010 駄目なくらいの方が、人生楽しめるんだって
ディエゴの図書館は、今夜も賑わいを見せている。
図書館といっても、食事と酒が楽しめる、飲食店の名である。
店主のディエゴ・フォンタナが本好きであり、世界中から本をかき集めている内に、家の中に本の置き場が、無くなってしまった。
そこで、古びた木骨造の店内にも、本棚と本を置き始めたのだ。
店内の本は増え続け、壁の半分程が本棚で埋まり、図書館のような見た目に変貌。
飲食店とは思えない、店内の様子を目にした客達は、ディエゴの店を図書館と揶揄するようになった。
その結果、ディエゴは開き直り、店名を「ディエゴの図書館」に変えてしまったのである。
客は自由に店内の本を読んでいいので、食事と酒だけでなく、本まで楽しめる店として、人気の店となっている。
常連客には、無料で本を貸してくれたりもする。
図書館という店名も、あながち嘘ではなくなっていたりもするのだ。
酒目当ての酔客よりは、食事目当ての客が多い、まだ夜が浅い時間帯、クルトはディエゴの図書館の隅にあるテーブル席で、夕食を摂っていた。
シンプルな海鮮のパスタなのだが、キュレーター島は海の幸に恵まれているので、美味くて安い。
丸いテーブルの左斜め前の席には、二十代前半に見える、オレンジ色のショートヘアーが印象的な、細い目の男が座っている。
戦闘服を着ているのは、冒険者だから。
背の高さは、クルトより少し高く、がっしりとした感じだ。
クルトの足下を見ながら、細い目の男は問いかける。
「ずいぶんと買い込んだじゃないか。明日からのキャンプ用か?」
クルトの足下には、ぱんぱんに膨らんだ黒いリュックが、置かれていた。
「三日分の消耗品、買い込んだからな」
パスタをフォークで巻き取りながら、クルトは答える。
リュックに入っているのは、大部分がキャンプ用の携行食品なのだ。
まずは三日間、山でのキャンプを楽しみ、一日はアパートに戻って、次のキャンプの準備。
そして今度は海の近くで、三日間のキャンプを楽しむという形で、一週間と四百ベクシルムの臨時収入を、クルトは使い切ってしまうつもりだったのである。
「たくさん買ってもらって、ウチとしては有難いんだけどさ……」
対面に座っている、黒髪のツーテールの女性が、黒縁の眼鏡を弄りながら、呆れ顔で続ける。
「せっかく入った泡銭を、その日に全額使い切るとか、もう少し先の事考えて生きた方が、良いと思うよ」
女性は冒険者向けの道具だけでなく、アウトドア用の道具を扱う店、「ミツイヤ」のオーナーの娘であり、店員として働いている。
故に、沢山の携行食品などを、自分の店で買ったクルトに、「たくさん買ってもらって、ウチとしては有難い」と言ったのだ。
店で働く時も良く着ている、カーキ色のツナギ姿なのは、仕事が終わって、この店に直行したから。
店の名の「ミツイ」が苗字であり、名はユウキ。
東洋出身である為、苗字の方が前になるので、フルネームはミツイ・ユウキとなる。
年齢は十九歳で、二十歳のクルトより一つ下であり、小柄な女性であるせいか、十代半ばの少女に見えてしまう。
「泡銭だからこそ、先の事なんて考えないで使うんだよ。偶然に手に入った金を、計画的に使うなんて、つまらないじゃん」
涼しい顔で言葉を返すと、クルトはパスタを口に運ぶ。
海鮮の出汁が良く染みたパスタは、クルト好みの味だ。
「そうだな、人間なんて……いつ死ぬか分からないんだから、先の事は考え過ぎないくらいで、ちょうど良いんだって」
細い目の男が、クルトの意見に同意した。
「クルトもロッドも……ウチのアウトドア部門の常連客は、どうしてこう……先の事を考えない、駄目冒険者ばかりなんだか」
呆れ顔で呟くと、ユウキはテーブルに置いてあった、ビールのジョッキを煽り、喉を鳴らす。
少女に見えるユウキが、ビールを飲んでいる姿を目にすると、年齢を知らない人は驚いてしまうのだが、この世界の大抵の地域では、十八歳以上は飲酒が合法なので、問題は無い。
クルトと金髪の男性……ロッド・アングラーは、どちらもミツイヤの常連客である。
しかも、冒険者用の道具ではなく、アウトドア用品の部門の。
ユウキはアウトドア用品部門を、両親に任されているので、常連客であるクルトやロッドと知り合った。
ディエゴの図書館など、同じ店に出入りしている事もあり、友人となったのである。
駄目冒険者と言われたように、ロッドも冒険者である。
クルトと同じく、雑魚専と言われる、低レベルの冒険者であり、レベルは2。
ロッドがダンジョンに入るのは、あくまでも生活費とアウトドア趣味の資金稼ぎであり、冒険者として成功する為でははい。
ちなみに、アウトドア趣味といっても、ロッドの場合はキャンプではなく、釣りを趣味としている。
周りが海流の違う海に囲まれている上、川や湖もあり、様々な釣りが楽しめるキュレーター島は、釣りの名所でもある、
釣り好きのロッドは、釣りを楽しむ為に、キュレーター島に住んでいるのだ。
コバルトブルーの戦闘服を、ロッドは着ている。
釣り好きなだけでなく、海好きでもあるので、海の色をイメージした服装を、ロッドは好むのである。
似たような境遇のせいか、クルトはロッドと、親しくなった。
お互いの趣味に付き合う事も、パーティを組んではいないのだが、ダンジョンに共に入る事も、珍しくは無い。
「駄目なくらいの方が、人生楽しめるんだって」
そう言うと、ロッドは白身魚のフライをフォークで刺して、口の中に放り込む。
「いや、あんた等のは、ちょっと限度を超えてるって」
ジョッキを置いたユウキが、呆れ顔で呟いた後、近くのテーブルに座っていた客達の会話が、聞こえて来る。
「昨日、猫仮面出たんだってな」
猫仮面という言葉を聞いて、クルトは僅かに表情を変える。
「新聞で見たよ。十八層に現れたイレギュラーのサイクロプス三体を、一人で蹴散らして、壊滅寸前だったパーティを救ったとか」
「話が大袈裟になってはいるんだろうけど、明らかに上級冒険者レベルの強さだよな」
「何で猫の仮面かぶって、人助けなんてしてるんだろうね?」
「知るかよ。まぁ、変人なんだろうけど……悪い奴じゃないんだろうな」
猫仮面というのは、猫の仮面をかぶって、人助けをしている、謎の人物に付いた愛称だ。
東洋の白い猫の仮面をかぶり、顔を隠しているので、東洋の言葉の猫仮面という名で、呼ばれるようになった。
「猫仮面のお陰で、ウチの猫仮面……最近売れちゃって、在庫切れなんだよね」
ユウキが嬉しそうに、そう打ち明ける。
実は、猫仮面がかぶっている仮面は、元々はミツイヤが売っていた商品なのだ。
キュレーター島では春と秋に祭があり、仮装行列が行われる。
その仮装用の仮面として、ミツイヤは故郷の仮面を、仕入れて売っていた。
その仮面の一つが猫仮面であり、十数年前から売っていたのだが、売れるのは祭の前くらいであった。
ところが、猫仮面の活躍のせいで、子供が猫仮面を欲しがり、買うようになったので、祭りの前でもないのに、売り切れてしまったのである。
「そう言えば、あれ……去年の秋の祭で、お前もかぶってなかったか?」
「そうだっけ? 覚えて……」
ロッドに問われたクルトが、答を返している途中、クルトの声は女性の声に、打ち消される。
「あ、いたいた!」
声の主は、クルト達のテーブルに、速足で近付いて来た、二十代前半に見える、背の高い女性だ。
金色の髪を、少年のようなショートヘアーにしているせいで、端正な顔立ちではあるのだが、ボーイッシュな印象になっている。
女性の登場に、店の中が騒めいたのは、居るだけでも周りを明るくさせる、華のある雰囲気の女性が、現れたせいだけではない。
この女性が、かなり有名な冒険者であったからだ。
タイトル変更しました。