ヤング妖怪大戦争⑤
京都御所――二条城では若獅子会の首脳陣による会議が続いていた。
議題は、当然のことながら西に攻め入らんとしている東の化け物についてだ。
五日前、威吹の宣戦からさして間を置かず情報を仕入れた際、彼らは正直楽観視していた。
パフォーマンスだ。本気で戦争を起こすはずがないと。
だが次々と届けられる情報により威吹の本気を察知。
以降は、若獅子会OB、OGとも連携を取り対策を進めてきた。
しかし、現状は決してよろしいものではなかった。
「せ、先遣隊が全滅? 会敵したと報告が来たのがつい先ほどだろう!?」
静岡上空にて狗藤威吹が座する戦艦と会敵。
交戦に入るとの報告が届いたのが、ほんの数分前。
この短時間で一体何があったのだと幹部の一人が喚き散らす。
先遣隊はハッキリ言って捨て駒だった。
威吹が作り上げた、明らかにヤバイ戦艦を落とす。ないしは少しでも消耗させるのが目的の。
ゆえに全滅自体は構わない。だが、全滅するまでの時間があまりにも早過ぎる。
もしや……と言う最悪の想像が彼らの脳裏をよぎったのは仕方のないことだろう。
「敵艦より放たれた主砲の一撃で八割が消滅。残る二割も、対空砲と敵方の航空戦力により……」
「ッ……三千の決死隊だぞ!? それが、それがこうも容易く……あ、あちらの被害は!?」
ふるふると報告に来た妖怪が首を横に振る。
決死隊は会敵と同時に一斉攻撃を仕掛けたがバリアを貫けず返す刀の主砲で八割の戦力を失った。
残る二割が特攻を仕掛けるも対空砲に撃ち落されるか、
艦から飛び出した妖怪に殺されるかで船に取り付くことさえ出来ずに散華――つまりは無駄死にだ。
「馬鹿な……!!」
「人間の術者どもとも共同戦線を張り、守護結界の準備は進めているが……」
「我々だけで対処が可能なのか!? いやそもそも、西の大妖怪は何故、動かない!!」
東の蛮行を見過ごすつもりなのか!?
そうヒステリックに叫ぶ姿を見て、上座で寝転がっている真は思った。
(す、凄まじいかませフラグや……! こない濃厚な負けフラグをナチュラルに立てるとはコイツらただもんやないで!!)
負けるために生まれて来たの?
思わず素面でそう質問したくなるほど濃密なフラグの乱立。
中々見られるものではない。
(つーか大妖怪が動くわけないやん)
縁のある土地に、それなりの愛着がある者は居る。
が、それにしたって西だの東だのには拘泥していない。
鞍馬山の僧正坊が東で警察組織の長をやっているように。
酒呑童子が東で酒造会社を営んでいるように。
他の西の有名所。刑部狸に至っては現世――それもハワイで悠々自適の暮らしをしているのだ。
協調性のきの字も知らない大妖怪連中が帰属意識を持っていると考える方がアホだろう。
「安浦殿!!」
「あ?」
「今直ぐ西の大妖怪にとはいかずとも、京にも幾人か大妖怪が居ります」
「ん? おう、せやな」
パッと思いついたのがまず土蜘蛛。
そしてかつて役小角が従えていた夫婦鬼の前鬼・後鬼、那智滝本前鬼坊、屋島の太三郎。
京都出身だったり、過去京を根城にしていたわけではないが現在京都在住の大妖怪たちだ。
土蜘蛛と太三郎とは面識がある。と言うか、店の常連客だ。
「彼らに協力を要請して頂きたい」
「はあ? 何で俺がそない面倒なことせなあかんねん。おどれらでやれや」
「大妖怪に助力を乞うのであれば相応の立場の者が出向くのが当然でしょう」
などと言っているが、真は看破していた。
この期に及んで腰が引けているのだと。
機嫌次第で殺されかねない相手と、直接会うリスクを避けたいのだ。
ゆえにそれらしい理屈を捏ねている。
真に言わせれば見当違いも甚だしい。
「阿呆で腰抜けとか、ホンマしょうもない奴らやのう」
心底呆れ返っていると言った態度を取る真に、幹部らが反発する。
唐突で意味不明な侮辱、この緊急事態に何を考えているのか。
頭目として自覚はないのか。
口々に真を責め立てるが、
「――――おどれら、もう要らんわ」
真は何の感慨もなくそう告げた。
幹部らがその発言の真意を問い質そうとするが、
「やあ、こんにちは」
場違いなまでに能天気な声がそれを遮る。
襖を開き現れたのは片目を髪の毛で隠した少年……いや、少年のような少女。
一瞬の沈黙の後、怒号が飛ぶ。
「貴様は……!!」
全員の殺意が少女に向けられるが、当然である。
何せ彼女こそがこの戦争の引き金になった通り魔その人なのだから。
「おどれは……! ハハ、来てくれたんか」
「まあ。僕のところにやって来た禿くんがどうしてもって土下座までするものだからさ」
「正直、期待しとらんかったけど……タコ、ええ仕事するやないか」
馬鹿でも分かる好意的な対応。
幹部たちの真に対する疑心が一気に噴出する。
「安浦! これはどう言うことだ!? そいつと繋がりがあったのか!?」
「まさか、今回の戦争って……」
「やいのやいのほたえなや。つーか、発想が飛躍し過ぎやろ」
直接、間接問わず真はただの一度たりとて戦争を促す動きはしていない。
通り魔の少女と繋がりがあるなどと言うのは酷い誤解だ。
何なら、まだ名前すら知らないぐらいの間柄である。
「まあでも、これから繋がりを持とうとは思うとるけどな」
「手を組むとでも!? 冗談じゃない!!」
「見せしめで処刑、ないしはコレの首を土産に東と交渉をするならまだしも一緒に戦うなどあり得ん!!」
「知らんわ。おどれらがどう思おうと俺には関係ない」
大体、何を勘違いしているのか。
手を組むのは自分と彼女であって、お前たちではないだろう。
「言うたやろ? おどれらもう要らへんて」
ひょっとして、二条城に詰めているから勘違いしてしまったのか?
自分が若獅子会の大将として責任を果たすつもりだと。
それは誤解だ。酷い誤解だ。
気が合わない連中とデカイ喧嘩に乗り出すなどあり得るかよ。
真は威吹を迎え撃つにあたって、気の良い仲間を個人的に集めている。
彼らとは共に戦うが若獅子会と共同戦線を張るつもりは毛頭ない。
むしろその逆。鬱陶しい小蝿にブンブン飛び回られても邪魔なので、潰すつもりだ。
会議に顔を出したのは単純に、ここが一番早く情報が入って来るからでそれ以上の理由はない。
「こ、この状況で我欲を優先させるってか!? ふざけるなよ!!!!」
「……そっちがその気なら……上等! 前々から手前が気に入らなかったんだ!!!」
「ハッ! ええ顔するようになったやんけ。おら、相手になったるわ。まとめて――――」
かかって来い。
そう見栄を切ろうとする真よりも早く動いた者が居た。
「いや、そう言うの良いから」
室内を疾風が吹き抜ける。
チィン、と鍔鳴りが響く。
十二の首が飛ぶ。
鮮血が舞う。
「……――――おぉう、やるやんけ」
あまりに鮮やかな手並みに、一瞬、本気で見惚れてしまった。
少し照れ臭そうな顔で少女に賞賛の言葉をかける真。
褒められた当人はありがとうと笑いノータイムで真の首に刃を振るうも、
「あら?」
真の喉元に浮かび上がった口に刃を受け止められてしまう。
「カカカ! 俺の首が欲しいんやったらもうちょっとマジにならんと傷一つつけられへんで?」
「みたいだね。まあでも、及第点だよ。後は中身だけど……まあ、そこは置いておこうか」
僕に何の用なの? と首を傾げる少女を手で制し真は自らの名を名乗る。
「まずは自己紹介や。俺は安浦真。おどれの名前、教えてくれるか?」
「土方 彩。よろしくね」
「おう、よろしくな」
虐殺現場で何暢気してんだと思うかもしれないが、二人は毛ほども気にしていない。
「さっきもチラっと言うたけど俺はおどれと手ぇ組みたい思うてんねん」
「一緒に戦えと?」
「いんや? 俺の傍に居って欲しい。ただそれだけや」
「……告白?」
「ちゃうちゃう。まあ、もうちょい時間もかかるみたいやし一から説明したるわ。立ち話も何やし座れや」
彩は言われた通り、その場に腰を下ろす。
どうやら話し合いぐらいはしてくれるらしい。
「俺はな、西の若大将として東を迎え撃つつもりや」
「…………意外だね。そう言うの、興味なさそうなタイプに見えるけど」
「まあ、間違ってはないよ。俺は大将とかそう言うんはどうでもええタイプやからな」
けど、今回は違う。
東の大将、狗藤威吹はわざわざ若手組の頭目を名乗り題目を掲げて戦争を仕掛けて来たのだ。
それはつまり、そう言うシチュエーションで遊ぼうぜと言う誘いに他ならない。
であれば自分も、同じような役どころで迎え撃つのが礼儀と言うものだろう。
「遊び言うんはな。どっちかが楽しいだけやと片手落ちやろ。
どっちも盛り上げよう言う気持ちがあるから、最高の遊びになるんや。
独り善がりはアカン。まあ、身勝手なそれも一つの味ではあるがな」
乗れそうにない相手とならば独りで楽しむのも悪くはないだろう。
しかし、踊れそうな相手が居るのなら話は別だ。
「せやから、俺は大将としてデーンと後ろで構えよう思てる」
だが、一つ問題がある。
「問題?」
「おう。俺は狗藤威吹を知っとるが向こうが俺を知っとるかどうか分からんのや」
真は威吹と踊りたいが、威吹がパートナーとして自分を見てくれているかが分からない。
無論、こちらから仕掛けることも出来る。
だが、今回の戦場は京都――自分たちのホームなのだ。
向こうが攻め入って来たのなら、それを迎え撃つと言う形の方がシチュエーションとしては綺麗だろう。
「やから、おどれを釣り餌にしたいねん」
戦争の発端である彩。西の通り魔。
行動原理が不明で、尚且つかなりの実力者。
威吹は確実に興味を抱いているはずだ。
そんな彩を傍に置いておけば、何もせずとも向こうからやって来る。
それが真の企みであった。
「君は強い奴と戦いたいの?」
「戦いやない、遊びや。ついでに言うなら強さはイコールやない」
ただ、強い奴ほど愉快なアホである傾向が強いのが化け物だ。
目下、攻めて来る東のアホどもの中で一番アホで一番強いのが威吹だから威吹の一本釣りを狙っているのだ。
「それ、僕のメリットある?」
「あるやろ。おどれの具体的な目的は知らんけど強さが一つの条件なんは分かっとる」
だからこそ、釣れる。
「おどれ単体でも、そら入れ食いやろ。せやけど俺も一緒やと更に釣れるはずや」
今回の遊びの形式上、西の大将を名乗った者を無視するわけにはいかない。
自由奔放な威吹を釣るには、自分だけでは不安だがそれ以外なら話は別だ。
「奥深くで陣取る言うことは、それだけ辿り着くのも大変っちゅーわけや……分かるな?」
彩が頷く。
「前は滞在費の関係で長居出来なかったからね。
あんまり探せなかったから丁度良いと言えば丁度良いか。うん、じゃあよろしく頼むよ」
彩が手を差し出す。真は笑顔でその手を握り返した。
「にしてもおどれ、女の癖に僕て……またイタイキャラ付けしとるのう」
「ああこれ? 一番身近に居た大人――母さんの影響でね」
「お袋さん、一人称僕なんか? ええ歳やろうにイタイのう」
「否定はしないよ。ただ、突き抜けたイタさだから僕は正直、尊敬してるけどね」
ほう、と真の瞳に好奇の色が宿る。
「母さんは元々ただの一般人だったんだ。
特殊な家に生まれたわけでもない。Oracleに才能を見出されたわけでもない。
何か特殊な事件に巻き込まれて力を開花させたとか物語的な展開があったわけでもない。
歴史――特に幕末、中でも新撰組の鬼の副長が好きで好きでしょうがない普通の歴女だった」
尊敬している、と言う言葉に嘘はないらしい。
母を語る彩の目には確かな尊敬と、好意の色が浮かんでいた。
「ただねえ母さんは“好き”を拗らせ過ぎたんだよ」
「っつーと?」
「資料や、創作の中の土方歳三だけじゃ満足出来なくなったのさ。
生身の、意思ある土方歳三と話がしたい。食事がしたい。デートがしたい。
いやもっと飾らず言うなら土方歳三の子を孕みたいと本気で思い始めたんだ」
まさか、と真が目を見開く。
「そう、そのまさかさ。
ただの一般人が純度百パーセントの下心でその方法を模索し独学で陰陽術を身に着けたんだ。
正道からは外れた、かなり独自性の強いものだったけど……」
それは、独自の体系を確立したと言い換えることも出来る。
真の言葉に彩は嬉しそうに頷いた。
「それでまあ、遂には反魂の術のようなものまで使えるようになってさ」
「……本懐を果たしたんか?」
「うん。狂ったように腰を振ったって笑ってたよ。そうして生まれた半死人の子供が僕だとも」
「お袋さん、凄いやないけ」
「だろう?」
他にも何かお袋さんのエピソードはないのか?
そう真が口にしようとしたところで、開け放たれた襖から複数の化け物が姿を現した。
「っと。お喋りは一旦中断やな」
「何をするんだい?」
何をするって? 決まってる。
「おもろいもん見せてもらった“お返し”や」




