狗藤威吹②
ホテルの地下にあるオークション会場では大の大人が今か今かとその時を待ちわびていた。
「また一人、巨匠がこの世を去ってしまわれた」
「三田村先生の後に続くような日本画家は中々現れんでしょうなあ」
「若い子たちもセンスがないと言うわけではないんですが……どうにも、思い切りが足らない部分がある」
「分かります。あと一つ殻を破れば一流へのスタートラインに立てると言う子がチラホラ居ますね」
「あ、皆さん。そろそろ始まるみたいですよ」
舞台袖から黒地に金の刺繍が入った漢服姿の老翁が姿を現す。
白髪を後ろで撫で付けた彼こそが、オークションの主催者にして画廊の長、浩然である。
「まずは逝去なされた偉大な画家、三田村玲司氏に黙祷を」
胸に手を当て目を瞑る浩然。
それに倣うように出席者も、各々の宗教に沿ったやり方で祈りを捧げた。
「次いで突然の催しにも関わらず、こうして駆け付けてくださった皆々様に感謝を」
恭しく一礼する浩然。
気取った仕草だというのに、これがまたまた絵になるのだ。
「もう少しお喋りをしていたくもありますが……ふふ。
そんなことをすれば皆様に嫌われてしまいますね。
早速、競りを始めたいところですがその前に一つだけ謝罪と訂正を。
今回出品される氏の作品は四十八点とカタログには記しましたが――申し訳ありません、それは誤りです」
“遺作”をカウントし忘れていた。
浩然の言葉に会場がざわつく。
「まさか、あるのか?」
「……氏が追い求めていたと言う真実の一作が」
「探求は実を結んでいたのか」
客の反応が思っていた通りのもので満足したのだろう。
薄く笑みを浮かべた浩然が手でざわめきを制し、進行を続ける。
「ふふふ、それでは始めましょうか。まずはこちら! “キャバ嬢”シリーズの初期ロットに御座います」
バッと片手を広げてモニターに注目を集める浩然だが、
「……?」
客の反応がよろしくない。
困惑。意図を測りかねているかのような何とも言えない表情の客に浩然は顔を顰める。
首を傾げつつ振り向けば、彼もまた観客同様に困惑を露にした。
「生存権……?」
モニターにはその一言だけが表示されていた。
スタッフのミスだと判断したのだろう。
浩然は顔を真っ赤にして何ごとかを叫ぼうとするが、それを遮るように笑い声が響いた。
「ンフフフ♪」
誰が聞いても小馬鹿にしていると分かる底抜けに明るい笑い声。
浩然を含む全員の視線が一斉にステージの端にある演説台に向けられる。
威吹だ。威吹が居た。
「駄目だよ浩然。彼らは何も悪くないんだからさあ」
演説台に腰掛けた威吹はニヤニヤと笑いながら浩然を咎める。
「理不尽に部下を叱り飛ばすのはパワハラだ。良くないよ、パワハラは」
威吹は少し、ホッとしていた。
ここには日本人も居るが大半は外国人。それも色んな国の人間ばかり。
世界共通語の英語で会話をしているのだろうが、威吹にその知識はない。
そこで天狗の神通力を使って会話を成立させているのだが、この術を使うのは初めてだった。
多分いけるだろうとは思っていたが、これで通じなかったら間抜けどころの話ではない。
それでさしもの威吹も少しばかり緊張していたのだ。
「君は……狗藤威吹、何故ここに……」
「と言うか責任云々に言及するなら浩然のせいだしね」
「いや、理由はどうでも良い。おい誰か、今直ぐ彼を連れ出――――」
「勝手に権利を譲渡されたと“思い込んでる”浩然が悪い」
「せ……何だと?」
怪訝な顔をする浩然に威吹はこう続ける。
「“思い出して”ご覧よ。君は俺から正式に玲司さんの作品を譲り受けたのかい?」
「今更何を――いや、待て。ど、どういうことだ……? 私は……」
記憶の整合性が取れなくなった浩然が動揺を露にする。
「…………私に、何をした?」
「さあ? でも、とりあえず今はこうしたいかな」
懐から拳銃を取り出し浩然に銃口を向ける。
瞬間、浩然を含む会場内の全員が息を呑んだ。
こんな後ろ暗いイベントに参加するような連中だ。当然、銃の真贋ぐらいは見分けがつく。
威吹が構えるそれが本物であるのは誰の目にも明白だった。
「落ち着きたまえ狗藤くん。そのようなことをして何になる?」
「何かになるかどうかは俺が決めることにするよ」
「? 妙な言い回しを……君のそれは愚行だ。己の首を絞める行いに他なら――――」
浩然の言葉を遮るように銃声が鳴り響く。
威吹が撃った? いや違う。
撃たれたのは威吹だ。
顔の上半分が吹き飛び、あちこちで小さな悲鳴が上がる。
「! おいお前、何を……」
「申し訳ありません浩然様。御身と皆様の安全を優先させて頂きました」
会場の入り口付近で銃を構える画廊のエージェントがそう答えた。
「何を……いや、これで良かった……? ああクソ! 何なんだ一体!!」
浩然が人目も気にせず悪態を吐く。
裏社会の住人ゆえ鉄火場程度で混乱するようなタマではない。
しかし、今回に限っては話が違う。
正式に譲渡されていたはずの権利。既に開催してしまったオークション。
殺された威吹。おかしくなった自らの記憶。
様々な要因が複雑に絡み合い、浩然から冷静さを奪ったのだ。
「オークションは一時中断! お前たちはお客様を別室にご案内してさしあげろ!!」
ガシガシと髪を掻き毟りながらスタッフに指示を出す浩然だが、
「――――ンフフフ♪」
現実はどこまでも彼に厳しかった。
再度響いた笑い声に全員が固まる。
その声は先ほど聞いたもので、しかしもう失われたはずのものだった。
全員の視線が威吹の死体に向けられる。
「即殺しに来たのは良い判断だ。俺のとこに来た人らも含めて浩然は粒揃いだよ。
でも残念。人間相手ならその拳銃でも過剰なぐらいだったけど、俺を殺すには不足が過ぎるかな」
演説台に倒れ込んでいた死体が起き上がっている。
頭半分を吹き飛ばされたまま死体が言葉を発している。
非現実的な光景を前に誰もが、これでもかと恐怖を掻き立てられ我先にと逃げ出さんとするも……無駄だ。
「扉が!?」
「なん……これ、に、肉……?」
突如、場内の床が壁が天井がグロテスクな脈打つ肉に変化したのだ。
さながら、何者かの腹の中に閉じこまれてしまったかのように。
「さて浩然」
頭部を再生させ、浩然に語り掛ける。
「二億。たったの二億で玲司さんから相続した作品を買い取ろうとしてた件について話そうか」
「ッッ……」
「酷いもんだ。表のルートで売却してもその十倍二十倍以上の額にはなったのにねえ」
後ずさった浩然の足元から肉がせり上がり、彼を捕縛する。
「しかも? 俺が譲渡に応じなかったらどうするつもりだったんだい?
言わなくて良い。もう知ってるからね。まだ二十にもなっていない子供相手に拷問だの何だの。
最悪、殺すことも視野に入れてたんだろう? ああ……酷い、酷いなあ」
浩然の顔色がドンドン悪くなっていく。
「何で何も言わないの?」
「……」
「ンフフフ、下手に何か言って俺の機嫌を損ねるわけにはいかないから“見”に徹しているのかな?」
良い判断だ。
威吹は手放しにそう賞賛しつつ、
「でも逆にその小賢しさがムカつくな」
あっさり手の平を返した。
「悪いことをしたのなら“ゴメンなさい”。子供でも知ってることだ。違うかな?」
「……返す言葉もありませぬな」
無言は駄目。
かと言って下手なことも言えない。
それゆえ、最低限の応答を。
この状況下でも努めて冷静であろうとする姿勢は評価に値する。
「ま、待ってくれ! 狗藤……狗藤さん! 浩然はともかく、我々は関係がないと思うのだが……」
客の一人が口を開く。
他の客が余計なことを! と顔を顰めているのを見て威吹は軽く噴き出しそうになった。
「ここに居る時点でその言い訳は通用しないよ」
玲司の死が広まった時点でこの場に居る者らは調べたはずだ。
宙に浮いてしまった作品の行き場所を。
当然、遺言状とそこに書かれていた威吹の存在に行き当たっただろう。
「最低限、俺が何者かぐらいは調べたんじゃないの?
普通の高校生が画廊に目をつけられたらどうなる?
穏便に済むはずがないよね? 不当な搾取を受けるのは想像出来るよね?」
こんな場所に居る時点で全員、清廉潔白な人間とは口が裂けても言えやしない。
裏のやり方にも通じていると考えるのが当然だ。
「なのに、だ。あんたらは誰一人として可哀想な俺を助けに来なかった。
それどころか玲司さんの絵を買えると、喜び勇んでオークションに出席した。
それってさ。俺がどんな酷い目に遭っても知ったことじゃないって言ってるのと同義だよね」
それはもう、共犯者と言っても差し支えないだろう。
「己が欲のために無法を見逃し子供が犠牲になることを許容した人間が無関係だって?」
超ウケる。と威吹はケタケタ嗤った。
「あと個人的に許せないのは、だ。
あんたらのような人間が玲司さんの――友達の遺した物に群がってるのが気に喰わない」
大切なものに蝿が集っている光景を見て愉快と思う者が居るか? 居やしない。
威吹がそう告げると異を唱えた老人は言葉に詰まってしまう。
だが、まだ諦め切れないらしい。
周囲がもう止めろという目を向けているのに気付くことなくこう続ける。
「な、なるほど……しかし、しかしだ。狗藤さん、よく考えてみて欲しい。
あなたは理外の存在なのだろうが完全無欠の怪物というわけでもないのだろう?
我々は皆、表の社会において重要な位置に居る人間ばかりだ。
そんな私たちが一斉に殺されでもすれば……あなたも不利益を被るのではなかろうか?」
化け物が一人だけ、と考えるのは楽観が過ぎる。
国家が化け物の存在を把握していないと考えるのも同じ。
化け物には化け物のコミュニティがあって、表とも密接に繋がっている。
そして表の世界の有り様を見るにパワーバランスはある程度、拮抗している。
そう推測した上で彼はこんなことを言ったのだろう。
ああ、間違いではない。
仮に威吹がここで皆殺しにすれば日本政府も各国政府にせっつかれて重い腰を上げるはずだ。
いや、その前に各国が威吹の討伐に動くだろう。
損得を考えれば間違いなく威吹に益はない。
発言自体は正しい。正しいのだが、
「その忠告は三ヶ月ぐらい遅かったかな」
「は?」
「いや、似たようなことはもう言われてたっけか」
「な、何を……」
「ん? ああ、前にさ。元総理やら現職の大臣を殺ったんだよ」
瞬間、発言した老人を含め全員の顔色が変わった。
三ヶ月前、元総理、現職の大臣。
これらのキーワードで五月の不祥事を全員が思い出したのだ。
「結局、国は動いてくれなくて肩透かしだったけど……ンフフフ。
おたくらをここで殺っちゃえば流石に動くだろう。
日本だけじゃない、おたくらの祖国もきっと――参ったな。楽しくなってきたぞ」
威吹は彼らを駒とするべくここに来た。
しかし、揺れていた。
世界を敵に回すのも面白そうじゃないかと。
ニタァ、と唇を歪める威吹を見て浩然たちは悟っただろう。
化け物が――いや、狗藤威吹がどんな生き物であるのかを。
「やりようによってはあちこちに飛び火させられるだろうし……」
幻想世界の日本だけではない。
表裏どちらの世界丸ごとを巻き込む馬鹿騒ぎが起きるかも。
そう期待に胸を膨らませる威吹の脳裏に玲司の顔がよぎった。
(――――いや駄目だ)
そもそも自分は何のために現世を訪れたのだ?
玲司の葬式に出席するためではない。
いや、それもあるが本命は別にあるだろう。
そう思い直し、威吹は仮面を被り直した。
「最高だ」
蕩けるような笑顔と共に指を鳴らす。
瞬間、威吹を除く全員が倒れ伏した。
「ひ、ぁぁああああああああ! か、からだが! 私の身体がぁああああああああああ!!」
「なにが……なんで、こんな……ッッ」
「く、苦しい……からだが重い……」
「ゲホッ、ゴホッ……!!」
阿鼻叫喚。
だがそれも当然のこと。
いきなり自分の身体が立っていられなくなるほどに老いてしまったのだから。
「ンフフフ、あんたらの肉体の時間をね。寿命を迎える数時間前まで加速させてもらった」
中には病を患っていた者も居て、加速すると死にそうだったのでそっちは治しておいた。
だから皆、安心して老衰出来る。
「た、頼む……助けてくれ……! 私は、私は死にたくない……!!」
「の、望むものは何でも捧げます……どうか、どうか……ッッ」
命乞いをする者らは現実が見えていないものだ。
威吹は死の淵に追い込まれた者らを見定め格付けを済ませると朗らかに笑う。
「とは言え、だ。今の俺は機嫌が良い。素敵なアイデアを貰ったばかりだからねえ」
だから、とモニターを手で示す。
「冗談のつもりだったけど、やろっか。オークション」
生存権。憲法のそれではない。この場合は単純に生きられる権利だ。
これを競り落としてもらうと告げた途端、全員の表情が一変した。
地獄に垂らされた蜘蛛の糸。唯一の可能性。
それを掴まんとする意思が瞳の奥でメラメラ燃えていた。
しかし、
「――――じゃあ三百兆円から始めようか」
その炎は一瞬で鎮火した。
国家予算規模の額を一個人に払えるわけがない。
誰もが思っただろう。生かして帰す気はないのだと。
「あれ? あれれ? どうしたどうした。何で誰も手を挙げないのさ」
ニタニタと嗤う威吹と絶望に打ちひしがれる浩然と客たち。
クッキリ色分けされた勝者と敗者の構図はいっそ美しくさえあった。
もう少し遊んでいたくはあるが、本題は別にある。
「冗談。冗談さ。最初から皆を殺そうなんて思ってない。ちょっとしたジョークだよ」
老化を解除し全員を元の年齢に戻し、着席を促す。
全員が素直に従ってくれた。まあ、逃げられないので当然だが。
「俺はね、話を聞いてもらいたかっただけなんだ。
でも、普通のガキが話を聞いてくれって言っても耳を貸してくれないだろ?
だからまあ、心苦しくはあったけどちょっとしたパフォーマンスを挟んだんだよ」
そう告げるが皆の瞳には拭えぬ疑念の色が浮かんでいた。
威吹は溜め息交じりに両手を挙げ、更にこう続ける。
「OK。ゴメン、ちょっと嘘吐いた。
不利益を被るだの何だの言われた時、ちょっと誘惑に負けそうになったよ。
世界を敵に回すのも悪くない。ここで全員殺っちゃおうかなって。
でも、本当にここに来た時は殺す気なんてさらさらなかったんだ。
って言うのも、だ。玲司さんの遺言状の影響で一部界隈に俺の名前が知れ渡っちゃっただろう?」
流石に公のメディアで名前を公表されることはないだろう。
しかし、ちょっと踏み込めば個人情報を割るのもそう難しいことではない。
「今回、直接ちょっかいをかけて来たのは画廊だけどさ。
似たような連中がこれから先も現れないとは限らないよね? 俺はそれが面倒なんだ。
いや、悪意を向けられるのは別に良いんだよ? 基本的に拒むつもりはない。
ないんだけど……最低限、こっち側の事情に通じてて力もあるようなの相手じゃないとね」
やる気にならない、小蝿に集られても鬱陶しいだけだと溜め息を吐く。
するとどうだ、浩然の顔が盛大に引き攣った。
無理もない。裏社会で名を馳せる大組織の長が小蝿扱いされたのだから。
「……つまり、風除けとして利用したいと?」
「それと現世――人の世界で活動する際の手足にもなって欲しいと思ってる」
なれ、と命令されれば命を握られている彼らは従うしかない。
しかし、それでは意味がない。
自発的に支援者として名乗りを上げて欲しいのだ。
だから、ここでカードを切る。
「と言ってもだ。力で押さえつけられて一方的に利用されるのは良い気分じゃないよね?
安心してくれ。俺にそんなつもりはない。やっぱWIN-WINじゃないとね」
「こちらにも何か益を齎してくださると?」
「おお、顔色が良くなったね浩然。ああ、その通りだとも」
人差し指を軽く振るって浩然の身体を宙に浮かせた。
「大丈夫。皆にもよく見えるようにしただけで浩然は害するつもりはないから」
「は、はあ」
さて、と威吹は手を叩く。
「俺はさっき、あんた方を老衰寸前にまで追い込んだ。時間を加速させてね」
宙に浮かぶ浩然の横に大きな時計が出現する。
「時間を加速させられるなら……その逆も出来ると思わない?」
チクタクと正しい時を刻んでいた時計がゆっくりと逆廻しを始めた。
そして、時計の針に合わせるように浩然にも変化が現れる。
顔の皺が少しずつ消え、肌の質も変わっていく。
おお、総白髪だった髪に黒が混ざり始めたぞ。
「おぉ! 浩然殿が若返って……!!」
「……まさか、本当に……?」
客たちが俄かに色めき立つ。だがこれも自然なこと。
どれだけの大金をはたいても買えないものがこの世には幾つもある。
若さもその一つだ。
古今、どんな成功者ですら老いを遅らせることは出来ても若さを取り戻すことは出来なかった。
そんな見果てぬ幻想でしかなかったものが現実になろうとしている。
興奮しないわけがないだろう。
「おぉ。そうじゃないかと思ってたけど浩然ってやっぱり男前だねえ」
二十代ぐらいまで巻き戻せば無音のようなアイドルフェイスになるのでは?
そう思い巻き戻しを加速させる威吹だったが、
「待て! 待ってくれ! こ、これは……その、今直ぐ若返りを止めてくれ!!」
何故か浩然が慌てだす。
が、威吹はお構いなしに時を進めて……。
「あ、あぁ……ッッ!!」
ん? と威吹のみならず若返りに夢中になっていた者らも首を傾げる。
何か妙に声が高くなかったかと。
僅かに抱いた疑問は即座に氷解することとなった。
「!?」
威吹を含む全員がこれでもかと目を見開く。
「あ、あの……狗藤さん……途中で入れ替えたわけでは……」
観客の一人がそう尋ねるが威吹はふるふると首を横に振る。
威吹としてもこれは予想外の事態なのだ。
「いやぁ……これは、どういうことなんだろうねえ……」
威吹はまじまじと宙に浮かぶ黒髪の美しい“少女”を見つめる。
「う、うぅ……な、何故……こんな……こんな……」
歳を取れば爺か婆か判断がつき難くなる者も居る。
しかし、浩然は違う。誰の目から見ても爺だった。
そして若返ってる途中はちゃんとオッサンだった。
なのに十八を通り過ぎた途端、少女になってしまった。
「浩然、これはどういうことなのかな?」
「……」
「沈黙か。別に良いけど、俺やろうと思えば心を読んだり記憶を暴いたり出来るよ?」
「う゛」
「普通の人にやるとなれば罪悪感も沸くけど」
舐めた取引を持ちかけようとしてきた相手ならばその限りではない。
威吹がそう告げると浩然は観念したかのように項垂れ、ぽつぽつと語り始めた。
「……父が、男で長男だからと無能な兄に家を継がせようとしていたので……」
「殺して入れ替わったと? すげえなオイ」
整形手術で顔を変えるぐらいならまだしも、性転換出術までやるってのは並大抵のことではない。
気合の入り方が違う。これには威吹としても評価を上げざるを得ない。
「……どうも……あの、戻して頂けますか?」
「ああ、はいはい」
浩然を元の老人に戻した上で床に降ろし、威吹は改めて客たちに語り掛ける。
「俺は――そうだな、えーっと……狗藤威吹後援会とでもしておこうか。
後援会を結成し会員を募ろうと思う。はい皆さん、モニターをご覧ください」
パッとモニターが切り替わり一枚のカードが映る。
デフォルメされた威吹の顔が押されたスタンプカードだ。
「俺のお願いを一つ聞くごとにスタンプを一つ。んで十個溜まったら若返りを進呈って感じだね。うん」
とは言え、だ。
スタンプが必要なのはあくまで若返りのみ。
それ以外なら頼み事をしてくれても全然構わない。
面倒だったり気分が乗らないなどの理由がなければ可能な限り答えるつもりだ。
「ん? 質問かな? どうぞ」
手を挙げた老女に発言を促す。
「………………会員権はお幾らで?」
「あー、そうだね。じゃあ一万ぐらいで」
「一万ドルですか。幾ら何でも安過ぎるような……」
「いや、ドルじゃないよ。円だよ円」
会員権程度でそこまでぼったくるつもりはないと威吹は肩を竦める。
「私からもよろしいですかな?」
「浩然か。はいどうぞ」
「完全な性転換などは可能でしょうか?」
「出来るよ。したいの? 女としてやり直すことも出来るよ?」
「……男として生きた時間の方が長いもので」
メンタリティもそちらに偏ってしまっているのだと浩然は苦笑する。
「他に質問は?」
「あなたのお願いを聞くとのことですが、その優先権などはどうなるのでしょう?」
「そこらは後援会の皆で話し合って決めてもらおうかな。面倒ならくじ引きとかで良いんじゃない?」
その後、幾つかの質疑応答を経て全員が会員権を購入した。
たかだか一万円だ、彼らのような人間からすれば損の内にも入らないので当然である。
「じゃ、早速だけど皆に頼み事をさせてもらおう。
お願いを聞く権利はそっちで話し合ってと言ったけど今回のお願いだけは俺に仕切らせて欲しい。
何、その代わりと言っちゃ何だけど上手い話にするからさ」
具体的には、そう。
今回の頼み事に限り一回でスタンプが十個溜まるようにする。
威吹がそう言った瞬間、全員の目の色が変わった。
「山を――そう、××県にある山が一つ欲しくてね。
ああ、安心して欲しい。売りに出されてるとこだから正規の手段で購入出来る」
玲司の遺産があるので威吹でも買えなくはない。
ないのだが、普通に手続きが面倒臭い。
加えてまだ遺産が譲渡されたわけではないので、買おうとすれば時間がかかってしまう。
詩乃に任せることも出来るが、今回の件に限っては詩乃を噛ませたくないのだ。
「俺名義での購入と、その後の管理を頼みたいんだ」
「して狗藤様。映えあるその権利は如何にして!?」
我慢が出来ぬとばかりに叫んだ者が居た。
それは威吹に対し、自分たちに手を出せば不利益を被ると言ったあの男だった。
見事な手の平返しに笑いを堪えつつ、威吹は答える。
「オークションさ。元々、ここはそういう場所だろう?」
・キャバ嬢シリーズ
キャバ嬢をモデルにしたものではなくキャバクラで当たりを引いた際の
喜びとインスピレーションを燃料に書き上げるためそう呼ばれている。
十八の頃からキャバに通い生涯で48枚を描きあげたとされる。




