001 ここは一年と数カ月に渡り続いて来た、人族と魔族の戦いの決戦の地
大地は裂け、建物は全て崩れて瓦礫の山と化し、あちらこちらで炎が燃え盛り、空を煙で汚している。
至る所に人族と魔族の屍が転がっているが、数が多すぎて数え切れない程だ。
死が満ち溢れている、地獄のような光景の中、生き残っているのは、人族が五人……魔族が一人。
ここは一年と数カ月に渡り続いて来た、人族と魔族の戦いの決戦の地。
魔族に滅ぼされるまでは、北の大国の首都であり、多数の人々が暮らす大都市であったウルベム・ネ・カルタと周辺地域が、決戦の地となった。
人族側の軍勢であるグリム諸国連合軍と、神級魔族……魔神率いる魔族集団アスタロト・ファミリー、どちらも残存戦力の大部分を、この地での戦いに投入した。
最も激しい戦いが繰り広げられたのは、ウルベム・ネ・カルタの北部郊外。
人族側の最高戦力である、異世界から召喚された、「英雄」を中心としたパーティ……ヴェントス・インヴィクトと、アスタロト・ファミリーの最高戦力である魔神が、正面衝突した戦場である。
だが、その戦いも既に終盤、英雄が率いる四人の仲間達は、まだ生きてはいるが、倒されたも同然の状態で、戦える状態ではない。
孤軍奮闘を続ける英雄の邪魔にならぬように、遠くから見守る事しか出来ないのだ。
英雄と魔神も、既に満身創痍といえる状態で、どちらも最後の一撃を繰り出すだけの力しか、残されてはいない。
その一撃で、敵の大群を殲滅してしまえるような、最強の人族と最強の魔族が、今まさに雌雄を決しようとしていた。
肌の色が薄橙色であり、黒髪をショートにしている青年の方が、異世界から召喚された英雄だ。
英雄が身にまとう戦闘服は、動き易さを優先した、ゆったりとしたデザインのパンツにフィールドジャケット。
戦闘服の色はカーキ色だったのだが、血と泥に汚れ過ぎて、元の色など分からない状態であり、酷く破損している。
少し前までは、ジャケットの上に、様々な装備を収納出来るベストを着ていたのだが、ベストは魔神の攻撃で、消滅してしまっていた。
手にしているのは、この世界にとっては異世界という事になる、英雄の出身国の神話に出て来る、神の剣……草薙剣。
人間の生命エネルギーである気を、神の気である神気にまで一時的に高め、剣身に纏わせる事により、この世に存在する、あらゆるものを切り、貫ける神の武器である。
本来は膨大な神気を持つ、神が使う武器を、人の身で使う無茶をする為、極限まで己の力を高めた英雄とはいえ、放てる攻撃は一撃のみ、放てば戦闘継続自体が不可能となる。
英雄にとって、まさに一撃必殺の武器にして、最後の切り札といえるのが、この草薙剣。
対する魔神は、灰色の短髪の青年……に見えるが、見た目通りの年ではない。
長命の魔族なので、魔神の年齢は余裕で百歳を超えている。
魔神が褐色の肌の上に着込んでいる戦闘服も、血塗れで破損だらけの状態だが、布の色が黒なので、血は余り目立たない。
動き易い、ゆったりとしたデザインなのは、英雄の戦闘服と共通しているが、装飾が華美な点が異なる。
手にしているのは、黒き魔剣……インヴィクタ・ニグルム。
魔界で発見されてから七百年、一度たりとも刃が欠けた事すらない、破壊不可能と伝えられる無敵の魔剣。
魔力を攻撃力に変換するのが魔剣なのだが、許容量を超える膨大な魔力を注ぎ込み、剣身に纏わせれば、魔剣は崩壊してしまう。
ところが、破壊不可能と伝えられる程の、至高の魔剣であるインヴィクタ・ニグルムは、人族を遥かに超える魔力を持つ魔族の中でも、桁外れの魔力を持つ魔神が注ぎ込む、膨大な魔力にすら耐え切れる魔剣なのだ。
つまり、魔剣インヴィクタ・ニグルムを手にした魔神は、その最強の魔力を攻撃力へと変換した攻撃を、放てる訳である。
ただし、ヴェントス・インヴィクトとの激戦により、魔神は激しく疲弊している。
魔神にも、既に何度もインヴィクタ・ニグルムを振るう力は、残されてはいない。
百メートル程の間合いを取り対峙する、英雄と魔神の戦いは、最終段階に入ったと言える。
両者は残された全ての力を、必殺の一撃に賭けようとしている。
英雄は全身から、眩いばかりの白い気の光を放ち、魔神は全身から、黒い霧のように見える魔力を放っている。
半径数十メートルの範囲に広がっていた、英雄の白い気の光は、あっという間に草薙剣に吸い込まれ、消え去ってしまう。
英雄の気を集め、金色に輝く神気へと変換した草薙剣の剣身は、目が眩む程に強烈な、金色の光を放ち始める。
同時に、英雄の気と同等の範囲を、黒く染め上げていた魔神の魔力が、一瞬で消え去る。
発生させた膨大な魔力の全てを、魔神はインヴィクタ・ニグルムに注ぎ込んだのだ。
インヴィクタ・ニグルムの剣身が、稲妻をまとい、金色に輝き始める。
魔神は魔力を、雷撃の攻撃力へと変換し、インヴィクタ・ニグルムの剣身に纏わせたのである。
魔力で作り出した雷による攻撃……雷撃を得意とする事から、魔神は雷神と呼ばれ、恐れられる事もある。
この決戦の時、魔神は最も得意とする雷撃を、最後の攻撃として選んだのだ。
神気と雷という違いはあるが、英雄と魔神の両者は、凄まじい金色の光を放つ剣を手にして、向かい合う。
そして、必殺の一撃を放つ用意を整えた両者は、合図も無しに、息を合わせたかの如く、同時に攻撃を放つ。
英雄が放ったのは、気やアウラと呼ばれる力を使い、人間離れした速度で走る事が出来る、アウラ・アクセルという技により実現される、超高速移動による突き。
光線の如き光跡を描きながら、両手で持った草薙剣の剣先を魔神に向け、英雄は超高速で突撃する。
そんな英雄を迎え討つべく、魔神はインヴィクタ・ニグルムを、正面を薙ぎ払うように振るう。
ただ剣を振るっただけでなく、膨大な魔力を投じて発生させた雷撃を、突撃して来る英雄に向けて、放ったのだ。
まるで数千もの雷が、同時に落ちたかのように、英雄に襲い掛かる。
回避など出来る訳もない、正面方向の戦場全てを破壊せんとする程の、まさに魔神にしか放てぬ強烈無比な雷撃。
だが、この回避不可能な雷撃の中を、英雄は破壊されずに突き進む。
草薙剣がまとう神気は、襲い来る雷撃自体を、消滅させてしまえるので、英雄は神気で雷撃の雨に穴を穿ち、突き進めるのだ。
無論、襲い来る雷撃の全てを、消滅させられる訳ではなく、幾つかの稲妻が身を掠め、英雄の身体は痛めつけられる。
英雄は戦闘中、身体から周囲に気……アウラを放って、身に纏っている。
身に纏うアウラは、甲冑のような効果を発揮する。
この気による防御は、この世界の武術の技であり、アウラ・アーマーという。
魔神との戦いに入る前、アウラ・アーマーに加え、英雄の身体には、防御能力を引き上げる防御魔術が、幾つもかけられていた。
英雄自身だけでなく、四人の仲間達がかけてくれたのだ。
魔神との戦いにより、防御魔術は全て打ち消され、アウラ・アーマーの防御力も、かなりの部分が失われていた。
だからこそ、英雄は満身創痍といえる程の、酷い状態になっていた。
防御能力の大部分を失った状態の英雄は、魔神が放つ超強力な雷撃が掠めるだけでも、大ダメージを食らってしまう。
雷撃が掠めたのは左肩、一瞬で左肩は焼け焦げ、英雄の左腕は使い物にならなくなる。