、強力な霊力を持っていた部下の幽霊達と共に、幽霊界にいるのだ。
そして、果敢に遺した呪印が発動すると、自分に似せて作った、人形の幻影と共に、ルーレットを果敢の所に送り込み、呪いによる嫌がらせを続けているのである。