ナインテイル③
そういや容姿について言及してなかったので大雑把に。
一葉 茶髪のシャギーショートでちょっとギャルっぽい。胸は普通。
二葉 黒髪サイドポニーでちょっとキツメの顔立ち。胸は小さめ。
三葉 黒髪ロングのパッツンで柔和な顔立ち。胸は大きい。
呆れたような様子の無音から十分ほどレクチャーを受けた威吹は小さく頷き、言った。
「大体分かった」
歌詞と音程、ダンスの振り付けも完全に記憶した。
後は与えられた材料をどう調理するかだけ。
それに関しては自分の中にレシピがあるので問題はない。
「後は……衣装か」
服装を白と水色を基調としたフリルのついた衣装に変える。
露出度は控えめで、清楚な印象を受けるよう調整。
これは受けを狙ってとかではなく完全に威吹自身の好みだ。
「……二葉ぁ、狐ってずるくない?」
「一緒にしないで。一般妖狐はあんな精度でポンポン化けられないから」
その他、不備がないかを念入りにチェックし――準備完了。
「始める前に幾つか確認しておこうか。皆が一番グッと来るタイプを教えてくれるかな? まずは無音!」
「え、僕? んー、何はなくても背が欲しいよね。あと、胸とお尻も。それでいて腹筋は割れてて欲しい」
「OK。存外、真っ当に性欲があるようで何よりだ」
無音の語った好みは今使っている詩乃の容姿とは正反対だ。
この場における自分を除く唯一の男の好みが遠く離れているのは都合が良い。
「じゃあ次、佐藤さん」
「え!? いや……まあ……その……あ、麻宮くんみたいな……?」
チラチラ、ボソボソ。
無音も聞こえているのだろうが、敢えて聞こえない振りをしている。
まあ、他人の色恋なぞどうでも良いのだ。
知りたいのはあくまで好みのタイプだけだから。
「田中さんは?」
「酒呑童子様みたいなタイプかなあ。容姿はドストライクだわ」
「紹介しようか?」
「止めて! 私が好きなのは見た目だけだから!!」
中々に酷いことを言うものである。
「じゃあ最後、鈴木さん」
「何はなくても六十歳以下はあり得ないです」
パンチの効いた条件を臆面もなくぶっ込む三葉に威吹は思わず感心してしまう。
お淑やかなタイプに見えたが、見た目通りではないらしい。
「あと筋肉ですよね筋肉。分厚い筋肉なしに殿方は語れないでしょう。
髪型はあ、中央は禿げてるけど両サイドはフサフサで重力に逆らって天を突く感じが良いです。
中身は当然、その外見に見合うギラギラ系で。素で世界征服とか言えちゃう男の人ってカッコ良くないですか?」
「「「「お、おう」」」」
興奮気味に自らの好みを語る三葉に四人は軽く引いていた。
威吹は戸惑いつつも、軽く咳払いをして三葉のトークを打ち切る。
このまま続けさせると一時間や二時間程度では終わりそうにないから当然の判断である。
「各々、言葉にしたことで改めて自分の好みを再確認出来たと思う。
誰一人として、この姿が特別好きだというわけではない。良いね、遣り甲斐があるってもんだ。
俺のパフォーマンス中も絶えず自らの一番を心に描き続けてくれ」
そして、
「――――それが塗り換わる瞬間を体感して欲しい」
蠱惑的な笑みを浮かべ、そう告げた威吹に人間の女子二人がう、と呻く。
その頬はほんのり赤らんでいるが特別、術などを使ったわけではない。
間の取り方と、使う笑顔の種類に気を遣っただけ。
こんなものはジャブですらない。
「それじゃ、始めようか」
すっ、と威吹が小さく息を吸い込んだ瞬間から空気が変わった。
場の空気の支配・制御、オカルトに頼らずともこれぐらいは朝飯前だ。
「~♪」
顔は少し上を向き瞳は閉じて、両手は後ろに回し指を絡め、
少し胸を突き出すようにして威吹は鼻歌で前奏を奏で始めた。
誰にでもあるだろう。
空が蒼いだとか、風が気持ち良いだとか、そう大した理由でもないのに気分が良くなる日が。
そんな日の自然に緩んでしまう表情を意識するのが肝要だ。
(掴みはこれで良い、いやこれが良い)
よっぽどの捻くれ者か。
或いは陰鬱とした気分の者でもない限りは“釣られ”てしまう。
見目麗しい少女の素朴な喜びに釣られ、気分が高揚する土壌を作れる。
(一、二、三――――!)
十数秒の前奏を終え、歌い始める。
美しい声、しかし絶世の歌唱力とは言えない。
軽やかで瑞々しい踊り、しかし頂上を極めるほどのものではない。
だがそれが何だ? アイドルの――否、女の武器が歌と踊りだけだとでも?
「「「「!」」」」
例えば視線の配り方。
誰か一人を見るのではない。全員を見る。
しかし、それをあちらに悟らせてはいけない。
全員が今、自分を見たと思い込ませねばならない。
「大丈夫――言葉通りに受け止めないで? 私、全然大丈夫じゃない」
例えばスカートの翻し方。
下品にならないように気をつける? ノンノン、それじゃ三流。
大事なのは使い分け。今自分が作っている流れの中でどちらが必要なのかを見極めて。
愛らしく清楚に。卑しく淫らに。
片翼だけでは飛べないだろう? それと同じだ。
「寂しいよ、苦しいよ」
例えば表情の見せ方。
笑顔泣き顔怒り顔。表情の取捨選択もそうだが、どう見せるかも大切だ。
どんな表情であっても、より強烈に印象に残る角度やタイミングというものがある。
ただの笑顔を作るのが上手なだけでは、とてもとても。
「ギュっとして?」
例えば掻き立てる感情の種類。
恋情、愛情、美しいものだけでは意味がない。
綺麗なものだけで形作られている存在など、どこにも居ないのだから。
ドス黒い欲望ですらも掻き立て、舌で転がしてみせろ。
「何もかも忘れちゃうぐらい、強く、強く」
押して押して、それだけでは芸がない。
駆け引きの重要性など今更語るまでもないだろうが、敢えて言おう。
心に深く踏み入り、熱烈なラブコール――それだけじゃいけない。
これでもかと近付いたところで、敢えて退く。
「「「「あ……」」」」
そうすればもっともっと夢中になってくれる。
クスリと悪戯な笑顔を一つ。
計算がバレないようにする? そんな必要はない。
その計算高さですらも見せつけ、武器に変えてみせろ。
「ふぅ――――それで、どうかな?」
四分三十四秒。
歌い終え、踊り終えた威吹がニコリと微笑む。
「私のこと、好き?」
小首を傾げながら放たれた問いに四人は……。
「「「「す、好き……です……」」」」
頬を上気させ、夢現と言った表情の彼らを見れば結果は明白だろう。
四人の心が描いていた“一番”は威吹のものとなった。
「ンフフフ……それは何より」
が、それはそれとして何時までもボーっとしていられたら話にならない。
威吹がアイコンタクトを送るとロックは心得たとばかりに頷き、四人の頭をシバキ倒した。
「正気に戻ったかい?」
詩乃の演技を辞め素の口調に戻し皆に語りかけると、
「お、お陰様で……それより狗藤さん……今の……術とかは……」
「使ってないよ? 母さんの姿に化けた以外ではなーんもしてない」
一葉は信じられないと言った顔をしているが事実だ。
というか、そもそも嘘を吐く理由がない。
「これで理解してもらえたかな? 俺の話したことが本当だって」
詩乃ならば、九尾の狐ならば大観衆全ての一番を自分にしてみせる。
これはそれを証明するためのものだ。
「こ、こうまでされたら……駄目です、まだドキドキが止まりません……」
「それは重畳。俺も頑張った甲斐があるってもんだ」
カラカラと笑い、地面に変化の術をかけ椅子を作りそれに腰掛ける。
皆のお陰で倦怠感も薄れてきたが、あくまで多少だ。
未だやる気が出ないことには変わりない。
「さて無音。プロとして俺の歌や踊りはどうだった?」
「そう……だね。うん、率直に言ってまだまだ甘いかな。
いやまあ、最低限アイドルという職をやれる程度の技術はあったけどね。
それでもまだまだ未熟――伸び代があったと思う」
流石にプロは厳しい。
しかし、それでこそだ。その厳しさが説得力を持たせてくれる。
「でも……何でだろう……その未熟さすらも……」
「魅力的だって? そりゃそうだ。拙さを武器にするように振舞ったもの」
ただ技術が高ければ万人の心を掴めるというわけではない。
技術はあっても、何かが足りないと思うようなことは幾らでもある。
無音もそれを理解しているのだろう。
だろうねと頷き、こう続けた。
「……あんまり言いたくはないけどさ。
歌手やダンサーって意味でならともかく、さっきまでの威吹は僕以上に正しく“偶像”だったよ」
「ハッハ! 国民的アイドルからお褒めの言葉を頂くとは嬉しいねえ」
良いお墨付きを貰ったと威吹は笑い、改めて三人を見つめ語りかける。
「佐藤さん、鈴木さん、田中さん」
「「「は、はい!!」」」
「まだ少しボーっとしてるようだから改めて言うけどさ。俺は何も母親自慢がしたかったわけじゃない」
あくまで詩乃が持つ技術の有用性をプレゼンするためにわざわざ一曲、演じてみせたのだ。
そして知ってもらえたはずだ。
女には幾つもの武器があることを。
それを総動員し正しく行使出来るのならば、
たかだか五分未満の時間であろうとも十二分にその心を掴めるのだということを。
「いやでも、私らそこまで器用じゃないって言うか……」
「一葉はね。私は腐っても女狐だし、勉強すれば……その全部は無理だけど……」
「と言うかそもそも女ですらない狗藤さんはどうしてここまで……」
「何か勘違いしてない? 俺は別に完璧にやれとは言ってないよ?」
そもそも威吹とて大観衆相手に同じことは出来ないのだ。
なのに三人にはそれをやれなどと無茶振りが過ぎるだろう。
「どんな武器があるのかを知る。そしてこれなら自分でも使えそうだというものを見つける」
それだけでも十分タメになる。
プロならともかく、今はまだ素人なのだ。背伸びをしても意味がない。
「それに、君らはソロじゃなくてグループでしょ? 全員が万能である必要はないだろ」
アイドルなのだ。勿論、個人の人気も大切だろう。
しかし一番重要なのはグループとしての人気だ。
個人の人気なんてものはまずはそこを固めてからだ。
「天然系、セクシー系、サバサバ系――ようは“キャラ付け”だ。
それぞれに合った技術を身に着け、それぞれの方面に訴えかける」
そうすることで万遍なくファンを得るのがアイドルグループというものなのでは?
威吹の言葉に無音がうんうんと何度も頷いている。
「僕はソロだったからね。
一方向に特化しない八方美人タイプだったけどグループなら威吹の言う通りだ。
全員がそれなりの男前で歌と踊りもそこまで差がない。個性の主張は必須だよ。
僕の後輩もキャラが薄い、どうすれば良いのかなって何時もよく悩んでたものさ。
ただ、そこに拘泥し過ぎると迷走しかねないんだよね」
だからアイドルとしての正道――つまりは歌と踊りだ。
そこを疎かにせず常日頃から練磨するよう心がけねばいけない。
「な、なるほど……ちなみに私たちだと、どんなキャラ付けが良いかな?」
「んー、そこは僕より威吹に聞いた方が良いかな。嘘は彼の領分だし」
無音の言葉を受け、三人がじっと威吹を見つめる。
多少は恐怖感が薄れたのかな? と威吹は少し嬉しくなった。
「やってて楽しいキャラを見つけるべきだと思うよ」
「え、ニーズに合わせてとかじゃないんですか?」
「良いんだよ。よっぽど奇矯なキャラでもない限り、セールスポイントはあるものだからね」
やってて楽しい、これはかなり重要なことだ。
「君らはもう、最初の時点で嘘を吐かなきゃいけないんだ。
アイドルになりたい動機……正直には言えないでしょ?」
「「「それは……まあ、はい」」」
浅ましい欲丸出しの動機。偶像になりたいのならば実にナンセンスだ。
敢えてそこを押し出し強烈なキャラに変えるという手もあるが、リスクが高過ぎる。
「嘘がバレないよう、美しく見えるよう、嘘で塗り固めなきゃいけない。
でも肌に合わない嘘は駄目だ。歪で、逆に不細工に見えちゃうからね。
だから楽しい――苦にならないような嘘を纏うべきだと思う」
そしてそれを見つけられるのは自分だけだ。
推察出来ないこともないが、やはり自分で探すのが一番だろう。
「やってて楽しいキャラかあ」
「苦にならない嘘……勉強になるわ」
「あ、あの狗藤さん。狗藤さんさえよろしければもっと色々教えてくれませんか?」
「勿論。俺も何か楽しくなってきたからね」
その言葉に嘘はなく威吹は日が暮れるまで彼女らに付き合い、
別れ際も暇な時はちょいちょい顔を出すからと約束するぐらいだった。
「楽しかったなあロック」
「クワッ!!」
「だな。オーディションまであんま時間はないみたいだが、受かって欲しいもんだよ」
ロックと連れ立ち家路についた威吹の顔には出がけとは違い、やる気が滲んでいた。
俗な欲望でアイドルを目指す三人が良い活力になったらしい。
「ただいまー! 母さん、今日の晩御飯何ー?」
「おかえりなさい。今日は天麩羅だよ」
「マジか。かき揚げは? かき揚げはある?」
「勿論、威吹かき揚げ好きだもんね」
笑顔で威吹を迎えた詩乃だが、ふっと笑みを消し首を傾げる。
「ところで何で私に化けてるの?」
「あ、忘れてた」
元気が出たと言ってもまだ、本調子ではないようだ。
追記
誤字報告で伊吹を紅覇にしてくれている方居ますが
伊吹は紅覇の苗字です、初登場時に名乗ってます




