011 俺みたいに非力な奴を入れても、荷物持ちにもなりませんよ。お荷物になる事はあってもね
「空いてるよね、ここ?」
一応は問いかけるが、答を待たず、何の遠慮も無く、女性はクルトの右斜め前の席に座る。
肩にかけていたスモーキーブラックのバレルバッグは、足元に置いた上で。
「ビールを大ジョッキで! あと……フライの盛り合わせと、サンドイッチ!」
ウェイトレスが注文を訊きに来る前に、女性はカウンターの内側にいるディエゴに、大声で注文を出す。
そして、女性はクルトに、語り掛ける。
「五日振りだね、クルト!」
ジーンズに良く似た、ジェヌカというパンツに、白い半袖のシャツという、爽やかな出で立ちの女性からは、爽やかな石鹸の香りがする。
「珍しい格好してますね、ジュリアさん」
親しい間柄ではない、年長の女性相手なので、クルトの口調はユウキやロッド相手とは違い、やや丁寧だ。
クルトが会う時、この女性……ジュリア・ヴェルデは大抵は戦闘服姿なので、少し意外に思ったのである。
「いつも戦闘服ばかり、着てる訳じゃないよ」
ジュリアは苦笑いしつつ、言葉を続ける。
「二時間程前に、ダンジョンから戻ったばかりなんだけど、その後に温泉に行った帰りなんだ。うちのパーティ、ダンジョンから戻った時は、大抵は温泉に行くからね」
(ああ、だから……石鹸の香りがするのか)
石鹸の香りの理由に、クルトは気付く。
「サクヤとアイナは、まだ温泉さ。今回は結構……ハードだったから、温泉で疲れを取りたいみたいで」
サクヤとアイナというのは、ジュリアのパーティの仲間であり、クルトの前にジュリアが現れる時は、一緒の場合が多い。
ジュリア達がダンジョンに入る前……五日前には、三人揃っていたが、今日は一人だ。
「八十九層で、お宝見付けたんだけど、これがかなり重くてね、ダンジョンの下の方から運んで来たから、さすがに疲れたよ」
豊かな表情とジェスチャーで、ジュリアは疲れたという感じを表す。
「うちのパーティは少人数だから、重いお宝とか見付けると、運ぶの大変なんだ。人数が多いパーティだと、その辺りは楽なんだろうけど」
そして、ジュリアはクルトに、問いかける。
「だから、そろそろメンバー増やしたいんだけど、クルト……シロッコに入らない?」
ジュリアはシロッコの、メンバーなのだ。一カ月程前から、ジュリア達シロッコのメンバーは、しつこくクルトを、仲間に誘い込もうと、スカウトし続けている。
「何度も言ってるけど、入る気ないんで」
平然とした口調で、クルトは誘いを断る。
「だいたい、俺みたいに非力な奴を入れても、荷物持ちにもなりませんよ。お荷物になる事はあってもね」
「そうは思えないんだけど、君程の実力があるのなら」
まるでクルトが、実力者であるかのようなジュリアの言葉に、ユウキは小首を傾げる。
「クルトは、アウラも魔力も殆ど無い、レベル1の雑魚専ですよ。上級者パーティのシロッコに入ったりしたら、お荷物どころか……その日の内に、ダンジョンで死んじゃいますって」
ジーナと似たような事を、ユウキは言う。
上級冒険者のパーティが行くような層に、低級冒険者が行ったら、ジーナやユウキが言うように、すぐに死んでしまうというのが、常識なのである。
「大丈夫だよ、クルトは本当は無茶苦茶強いから、弱いフリしてるだけで」
「いや、何を勘違いしてるのか知りませんが、俺……本当に弱いですから!」
言い返すクルトの耳元に、ジュリアは唇を寄せて囁く。
それを目にしたユウキの目付きが、微妙に険しくなる。
「弱かったら、サイクロプス三体を、たった一人で殲滅したりは、出来ないよね?」
「何……言ってるんです?」
クルトは他の人には聞こえぬように、小声で返事をする。
「俺はゴーレムにすら殺されそうになる、雑魚専の冒険者で、サイクロプスなんて一体相手でも、瞬殺される自信があるんですけど」
単眼の巨人……サイクロプスは、普通なら三十層より下の層にしか出ない、強力な魔石獣だ。
巨体と怪力を生かした打撃力だけでなく、目から放つ破壊光線の威力も凄まじく、ゴーレムよりも遥かに強い。
「昨日、十八層でサイクロプスに襲われて、壊滅しかかってたパーティを、猫の仮面かぶって助けたの、クルトでしょ?」
「何言ってんですか? 違いますよ」
「猫仮面の正体が君だった事は、あたし達……シロッコには分かってるんだから、誤魔化しても駄目だよ」
自信有り気に、ジュリアは囁き続ける。
「サクヤの魔眼は、顔を隠そうが姿を変えようが、狙った相手を絶対に見間違えないからね」
実は、シロッコは一カ月と少し前、ダンジョンの下層から帰還する途中、かなり消耗した状態で、イレギュラーの魔石獣の群に襲われてしまった。
普段なら簡単に蹴散らせるのだが、消耗し切った状態であったシロッコは、危機的な状況に陥ってしまった。
そんな場面に現れたのが、話題の猫仮面である。
猫仮面は魔石獣の群を殲滅し、あっという間に去ってしまった。
普通なら、謎の猫仮面に救われたという、最近のキュレーター島では、有り勝ちな話で終わるのだが、そうはならなかった。
シロッコのメンバーの一人であるサクヤが、魔眼の持ち主だったからである。
東洋から訪れた、忍者というレアな戦闘職業であるサクヤは、特殊な能力を備えた眼……いわゆる魔眼を持っている。
サクヤが持つ魔眼の能力の一つに、気紋識というのがある。
気とアウラは、同じ存在の別の呼び方であり、東洋では気と呼ぶ場合の方が多い。
この気には、人それぞれに特有の個性……気紋が存在するらしい。
同じ気紋の持ち主は、一人として存在しない。
この気紋を識別する能力が、気紋識である。
サクヤは助けられた際、猫仮面の気紋識を、記憶していた。
そして、ダンジョンから生還した後、猫仮面に謝礼をしなければならないと考え、シロッコの三人はサクヤの気紋識で、猫仮面を探し始めたのだ。
戦闘時など、故意に気を練っている場合でなくとも、人は生きている間、僅かな気を発している。
その程度の僅かな気でも、サクヤの気紋識は、識別が可能なのである。
高い戦闘能力を持っている事から、猫仮面の正体は、たぶん冒険者だろうと考えたシロッコは、ギルドのホールで探せば、猫仮面を探し出せると考えた。
冒険者なら週に一度は、ギルドのホールに顔を出す筈なので。
まずは、シロッコも登録している、ブラックハウスのホールで、冒険者達を見張り始めた数時間後、猫仮面と同じ気紋を持つ冒険者が現れた。
それが、クルトだったのである。
シロッコの三人はクルトに声をかけ、助けられた礼を言ったのだが、クルトは自分では無いと否定した。
こういう経緯で、クルトとシロッコの三人は、知り合ったのだ。
クルトは自分が猫仮面である事を、否定し続けている。
だが、魔眼の気紋識に、絶対の信頼を置いているシロッコの三人は、クルトが猫仮面だと信じて疑わない。
シロッコの三人は、単に礼を言う為に、猫仮面の正体を探し出したのだが、クルトと出会って、考えが変わった。
高い実力を隠して、人助けをしてるらしいクルトを気に入り、これまでは女性限定のパーティにすると決めていたのだが、クルトを仲間に引き込もうと、方針を変えてしまったのである。
その結果、上級冒険者揃いのパーティであるシロッコが、レベル1の低級雑魚専冒険者のクルトを、熱心にスカウトするという、奇妙な状況になってしまったのだ。
シロッコは有名なパーティの一つなので、この話は噂となり、キュレーター島の冒険者達の間で、広まり始めていた。
目立ちたくないクルトとしては、望んでいない展開だったのだが。
タイトルとあらすじ、再度変更しました。