ヤング妖怪大戦争②
翌日。
遅めの昼食を終えた威吹は迎えに来た紅覇、そしてロックを伴い蒼覇らとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
「まったく……何で真昼間から会議なんてするかなあ」
今日の午後の会議で若手組は西への対応を最終決定するらしい。
狙うならこのタイミングしかないのだが、正直不満だった。
「一応、分身を学校に行かせたけど黒猫先生にはバレるだろうし……」
「心中、お察し致します。東国若手組、まこと迷惑な組織です。我が君に学校をサボらせるなぞ許せません」
「と言うか君もサボりになってるけど……大丈夫?」
「ええまあ、出席日数も単位も問題ありません。真面目に学生やってましたので」
「そっか。それは良かった」
まあ元々紅覇は真面目な性格をしているので一日ぐらい休んでも支障はないだろうと思っていた。
だが、万が一もある。
万が一出席日数が足りず今日サボることで留年なんてことになってしまったら……。
(流石の俺も罪悪感で胸がいっぱいになるわ)
存外、威吹は気にしいだった。
「ところで紅覇」
「何でしょう?」
「三日ぐらい前からかな? どうも現世から来る人間が増えてるような気がするんだけど俺の勘違い?」
「いえ、気のせいではありませんよ」
「やっぱり」
ただの政府のお役人とかならば、別段気にも留めていなかっただろう。
しかし、威吹が気になった者らは皆、血の臭いを漂わせていたのだ。
実力はピンキリだが、誰も彼もが戦う者であるのは間違いない。
「上手く誤魔化してるようだけど、何か鼻に引っ掛かるんだよね。
最初は……ゴールデンウィークの一件で俺に刺客でも放たれたのかなと思ったんだけど」
彼らは皆、自分のことなど眼中にないように見えた。
別の何か、誰かを必死で探しているっぽいのだ。
もしや亮がこちらに逃れることが出来たのか? とも思ったが、それにしては戦力が過剰だ。
それに亮が絡んでいるのだとしたら、自分にも何かしらアクションがあって然るべきだろう。
首を傾げる威吹に紅覇は言う。
「御安心を。我が君とは一切無関係ですから」
「おや、知ってるの?」
「ええ、万が一があってはいけませんからね。私費で調べました」
「ほう……教えてくれる?」
少し、歩く速度を落としながらそう言うと紅覇は大きく頷いてくれた。
「我が君が望まれるのでしたら――と言っても、そう大したことではないんですけどね。
どうにも十日ほど前に“罪過の弾丸”の連中が現世の大物を始末したそうで。
ただ、そ奴は政府にも強い影響力を持つような者だったらしく公民問わずこちらに人が派遣されたようですね」
なるほど、そういう事情か。
頷きながら威吹は思った。
「すいません、罪過の弾丸って何?」
いきなり知らない用語を出されても困る。
「え……ああ、申し訳ありません。罪過の弾丸とはこちらの世界を根城にする宗教団体です」
「宗教団体……」
宗教と聞き、つい身構えてしまう。
それはきっと威吹が宗教色の薄い日本人だからだろう。
「“多数の正義より、たった一人の正しき憎悪を”。
それを唯一の教義とする復讐教団。正確な規模は不明ですが構成員は百にも満たないようです。
しかし、数こそ少ないですが実力は誰も彼も折り紙つき。なので現世は多数の人間を送り込んできたのでしょう」
「へえ」
多数の正義より、たった一人の正しき憎悪を――その教義だけで本質は十分見えた。
多数の正義は多数の利益でもある。
だから誰に言われずとも、その下に集うし守ろうとする。
だが、多数の正義に犠牲はつきものだ。
皆のために切り捨てられる少数を消すことは出来ない。
そして、彼らに味方するような物好きはそうそう居やしない。
だから、寄り添おうと言うのだろう。切り捨てられた少数に。
「となると、殺された大物ってのは」
「ええ、かなりの屑だったようで。それこそゴールデンウィークに我が君の御友人が食い殺した連中と同じぐらい」
「それはそれは」
腰に差している常夜が強く鳴いている。
切り捨てられた少数の憎悪と悲哀が結晶になった一振りとして、思うところがあったのだろう。
「しかし、そんな組織があったんだねえ」
宗教団体だそうだが、利益は度外視していると見て間違いない。
復讐を願った者が正しき憎悪を持つ者であったのなら、それで十分なのだろう。
何ともまあ、損でイカレタ人間の集まりだと思う。
だが、嫌いではない。むしろ好きだ。
「こっちでは結構有名なんですが……ああそうだ。罪過の弾丸絡みで面白い与太話がありましたね」
「何々? 聞かせてよ」
「幻想世界で大戦争が起き、その結果として表裏の世界が滅びかけた。それが一般常識です」
「うん、そうだね」
「しかし、順序が逆なのではないかと言う説があるのです」
「逆……ってことは」
裏が発端となり表にも影響が出たのではなく、表が発端で裏に影響が出て世界が終わりかけた。
つまりはそういうことか?
威吹がそう言うと、紅覇はその通りですと頷いた。
「でも、大戦争以前だろ? となると表の歴史では……令和か平成?
でも俺が知る限りでは、そのあたりで世界規模の変事なんてあったかな」
世界史に詳しいわけではない、むしろちょっと不安があるくらいだ。
しかし裏の世界に影響を与えるような事件があれば常識のレベルで広く知られているはずだ。
だが、威吹にはとんと心当たりがなかった。
「表沙汰になるような事件ではありませんからね」
「ってことはぁ……ややこしい表現だけど表の社会の裏で何かが起きたってこと?」
「ええ。平成末期、ある男が居ました。その者の名はヘレル」
ヘレル――やはり聞き覚えはない。
表の歴史に載っていないその者は一体、何をしたと言うのか。
「ヘレルは人類の恒久的な繁栄と平和を掲げ活動をしていたと言います」
「それはまた……」
良い言い方をすれば気宇壮大な目標、言葉を飾らずに言うなら誇大妄想だ。
そんなの、不可能に決まってる。
威吹が素直な感想を口にすると、
「ところがそうでもないらしいのです。
具体的な方法は不明ですがヘレルは終わらぬ黄金の時代の実現まで後一歩のところまで迫ったとか」
「おいおいおい」
そいつは本当に人間か?
実現不可能であろう事象に王手をかけるなど普通ではない。
いや、後の歴史を見れば失敗したのは明白なのだが……。
「それに待ったをかけた者が居たのです。
寸前で何もかもを台無しにした者が居たのです。
その者の名は美堂螢。罪過の弾丸が結成される切っ掛けとなった十七歳の少年です」
「…………復讐か?」
罪過の弾丸の教義。
そこから推察するに美堂螢なる少年は多数の正義に弾かれた正しき憎悪を持つ人間だったのだろう。
「はい。美堂螢は幼い頃、ヘレルによって家族を失っています。
ヘレルが目標達成のための実験を繰り返していた時期に起きた事故によって」
表沙汰には出来ない神秘が絡んでいたこともあって、表向きは別の事故ということになった。
しかし、ヘレルに悪意はなかったのだと言う。
「その証拠にヘレルは被害者遺族全員に対し手厚い賠償を行っていたそうで」
「賠償を行えば良いってものじゃないと思うけどね」
喪失の痛みは金で拭えるのか? 拭えるわけがない。
それに、残酷だ。
愛する人の死。その真実さえ知らぬまま生きていけと言うのだから。
悪意がなかったのだとしても、やり方は最低だ。
「ですね。実際、美堂螢は許さなかった。
偶然、裏の事情に巻き込まれ力に目覚めた彼は昔日の真実を知り、復讐の道を歩み始めました」
力に目覚めたと言っても、元は一般人。
更に言えば目覚めた力もそこまで強力なものではなかった。
しかし、その執念が翳ることはただの一度もなかった。
紅覇の説明を聞きながら威吹は思った。
美堂螢――かなり好きになれそうな人間だ、と。
「美堂螢が所属する組織は彼と同じようにヘレルによって奪われた者たちの寄り合いでした」
「へえ、仲間が居たんだ」
「ええ、ですがその仲間も最終的には役に立ちませんでした。
戦いを重ねていく中で彼らはヘレルの目的を知り自らの復讐心を揺らがせたのです」
まあ、無理もない。
人類の恒久的な繁栄と平和。
これが実現不可能な与太ならば切り捨てられもしよう。
しかし、本当に実現させてしまえる者が居るのなら。
そいつを私欲で殺すことは正しいのかと、普通なら迷ってしまう。
「しかし、美堂螢だけは揺らがなかった。
どんな大義があろうとも愛する人が理不尽に奪われた事実は覆りはしない。
無関係な第三者にしか通用しない理屈を当事者に持ち出すな。
自分の愛する者が理不尽に殺された事実を肯定しろと言う輩は皆、悉く敵であると逆に復讐心を強めたそうで」
素敵だ、と素直に思う。
そこまで誰かを愛せるのは素晴らしいことだ。
「そして彼は単身、最後の儀式に取り掛かるヘレルとその仲間たちの下に特攻を仕掛けました。
覆しようのない圧倒的な実力差。しかし、彼はありとあらゆる手段でヘレルの下まで辿り着き……」
「本懐を果たしたと?」
「ええ。まあ、具体的にどうやったのかについては私も知りませんが復讐が成ったのは事実なようで」
人の執念の成せる業。
見事と言う他ないだろう。
「ただ、美堂螢自身も復讐を果たした直後にヘレルの部下に殺されてしまったようですが」
「最後の最後でトチったなあ……でもまあ、凄いよ」
「話を戻しましょう。ヘレルの死、それが大戦争への引き金になったのだと言う説があるのです」
「ふむ」
有史以来誰も成し得なかった人類の恒久的な繁栄と平和。
それに王手をかけた存在。
確かに、その重さは尋常ではないだろう。
その死が幻想世界に影響を与えた可能性もあり得なくはない。
「ただまあ、たった一人の人間の死があれほどの戦争に繋がるのか?
と大概の者は懐疑的ですがね。私自身、ヘレルが幾ら凄まじかろうとそこまでの影響はないと思ってますし」
「……一人、じゃないよね?」
「はい?」
ヘレルの死にだけ着目するのはおかしいだろう。
「美堂螢だって死んでるじゃないか」
ヘレルと比べれば殆ど只人同然の力しか持たなかった人間。
しかし、そんな彼がヘレルを殺したのだ。
それは途方もない偉業であり、ある意味でヘレルよりも凄まじい存在だ。
ヘレルが誰も成し得なかった奇跡を成そうとした神の如き者ならば、
それを阻んだ美堂螢は魔王と呼んでも過言ではないだろう。
そんな二人が現実世界から喪われことで、幻想世界に影響を及ぼしたのではなかろうか。
「いやまあ、一人増えたところで与太話の域は出ないかもだけどさ」
「そうですね。しかし、面白い考え方ではあるかと」
「そりゃどうも。それより、ひょっとして罪過の弾丸って……」
「お察しの通り、美堂螢のかつての仲間たちが結成したのですよ」
「やっぱり」
恐らく、美堂螢は仲間のことなんかどうでも良かったのだろう。
復讐心を揺らがせた時点で、同士足り得ないと。
何の感慨もなく放り捨てて、独りで決戦に向かったのではなかろうか。
そしてそれは残された仲間たちにも伝わっていた。
伝わっていたけど何も出来ぬまま事が終わってしまった。
その後で罪滅ぼし、或いは美堂螢が正しかったと思ったから。
彼の想いを消さぬために罪過の弾丸を結成したのかもしれない。
「っと、そろそろ待ち合わせ場所じゃん。紅覇、中々に面白い話だったよ」
「それは何よりで御座います」
待ち合わせ場所であるハチ公前に着くと、既に蒼覇らは準備万端と言った様子だった。
三人とも、良い顔をしている。
昨夜の自己嫌悪は各々、上手いこと脱したらしい。
「お待たせしてしまったようで」
「ううん。私らも今さっき来たとこばっかだし……それより、あの……その子……」
マキの視線は脇に居るロックに固定されていた。
ほんのり顔が赤いのは……まあ、言わぬが花か。
「コイツは俺の一番の子分であるロックです。ほら、挨拶」
「クワーッ!!」
「はうぁ!?」
ロックが大きく右羽根を上げると、マキが胸を抑えて仰け反った。
「その子も連れて行くんですかァ? いえ、あなたの傍に居るのなら危なくはないのかもしれませんがァ……」
「大丈夫ですよ。な、ロック?」
威吹が軽く頭を撫でると、ロックは飾り羽を逆立たせながら妖気を解放した。
「クワックワックワァアアアアアアアアアア!!!」
シュッ! シュッ! とシャドーボクシングをするロック。
その動きは常人の――いや、何なら紅覇たちにも捉えられないほど速く鋭い。
「ひ、ひょっとして……」
「この場では俺の次ぐらいに強いですよ、コイツ」
最初はそうでもなかったのだが、気付けばこうなっていた。
「母さんが言うには抱き枕として毎晩一緒に寝てたから、俺の影響が強く及んだんじゃないかって」
「クワァ!!」
でも未だに人語は話せない。
まあ、何となくニュアンスは伝わるので問題はないのだが。
「「「……」」」
ペンギン以下。
その事実が三人を打ちのめしていることに、威吹は気付いていない。




