013 あの辺りは、確か……ジーナさんが言ってた、ゲートレス・ダンジョンが発見された辺りだな
陽光に水面を煌めかせる、湖の畔の草原には、疎らにテントが設営されている。
テントの近くでは、煙がたなびいている。
昼食時なので、焚火やコンロ、ウッドストーブなどを使い、昼食を調理中の者達が多いのだ。
キャンプの時に良く着る、リーフグリーンの戦闘服姿のクルトも、その一人である。
昨夜、ディエゴの図書館での夕食の後、クルトは借りているアパートの部屋に戻った。
そして、キャンプの準備を整え、シャワーを浴びて身綺麗にしてから、眠りに就いた。
翌朝、クルトは朝食を済ますと、キャンプ用具などで膨らんだ、大きなリュックを背負って、アパートを後にした。
住んでいる町……キュレーター島の中心都市である、アベントレロの西にあるシエブラ山に、クルトは登り始めた。
シエブラ山は、余り高くは無い山であり、自然が美しく、中腹辺りにはキャンプ場として利用されている、シエラ湖がある。
キャンプが趣味のクルトは、良くシエブラ山にキャンプに行く。
シエラ湖の畔に辿り着いたクルトは、草と同じ色のテントを設営。
テントの近くに、組み立て式の椅子やテーブル、ウッドストーブなど置いてから、近くの森の中に、枯れ枝を集めに行った。
枯れ枝を集めて戻って来た頃、昼になっていたので、クルトは枯れ枝を燃料にして、ウッドストーブで昼食の調理中という訳なのである。
クルトはウッドストーブの上に金網を置き、魚の油漬けの缶詰を開け、金網に載せて焼いている。
程良く焼ける手前のタイミングで、缶詰の中にチーズを入れる。
そして、チーズが溶けた頃合に、近くに置いた小さなテーブルの上に、金網ごと移動させる。
魚と油……チーズの焦げる、香ばしい匂いを嗅ぎながら、クルトはテーブルの上に用意しておいた、スライスされたパンと、スプーンを手に取る。
スプーンでチーズと魚をすくい、パンの上に載せて、オープンサンドのようにして、クルトは食べ始める。
空気と景色の良い場所で食べると、缶詰を利用した手抜き料理とは思えない程に、クルトは美味く感じる。
ウッドストーブの放つ熱のせいか、パンが少し乾いていたので、クルトは水分が欲しくなり、テーブルの上の金属製のボトルを手に取り、ミルクを飲む。
山を登り、程良く空腹だったせいもあり、クルトはあっという間に、用意した昼食を平らげてしまう。
(もう少し食べたい気もするけど、食べ過ぎになるから……止めとくか)
午後は読書をしたり、昼寝をしたりと、ゆったりだらだらと過ごすつもりなので、体力を使う予定は無い。
少し食べ足りないくらいの方が、ちょうど良いだろうと、クルトは考える。
クルトは椅子に座ったまま、湖の方を眺める。
青空と緑の森を映す湖は、眺めているだけでも心が癒される。
(まずは、ディエゴの図書館で、昨日借りた本でも読むかな……)
クルトは本を取って来る為、立ち上がってテントの方に向かう。
直後、爆発音が響き渡り、山腹の空気が震える。
(何だ?)
爆発音がした西の方向に、クルトは目をやる。
五百メートル程離れた、山腹の森の中で爆発が起こり、木々が吹き飛び、土煙が舞い上がっていた。
男女の悲鳴も、響いて来る。山は木霊のように、声が響いて伝わり易いのだ。
爆発音に驚いたのだろう、森中の鳥達が、激しく鳴き声を上げながら、木々から一斉に飛立っている。
(あの辺りは、確か……ジーナさんが言ってた、ゲートレス・ダンジョンが発見された辺りだな)
キュレーター島には、島の中央にある最大のダンジョン、キュレーター・ダンジョンの他にも、小さなダンジョンが幾つもある。
常に存在し続けるキュレーター・ダンジョンなどとは違い、小さなダンジョンの中には、数か月程度しか存在しない、門の無いダンジョン……ゲートレス・ダンジョンが存在する。
爆発が起こった辺りは、新たなるゲートレス・ダンジョンが、発見されたばかりの森の中であった。
(確か、ギルドが調査中とか言ってたけど、何かトラブルでもあったのか?)
悲鳴と絶叫は、森の方から響いて来る。
明らかに、尋常ではない事が、森の中で起こっているのだ。
「ダンジョンの外にまで、魔石獣が出て来ちゃうゲートレス・ダンジョンもあるんだ」
昨日、ジーナから聞いた話が、クルトの頭の中に蘇る。
ジーナが話していた通りの事が、起こったのではないかと、クルトは思う。
(出来れば……余りアウラや魔力は使いたくないんだけど、こりゃ……放っておく訳には、いかなそうだな)
そう判断したクルトは、周囲を見回す。
遠くにキャンプ中の人達はいるが、自分が何をしているのかは、見えない程度に離れているのを、クルトは確認。
クルトはクリケを唱えて、氷結魔術を発動すると、一瞬でウッドストーブを凍り付かせ、強引に消火する。
そして、西の森に向かって、草原を駆け出す。
森の中に入るまでは、人並の速さで駆けていたクルトは、森の中に入った途端、一気に加速。
人の数倍の速さで、障害物の多い森の中を、疾風のように駆けて行く。
気やアウラと呼ばれる力を使い、人間離れした速度で走る事が出来る、アウラ・アクセルというアウラ・アーツを、クルトは使い始めたのだ(アウラ・アーツ自体は、武術に属する技術)。
走りながら、クルトはベストのポケットの中から、折りたたまれた猫の仮面を取り出すと、顔にかぶる。
ネマウサで作られた戦闘服の色は、何時の間にか仮面と同じ、白に変化している。
正体を隠す為に、クルトは魔力を流し、戦闘服の色を変えたのだ。
そして、あっという間に、悲鳴や爆発音などが響いて来た辺りに、クルトは辿り着いてしまう。
岩陰に身を隠し、様子を窺うクルトの目に映ったのは、木々が薙ぎ倒され、広場のようになった場所で行われている、三十名程の人々と魔石獣の戦闘だった。
爆発音は、魔石獣が放つ火球の爆発音であった。
四体の魔石獣が放つ火球が、人々に向かって放たれ、大爆発を起こしていたのだ。
三十名程の人々は、ギルドの腕章を付けているので、ギルドの調査団であるのが分かる。
新しいダンジョンを調査する場合、ギルドは職員だけでなく、上級の冒険者達を雇って調査団を編成し、ダンジョンを調査する。
しかも、キュレーター島の主要なギルド……三大ギルドが協力し、調査団を組むのが、ギルド同士の取り決めになっている。
特定のギルドが、新しいダンジョンに関する情報を、独占するのを避ける為に。
三大ギルドの調査団は、上級の冒険者達を揃えているにも関わらず、完全に魔石獣に圧されていた。
魔術師達が必死で防御魔術を発動し、多数の防御障壁を展開し、攻撃を防いでいるのだが、すぐに魔石獣の攻撃により、防御障壁は破られてしまっていた。
既に十名程の冒険者達が、負傷して倒れ、聖魔術師達の治療を受けている。
まだ死者こそ出ていないが、このままでは確実に、程無く全員が殺されてしまうだろう。
三十人程の上級冒険者達を圧倒するのだから、まともな魔石獣では無い。
キュレーター・ダンジョンであれば、最も深い階層の辺りにだけ、ごく希に現れる、超強力な魔石獣が四体、地上に姿を現し、調査団を取り囲み、襲い掛かっていたのだ。