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012 どうだかね? カカンが女癖が悪いのは、有名だったそうだぜ

「お待たせしました!」


 ウェイトレスがテーブルを訪れ、明るい声で続ける。


「ビールとフライの盛り合わせ、サンドイッチをご注文のお客様は?」


「あたし! ここにお願い!」


 クルトの耳元から唇を離すと、ジュリアはテーブルの自分の前辺りを、ウェイトレスに指し示す。

 ウェイトレスは手際良く、ビールのジョッキとフライの盛り合わせ、サンドイッチを並べる。


 ジュリアは大きなジョッキを手に取ると、良く冷えたビールを、一気に半分程飲んでしまう。

 心地良さげに、ジュリアは大きく息を吐き出す。


「これ飲むと、ホント仕事終わったって気がするよ!」


 上機嫌な表情と口調で、ジュリアは続ける。


「ダンジョンの中じゃ、さすがに酒は飲めないからね」


 上級冒険者のジュリアであっても、ダンジョン内に酒を持ち込んで、飲んだりするような真似をすれば、死につながる。

 それ故、ダンジョンに入り、五日ぶりに地上に戻って来たジュリアは、酒を飲むのは五日ぶりなのだ。


「フライは好きに食べてね」


 テーブルを囲む三人に、そう言いながら、ジュリアは今度はサンドイッチを手に取る。

 温泉で軽く食べて来たのだが、その程度では、ジュリアの空腹状態は変わらない。


 ジュリアは旺盛な食欲を発揮し、サンドイッチに食らいつき始めたので、会話が途切れる。

 すると、他のテーブルの会話が、聞こえて来る。


「今日の昼飯、グリムから戻って来たばかりの連中と食ったんだが、そいつらの話だと、貴族同盟のカカン討伐隊が、北方でカカンを追い詰めたって話だぜ」


 聞えて来た話を聞いて、クルトは思わず、口からパスタを吹き出しそうになるが、何とかこらえる。


「堕ちた英雄カカンも、とうとう終わりか」


「いや、無理でしょ。魔神アスタロトを倒したカカンを、戦争じゃ引き籠ってた貴族同盟程度に、どうこう出来る訳ないんだから」


「それは、そうだな」


「例の聖女マレーン関連のスキャンダルだって、事実かどうか分らんよ。カカンを排除したい貴族同盟側が、カカンの評判落としたくて、流したデマだって話もあるし」


「どうだかね? カカンが女癖が悪いのは、有名だったそうだぜ。噂だと、聖女やアシェンプテルだけでなく、ラプンツェルにまで手を出してたって噂もあるからな」


「ラプンツェルは……さすがに無いんじゃないの? 同じパーティじゃなかったそうだし」


「西方戦線で、ヴェントス・インヴィクトとラプンツェルス・フリューゲルが、共闘した時期があったって、新聞で読んだ事がある。その時の話じゃないかな」


「うわ……聖女様とラプンツェル様、両方に手を出すとか……マジ引くわ」


「噂だよ噂」


「話が膨らまされてるにしろ、元になるネタはあっただろ。さすがに、ここまで酷い女癖の話が、広まってるって事は」


「いや、俺は……デマだと思うぞ。カカンの評判を落とせば、カカンを担いでた国民軍や、国民軍に多いって話の、平等派の評判を落とせるから、貴族同盟側が裏で手を引いてるに決まってる」


「あちこちで揉めてるからなぁ、平等派と貴族同盟」


「英雄が魔神を倒した後は、今度は人族同士で争うってんだから、グリム大陸の連中は、馬鹿ばっかだな」


「ホント……キュレーター島は、グリムに比べりゃ天国だぜ」


 聞き耳を立てていたクルトに、ジュリアが訊ねる。


「堕ちた英雄の話に、興味あんの?」


「いや、色々面倒な事になってるなと思って、グリム大陸」


 ジュリアはクルトに、問いかける。


「そう言えば、訊いた事無かったけど、クルトってグリム大陸出身なんだよね?」


 ジュリアの問いに、クルトは頷く。


「まぁ、大陸というか……ラプンツェル島なんだ」


「ラプンツェル島! へぇ……あの島、男もいるんだ」


 意外そうな顔をするジュリアに、果敢は言葉を返す。


「いるよ、普通の町だってあるんだから」


「ラプンツェル島の出身者なら、やっぱりラプンツェルとカカンの関係の話とか、気になるのかな?」


 ジュリアの問いに、クルトは首を振る。


「俺は魔女どころか魔術師じゃないから、ラプンツェル島出身といっても、魔女の塔のラプンツェルには、興味無いよ」


 ラプンツェルという言葉には、二つの意味がある。

 一つは、グリム大陸の近くにある、小さな島の名だ。


 遠い昔は、ブレーメン王国の領地だったのだが、優れた魔女達が移り住み、自由都市としての独立を宣言してしまった。

 二百年程前から、ラプンツェル島はキュレーター島と同様に、何処の国にも属さない自由都市である。


 ラプンツェル島の魔女達は、魔女の教育育成と魔術研究を行う組織……魔女の塔を設立した。

 魔女の塔は優れた魔女を育成し、世界中に供給する存在となっている。


 そして、魔女の塔に君臨する、最高の魔女の称号こそが、もう一つの意味のラプンツェルなのである。

 ラプンツェルの称号を持つ魔女は、アスタロト・ファミリーとの戦争において、優秀な魔女達で組織した、ラプンツェルス・フリューゲルという部隊を率いて、主に西方戦線における戦いで、大活躍をしたのだ。


 カカンと下世話な噂が流れているラプンツェルとは、この魔女の塔を統べる魔女の方なのである。


「同じ島に住んでいても、普通の町の住民は、魔女の塔の魔女達と、関わる事は無いからね。関わらないんだから、興味も無いさ」


 素っ気ない口調のクルトに、ジュリアは訊ねる。


「でも、ラプンツェルって……絶世の美女なんでしょ? 男だったら、興味あるんじゃない?」


「ないない! 島の祭とかで、何度か見た事あるけど、そもそも絶世の美女なんかじゃないし」


 クルトは笑いながら、否定の言葉を口にする。


禁写きんしゃ対象だから、話が大袈裟に伝わってるだけだって」


「そうなんだ」


 禁写対象というのは、写真に撮影したり、似顔絵を描いたりする事が、禁じられた人物を意味する言葉だ。

 写真撮影したり、まともに似顔絵を描いたりが出来なくなる、超高度な魔術……禁写魔術がかけられているのである。


 この禁写魔術を、自分にかけているので、ラプンツェルの姿を、まともに撮影した写真や、まともに描いた似顔絵などは、存在していない。

 写真は完全にボケてしまい、似顔絵は別人にしか見えない絵に、描かれてしまうのだ。


 禁写魔術は魔女の塔が開発した、特殊な魔術であり、魔女の塔における指導者級の魔女しか、使う事が出来ない。

 写真や似顔絵により、多くの人に顔を知られてしまうと、有名な魔女達は生活がし難くなるので、顔が広く知られずに済むように、開発した魔術なのである。


 平時はラプンツェルなどの、魔女の塔の指導者的立場にある魔女のみが、禁写対象となっている。

 ただ、魔族との戦争が始まってからは、禁写対象となる者達が増える。


 魔族による暗殺を防いだり、作戦行動の自由度を確保する為、戦争における重要人物は禁写対象となり、その外見が隠蔽されたのだ。

 その代表的な存在が、対魔族戦争における切り札といえる英雄である。


 魔族による暗殺を防いだり、作戦行動の自由度を確保する為、英雄の本当の外見は、禁写魔術や他の情報操作により、巧妙に隠蔽されたのだ。

 それ故、最新の英雄である果敢の場合も、ラプンツェルと同様に、まともに撮影された写真や、描かれた似顔絵は存在しない。


「禁写対象といえば、堕ちた英雄もだけど、どんな奴なんだろうね?」


 ジュリアは疑問を、口にし続ける。


「カカンに関しちゃ、色んな噂話は流れてるけど、実際……どんな見た目の奴かも、あたし達は知らないんだ」


「前に店に来た、戦争に参加してたお客さんが、目付きの鋭い、残忍な感じの青年だって言ってたな」


 ユウキに続いて、ロッドも話に参加して来る。


「厳つい感じの、東洋人の武芸者風の青年だって話を、釣り仲間に聞いた事がある」


「あたしはキュレーターの冒険者連中で集まって、戦争に義勇軍として参戦してたんだけど、カカンやラプンツェルと同じ戦場で戦った事は無いから、見た事無いんだよね」


 ビールを一口飲んでから、ジュリアは話を続ける。


「色んな噂話は流れて来てたんだけど、どれも違っていて……カカンが本当は、どんな感じの奴なのか、全然分からなかったんだ」


 果敢の外見に関する噂話が、様々だったのは、魔族からの暗殺を防ぐ為に、出鱈目な情報が大量に流されていたから。

 禁写魔術だけでなく、そういった情報操作も、行われていたのである。


「クルトは何か知ってる?」


 ジュリアに問われたクルトは、ジョッキに手をかけながら答える。


「知らないよ、男の外見になんて、興味も無いし」


 本当は、誰よりも良く知っている程なのだが、クルトは惚けて、そんな答を返す。

 そして、ジュリアが手にしているジョッキの、半分程の大きさしかないジョッキを傾け、ビールを喉に流し込む。


 それ以上、その話を続ける気は、無いとばかりに。



    ×    ×    ×






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