014 また……やってしまった
「あれは……フェイク・デュミナス!」
フェイク・デュミナスとは、この世界では既に廃れた、古代の宗教の神話に出て来る、神の使いに似せて作られた、魔石獣である。
優美な白い衣を纏った、美しい人のような姿をしているが、背中に翼が生えているので、明らかに人では無い。
高度な防御魔術すら、あっさりと貫く槍を持つだけでなく、様々な魔術攻撃能力を持つ、強力な魔石獣だ。
掌から火球を放っているが、これが魔術攻撃である。
フェイク・デュナミスは、十数メートルという近い間合いから、調査団が展開した防御障壁に、火球による攻撃を行っていた。
火球の爆発は防御障壁を砕き、地面に大穴を開ける。
自らの火球が発生させた、強力な爆風など涼風であるかのように、フェイク・デュナミスは平然と、近距離からの火球攻撃を続けている。
フェイク・デュナミスに四方を取り囲まれているので、調査団は逃げる事すら出来ない。
(調査団とフェイク・デュミナス共の距離が、近過ぎる。遠距離攻撃だと、巻き添えにしかねない)
クルトは一瞬で膨大な気……アウラを練り上げ、身体の表面にアウラを流し、アウラの甲冑を身に纏う。
アウラ・アーマーを、クルトは使ったのだ。
アウラ・アーマーの状態から、クルトは両掌にアウラを集める。
過剰なアウラが集められたので、クルトの両掌が白い光を放ち始める。
クルトが両掌を手刀のような形にすると、光り輝く強力なアウラは、両掌から伸びて、光の剣のような状態となる。
この状態になると、クルトの両掌は、普通の刀剣を遥かに上回る、強力な切断能力を持つ。
これは、アウラ・ブレードという、かなり高度なアウラ・アーツの技である。
クルトはアウラ・アーマーで身を守りつつ、アウラ・アクセルで高速移動し、アウラ・ブレードで敵を切り裂く事が出来るのだ。
この場合のブレードは、刃という意味であり、刀という意味では無い。
両刃の剣のような使い方をするので、刀というよりは剣であり、剣術のスキルが高ければ高い程、より戦闘能力は高まる。
クルトは地を蹴り、一気に数十メートル程の距離を跳躍すると、地上数メートルの辺りで浮遊し、調査団を攻撃しているフェイク・デュナミスに、襲い掛かる。
ほんの一瞬で、一体のフェイク・デュナミスの元に、クルトは辿り着き、跳び蹴りを食らわす。
空中でよろめいた、近くで見ると三メートル近い巨体のフェイク・デュナミスに対し、クルトは両腕を振り回し、アウラ・ブレードで切りかかる。
そして、フェイク・デュナミスの身体を、柔らかなプティングであるかのように、易々と切り刻む。
フェイク・デュナミスは、反撃も防御も出来ずに、ばらばらの破片群となって地上に落下、人の身体程の大きさがある魔石に、姿を変える。
目にも留まらぬ早業で、クルトは一体目のフェイク・デュナミスを、倒してしまった。
着地したクルトは、即座に別のフェイク・デュナミスを狙い、跳躍する。
今度も、クルトはフェイク・デュナミスを、あっという間に切り刻んで倒す。
更に、三体目のフェイク・デュナミスも、反撃すら許さずに、クルトは倒し終えてしまうが、四体目はそうはいかなかった。
四体目のフェイク・デュナミスは、クルトの突撃に反応出来たのだ。
手にしていた槍を使い、クルトのアウラ・ブレードを受け止め、防いだのである。
(さすがに、四体連続で……瞬殺という訳にはいかないか)
クルトとフェイク・デュナミスの、超高速での接近戦が始める。
フェイク・デュナミスの槍と、クルトのアウラ・ブレードは、激しく切り合い……刺し合う。
巨体であっても、フェイク・デュナミスの動きは速く、槍のリーチも長い。
故に、今のクルトの速さでは、アウラ。ブレードが届く間合いに跳び込んで、フェイク・デュナミスを仕留められない。
(結構……強いな。余りアウラを使いたくないんだけど、仕方が無い……もう少し、アウラ使うか)
戦い続けながら、クルトは更にアウラを練り、練ったアウラをアウラ・アクセルに使用。
ただでさえ速かったクルトの動きが、更に速くなり、フェイク・デュナミスは対応出来なくなる。
凄腕の上級者が揃えられた、調査団の冒険者達ですら、まともに視認出来無い程に、クルトのスピードが速くなる。
冒険者達の視覚は、クルトの残像を、何とか捉えられるだけだ。
クルトは猛スピードで動き回ると、フェイク・デュナミスの懐に入り、光り輝くアウラ・ブレードで切りかかる。
あっという間に、フェイク・デュナミスの巨体は、バラバラに切り刻まれ、破片群となり地面に落下、魔石に姿を変えてしまう。
二分程度の時間で、三十人程の上級冒険者達が太刀打ち出来なかった、四体のフェイク・デュナミスを、クルトは殲滅してしまった。
フェイク・デュナミスを片付けたクルトは、着地すると、調査団の様子を窺う。
(致命傷を負った奴は、いないようだし、聖魔術師もいるから、後は調査団だけで何とかなるか)
クルトは自分の傷であれば、一応は治せるのだが、他人の負傷を治すのは、得意では無い。
そういった能力は、聖魔術師が最も高く、聖魔術が専門ではないクルトには、向いていないのだ。
自分がすべき事は終わったと判断し、クルトは北に向かって走り出すと、森の中に飛び込む。
東の方に戻らなかったのは、追い駆けては来ないとは思うのだが、自分がシエラ湖の畔で、ソロキャンプを楽しんでいるキャンパーであるのを、知られない為にである。
(でかい魔石だったなぁ……あれだけあれば、何カ月か働かないで済みそうだ)
フェイク・デュナミスの大きな魔石を思い浮かべ、クルトは後ろ髪が引かれる思いがする。
だが、フェイク・デュナミスの魔石など持っていたら、猫仮面の正体が自分だと、ばれてしまう可能性が高いので、クルトは魔石は持ち帰らずに、走り去って行く。
調査団の者達が、命が助かった事に安堵しつつ、噂の猫仮面が現れた事について、盛り上がっていた頃、猫仮面の正体であるクルトは、森の奥に姿を隠していた。
ほんの僅かな時間で、数キロの距離を移動し、誰もいない森の奥で、クルトは座るのに丁度良い感じの岩を見付け、腰かける。
そして、深々と……溜息を吐くと、げんなりとした口調で呟く。
「また……やってしまった」
人助けに成功した喜びはあるのだが、これから自分の身に起こる事を考えると、クルトは気が沈んでしまうのだ。
だが、げんなりとし続けても、抱え込んでしまった問題は解決されないので、クルトは行動を起こし始める。
仮面を外し、既に元のリーフグリーンに戻っている、ベストとジャケット……そしてTシャツを脱いで、クルトは岩の上に置く。
上半身裸となったクルトは、左手の中指にはめている指輪を、半回転させる。
すると、魔術道具である指輪に仕掛けられた魔術が発動し、クルトの胸の中央が閃光を発する。
閃光が消え去ると、クルトの胸の中央には、奇妙な印が姿を現していた。
指輪に仕掛けられた魔術は、この奇妙な印を隠す為の、隠蔽魔術なのだ。
宝石のように指輪に埋め込まれた、魔石の魔力が、この指輪の魔術に使用されるので、クルトの魔力は使われない。
現れたのは、太陽の上に月が重なっている感じの、奇妙な印だ。
それぞれは別々の印であり、太陽の印の上に、月の印が重なっているのである。
クルトは胸を見下ろし、印の状態を確認する。
月の形は満月であり、中央には数字の「1」が記されているのが、確認出来た。
クルトは再び、深く溜息を吐く。
覚悟はしていたのだが、つらい現実を直視すると、やはり溜息が口を吐いて出てしまうのだ。