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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン


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ヤング妖怪大戦争⑨

「…………惜しいな」


 ガラガラと崩れ落ちていく空間を眺めながら呟く。

 隔離された空間を崩壊させることで相手を殺す。

 これが第一の矢で、それで死なないなら次。今正に行われていることだ。

 バラバラに砕け散った空間が世の理に従い自己修復しようとする流れに巻き込んで殺す。

 これが第二の矢――恐らくはそう言うプランだったのだろう。

 認めよう、それらは紛れもなく自分を殺し得る牙だ。

 第一の矢はまあ素で受けても六割ぐらいの確率で凌げそうだが、問題は第二の矢。

 世の理を利用したそれを素で凌げるかと言えば……その可能性は限りなく零に近い。

 それだけに、惜しい。


「本当に惜しい」


 相手のとっておきは無防備で受けるのが一番、気持ち良い。

 その結果、死んでしまったとしてもだ。

 しかし、今回はそれが出来なかった。


『――――全霊を以って凌いでくれ』


 こんなオーダーが出てしまった。

 いや、これだけなら無視することも出来た。

 だが、もし自分を認めてくれているのなら……そう前置きされてしまうと、無視は出来ない。

 ゆえに威吹は出し惜しみなしで彩の全霊を受け止めた。

 時間操作を用いシェルターを作り出し、そこに留まることで空間の崩壊と修復を無傷で凌いでのけた。


「お」


 乱気流のように渦巻いていた世界が落ち着きを取り戻していく。

 当然と言えば当然だが、清水寺。正確に言うなら本堂とその周辺は完全に消滅していた。

 ポッカリと抉り取られたような破壊痕を横目で見つつ、威吹は彩の姿を探す――見つけた。


「…………やれやれ……君の方が強いとは言ったけど……切り札を、無傷で凌がれるとは……」


 生気を失い、今にも息絶えそうな顔で、それでも彩はどこか晴れ晴れと笑っていた。


「気は済んだかい?」

「うん……正真正銘、全てを出し尽くしたからねえ…………いやはや、君、ホント強いや……」


 糸が切れた人形のように崩れ落ちる。

 このまま放置すれば死んでしまうだろう。

 だが、死なせるには惜しい女だ。

 威吹はゆっくりと彩に歩み寄り、その胸に手を当て自らの生命力を注ぎ込んだ。


 ……ちょっと加減に失敗して軽くボン! したがそれも含めて修復したので問題はなかろう。


「ゴホッ……! っぐ……は、はは……施しまで受けて……完全、敗北だなあ……」

「いや何、面白いものを見せてもらったお礼だよ」


 幕切れとしては少し物足りなくはあるが、そこそこ満足だ。

 あの術にはそれだけの価値があった。


「あれは一体、どの系統に属する技術なのかな?」

「一応、陰陽術だね……」

「陰陽術? あれが?」


 言われてみれば確かに、それらしい構成が術式に見えたような気もする。

 が、威吹の記憶。より正確に言うなら威吹に流れる九尾の血にある記憶か。

 その記憶の中にある陰陽術のどれにも当て嵌まらないものだった。


「母さんが独学で身に着けたものだからね……正道からは外れてると思うけど……陰陽術ではあるよ……」

「いや待って。ゴールは死者蘇生だったよね?」


 土方歳三を蘇らせるのに空間を崩壊させる術が必要か? 必要ないだろう。


「いや……色々無茶して敵も多かったらしくて……」

「俺が言うのも何だけど、アンタの母さん才能の化け物だな」

「まあ……Oracleが言うには母さんの天職は画家なんだけどね……」

「えぇ……」


 などとお喋りに興じていると、


「おうおうおう、えらいことになってんなあ」


 純情派と書かれたエプロンを身に着けた男が姿を現す。

 一見すれば気の良さそうなお兄さんと言った感じだが、威吹は困惑していた。


(…………何だコイツ?)


 強い(おとこ)の臭いがする。

 それは間違いない。

 なのに、妖気がまるで感じられないのだ。

 自分と同じく普段は抑えつけていると言う感じでもない。


「やあ、真。すまないね、先にやらせてもらったよ」

「かまへんかまへん。席を外した俺が悪いわけやし」


 真と呼ばれた青年の視線がこちらに向けられる。

 隠し切れない期待が滲むその目に、威吹の口角が自然と釣り上がる。


「俺は狗藤威吹。東の総大将だ」

「こらご丁寧にどうも。俺は安浦真。一応、西の頭張らせてもらっとる」


 見つめ合い、


「アハハハハハハハ!!」

「ダハハハハハハハハ!!」


 互いに堪え切れず噴き出してしまう。

 何が東の総大将。何が西の頭。

 そういう前提の下でやってる遊びではあるが、現状はどうだ?

 一応トップだと言うのに周りを見てみろ。

 ギャラリーは彩だけで他は誰も居ない。


 東西の屑どもはお互い、目の前のことに夢中なのだろう。

 西の真っ当な連中は彩の術を感知し、警戒して作戦でも練っているのかもしれない。

 何にせよ、こうも放置されたトップなんて酷く滑稽だ。


「威吹、おどれ……何でこないなことしでかしたんや?」

「良く燃えそうな火種が目の前にあったら、とりあえず煽ってみたくなるだろ?」


 人は火を消す。

 化け物は火を点ける。

 これはそれだけの話だ。


「そか――うん、やっぱ思った通りの奴やわ」

「?」

「俺が戦争に参加したんはな。おどれや。いっぺん、おどれと遊んでみたかってん」

「へえ、嬉しいことを言ってくれるね」


 でも、と威吹は挑戦的な笑みを浮かべて問う。


「アンタに俺の遊び相手が務まるのかな?」


 威吹の本命は戦後にある。

 戦争前とは様変わりするであろう世界の姿にこそ興味を抱いている。

 だが、戦争自体に楽しみを見出していないわけではない。

 だからわざわざ彩を探していたのだが……どうにも歯車が狂った。

 玲香だ。あの子と最初に出会ってしまったせいで、ハードルが上がってしまったのだ。

 だから本来であれば楽しめていたであろう連中にも大して旨味は感じられなかった。

 彩はそれでもハードルを超えてくれたのだが、こっちはこっちで消化不良の結末。

 彼女の全霊を素で受け止めていたのであれば話はまた違っていたのだろうが……。


「俺は期待しても良いのかな?」

「おどれ……」


 真の目がすぅ、と細まる。

 挑発染みた物言いに反応した……わけではなさそうだ。困惑? 心配?


「?」

「いや、諸々終わったでええか」


 何だったのか。


「俺に遊び相手が務まるかって? ほなら、試してみいや」


 傲岸に笑う真に威吹もまた不遜な笑みを返す。


「そうだね。なら――――遠慮なく!!」


 ダン! と地を蹴り接近し上段回し蹴りを放つ。

 蹴りは頬に突き刺さり、並みの手合いならばそのまま頭部を吹き飛ばされていたはずなのだが……。


「およ?」


 足首から先が“消失”していた。

 首を傾げつつも即座に再生。

 ぐるん! と振り抜いた足の勢いそのままに背を向けながら今度はどてっ腹に後ろ回し蹴りを叩き込む。


 はずだったが、


「あらら?」


 またしても足首から先が消えていた。

 そして、どう言うわけかほんの一瞬、真からそこそこの妖気を感じ取れた。

 威吹は距離を取り、真を見つめる。

 あまりの早業と痛みへの耐性ゆえイマイチ何をされたか分からなかったが現物を見せられれば流石に分かる。


「……喰ったのか、俺を」


 真の頬に、腹部に、身体のあちこちに獣のような(あぎと)が浮かび上がっている。

 それらは嬉しそうに歯を鳴らし、笑っていた。


「俺は二口女と餓鬼の相の子でなあ」

「腹ペコキャラと腹ペコキャラで被ってない?」

「まあうん、どんだけ腹減ってるねんて言いたくなる気持ちは分かる」


 散々弄られた経験があるのだろう。

 真の笑顔はどこか煤けていた。

 だが、そう言うことならば妖気が感じられなかったことについても推測が立てられる。


「殆ど妖気を感じなかったのはそのせいかな?」

「正解。俺なあ。生まれてこの方、空腹から脱したことないんよ」


 食事をしてもまるで腹が膨れない。

 そしてそれは妖気も同じ、と言うことなのだろう。

 妖穴から生成した妖気が、生じたそばから喰われている。

 安浦真と言う妖怪の根幹を成す核に吸われ続けている。

 だから満たされない。

 狗藤威吹が“人間”の妖怪であるように、安浦真は“飢餓”の妖怪なのだ。


 そう考えるとデメリットしかないように思えるが、それは違う。

 飢餓の妖怪であるがゆえに“喰らう”ことによる強みも存在する。

 それが先ほど感じた妖気の正体だ。

 通常、化け物が化け物を喰らっても即座にパワーアップ! とはいかない。

 雑魚ならともかく、相応の実力者が喰うことで強くなろうと思ったら莫大な量を必要とする。

 吸収効率がよろしくないのだ。

 通常は百の栄養を備える餌を喰らっても五か十、得られれば良いところ。

 だが真は違う。効率と速度が段違いなのだ。

 百喰らえば百を即座に自身の栄養に出来る。


 まあ、消化速度も尋常ではないのでブーストは直ぐに切れてしまうようだが。

 だが、この力は相手が強ければ強いほど有効だ。

 喰っても喰っても中々尽きないし、乗り気ならばまず逃げない。

 威吹など、餌としては極上の部類だろう。


「ずーっと腹ペコやねん」

「しんどくない?」

「いんや? 生まれた時からこうやからな」


 満たされることを知らなければ真の意味で空腹の辛さは理解出来ない。

 なるほど、確かに道理だ。


「のう、威吹」

「何だい?」

「さっきおどれは言うたのう? 遊び相手が務まるんか、期待出来るんかって」

「ああ、聞いたね」

「ほなら、聞かせてくれや」


 先ほどの威吹と同じような笑みで、真は問う。


「おどれは俺を満腹にしてくれるんか? 期待してええんか?」

「ンフフフ……良いよ。答えようじゃないか」


 試してみれば良い、なんて言うつもりはない。

 ハッキリと断言してやろう。


「もう食べられないって泣き言が出るまで食べさせてあげるよ」


 真の身体に浮かび上がった無数の口が、笑みを形作る。


「ハッ! そうかい。ほな……」

「ああ」


 一歩、また一歩と互いに距離を詰める。

 そしてお互いの射程距離が交わった瞬間、二人は拳を繰り出していた。


「「ぐ……ぬ……!?」」


 二人の頬は喰い抉られていた。

 元々そう言う攻撃をする真は当然として、威吹も彼を真似たのだ。

 だって、ただ一方的に差し出すのは癪だから。

 互いに喰らい合ってその果てにもう無理だと先に根を上げた方が負け。

 言葉はなかったが、暗黙の了解は既に成立していた。


「おどれ……ホンマ、器用やのう……!!!!」


 蹴りと蹴りが交差し、互いの両脚が喰い抉られる。

 そして両者、即座に再生。


「いや、アンタはアンタで凄いと思うけどね?」


 威吹は今、狐でも鬼でも天狗でもなく人間の妖怪としての力を全面に押し出し戦っている。

 つまり、時間制御も解禁しているのだ。

 だが今のところ速さによるアドバンテージは得られていない。

 まだ時間制御を用いていないから? 否、とうに使っている。

 ただ、喰い破られてしまったのだ。


「停まった時間を喰い破って無理矢理動かすって、どう言うことだよ」

「???」

「ああ、自覚はないのか。とんだ悪食だね」


 とは言え、だ。

 こんな芸当が可能なのは威吹の未熟さゆえだろう。

 暴走状態ではあったが、本来は大妖怪にさえ通じる力なのだ。

 長ずれば真が喰えなくなる可能性は高い。

 まあ、真が大妖怪へ至ればどうなるかは分からないが。


(にしても……何だろう、これ……)


 威吹は今、奇妙な感覚を覚えていた。

 不快さはない。むしろ心地良いぐらいだ。

 澱みがドンドン晴れていくような――――


内臓(モツ)いただきぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

「んぐ……!?」


 突き刺さった貫手で肝を喰らわれる。

 膨れ上がった妖気を見るに内臓系は栄養価が高いようだ。


(いかんいかん、ボーっとしてちゃ駄目だろう)


 考え事は後回し。

 今はただ、この時間を心ゆくまで堪能するべきだ。

 気を引き締め直した威吹はお返しとばかりに膝を叩き込み真の胃を喰らった。


「がは……!?」

「んー、コリコリしてる。この食感、好きかも」

次で戦い終わり。

その次で後日談的なのやって、戦争編は終了って感じになるかと。

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― 新着の感想 ―
[一言] 登場時から思ってたけど、真と威吹って気が合いそう(小並)
[良い点] 今回の話もとても楽しく読ませていただきました。 相手の土俵で勝ってこそ格の違いを見せつけられるという在り方を自然と示す威吹は正しく大妖怪然としていると感じました。或いは特に何も考えておらず…
[一言] 時間を喰うのと喰う事を時間ごと止めるのいたちごっこが始まるかと思ってた
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