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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン


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ナインテイル②

 レッスンに協力? コイツは一体何を言っているのかと首を傾げる。

 プロとして活躍していた無音は素人にレッスンをつけるぐらいなら出来るだろう。

 しかし、自分は純然たる素人。アイドルとは無縁の普通の人生を歩んで来た。

 役に立てそうなことはないと威吹が言うと、無音はフルフルと首を横に振った。


「確かに僕は元アイドルだし、歌と踊りと簡単な振る舞いぐらいなら教えてあげられるよ。

でもさ、一口にアイドルと言っても男性アイドルと女性アイドルでは求められるものが違うんだ」


「それはまあ……そうだろうな」


 ファン層が違うのだから当然だろう。

 いや、男性アイドルにも男性ファンは居るし逆も然りだ。

 しかし男性アイドルには女性ファン、女性アイドルには男性ファン、それが多数派だろう。

 無音は女性ファンが男性アイドルに求めるものは教えてあげられるだろうが逆は中々難しい。

 言いたいことは分かるが……。


「威吹ならさ、男心を掴む技術とか教えてあげられるんじゃないかな?」

「えぇ……」

「ほら、前に百鬼夜行に参加した時も極自然に女性として振舞ってたし」


 百鬼夜行の時は姐さん! みたいなキャラ付けだったけど、

 やろうと思えば男を惑わす魔性の女にもなれるのでは?

 無音の言葉を受け、ようやく言わんとすることが分かった。

 確かにそういう形でなら協力出来なくもない。


「それにほら、威吹のお母さんって妖怪の中で頂上毒婦(トップアイドル)とも呼べる存在でしょ?」

「いやまあ……確かに三国を股にかけた傾国(ツアー)で伝説残してるけど……」

「そんな人の一番近くに居るわけだからさ、その凄さもよく分かると思うんだ」


 九尾の狐が持つ男を誑かす技術。

 その一端でも良いから教授してあげられないかと無音は頭を下げる。


「いやあの、麻宮くん? 二葉はともかく私と三葉は妖術とか使えないんだけど」

「佐藤さん、それは違うよ。九尾の狐の本領は術なんかじゃない。そうでしょ?」

「まあね」


 魅了や幻惑の妖術は決して詩乃の本領ではない。

 術を使う時はあるが、それをメインに置いたことは一度もないだろう。

 あくまで手札の一つ。

 その本質は洞察力と分析力とその二つに起因する立ち振る舞いだ。

 視線一つで男を落とすことだって朝飯前――でなければ傾国の女などと呼ばれるものか。


「……うん。それなら少しばかり、うちの専業毒婦(せんぎょうしゅふ)についての話をしようか」


 髪の毛を数本抜き、宙に放り椅子に変化させる。

 威吹は座れと視線で促し、四人と一匹が着席したのを確認し語り始める。


「まずは……そうだな。対異性という観点から見た妖狐の特性について語ろうか」

「うわ、すっごい授業っぽい切り出し方」

「麻宮くん、私語は慎みなさい。死後の世界に行きたくはないだろう?」


 私語と死後をかけた激ウマギャグ(自己申告)である。


「話を戻そう。妖狐が得手とする変化の術。これって異性関係でアドバンテージになると思う?」

「そりゃなるでしょ」

「佐藤さん。即答だね。理由を聞いても?」

「相手の好みのタイプに化けられるとかそれだけで反則だと思うんですけど」


 なるほど、言わんとすることは分かる。

 しかし一葉は見落としている。三葉もだ。

 分かっているのは同じ妖狐である二葉と人間形態で知能が上がっている無音だけらしい。


「でもさあ。それはあくまで第三者視点からの話だよね?

佐藤さん、もし自分が妖狐にアプローチかけられてると思って考えてよ。

とんでもなく自分好みの男から熱烈なラブコール。でもそいつは妖狐……どう思う?」


「あ」


 一葉と三葉も気付いたらしい。

 頷きつつ、威吹はさらに問いを重ねる。


「更に考えてみて欲しい。妖狐ほど好みの見た目ではないがそこそこ自分の好みに近い普通の男。

そいつがアプローチしてきたとして妖狐とどっちがポイント高いよ?」


「…………普通の人、ですかね」


 三葉が小さな声で答える。


「そういうこと。“ホントの姿じゃない”ってのは普通に無視出来ない要素なんだ。

特に妖狐だと分かってるならさ。頭の隅をチラつくんじゃない?

これも嘘の姿なんだろうな、だって自分に都合が良過ぎるからって感じでさ。

一緒に居る時間が長くなればなるほど、余計に考えちゃうと思うよ」


 言ってみれば妖狐は整形美人なのだ。天然物と比較した場合、どうしたって劣ってしまう。

 容姿が良いと言う、普通ならば大幅加点になる要素も妖狐だとそうではない。

 妖狐なら美男美女が最低ラインになってしまうのだ。


「だからまあ、アドバンテージとは言い難いよね」

「いやでも、妖狐だってバレなきゃ……」

「嘘をつき続ける労力を考えればプラスとは言い難いけどね」


 仮にバレずに上手くいったとしてもだ。

 四六時中、寝ている時だって完璧に化けていられるか?

 想いが冷めなければ何年、何十年と化けていなければならないのだぞ。

 威吹は現役妖狐の二葉を見る。


「いやー……無理。絶対無理。

人化の術ならまあ、大丈夫だけどずっと変化し続けるとかそれこそ玉藻御前様や狗藤くんぐらいしか」


  二葉は力なさげに首を横に振り、そう答えた。


「だよね。むしろ足を引っ張るマイナス要素と言えなくもない。対異性の関係を主眼に置いた場合は、だけどね」


 それ以外の点で語るならむしろ便利だろう。

 移動の足を作り出したり、椅子を生み出したりと日常生活を送る上ではかなり役立つ。


「ただ、母さん――九尾の狐はそうじゃない」


 変化の術の技量が隔絶しているからとかそういうことではない。


「化け狐だと正体を明かしても、相手の好みの姿に化けていると公言しても」


 それでも尚、九尾の狐の魔性は翳らない。

 かつて彼女に惹かれ堕落した男たちがそのことを証明している。

 蟇盆だの炮烙だのやらかすやべー女を愛し続けられるか?

 普通はどこかで醒めて恐怖を抱くだろう。

 だがそうはならなかった。

 それは何故か?


「言葉の選び方使い方、何気ない仕種……その振る舞いで減点を超える加点を叩き出し続けられるからだ」


 こっちに来るような人間で九尾の狐の所業を知らぬ者はそうそう居ないだろう。

 詳しくは知らずとも、ロクでもない阿婆擦れだという知識ぐらいは持っているはずだ。

 しかし、その前提すらもが意味を成さない。


「例えばそうだな……うん、これを見れば分かり易いかな?」


 パチン、と威吹が指を鳴らすと周囲の光景が一変する。


『はじめまして威吹、お母さんだよ。千年前からあらゆる意味で愛してる』


 それは威吹が初めて幻想世界に足を踏み入れた際の記憶だ。


『――――好きなんでしょ? こういう女の子が』


 今考えても酷いファーストコンタクトだと思う。

 初っ端の濃度ではないだろう。


『毒婦だの阿婆擦れだの傾国の女だの、余人は好きに言うけれど。

でも嗚呼、これだけは言える。私に惚れた殿方は無惨な終わりを迎えるその時まで。

いいえ、迎えても私に心奪われたことを後悔はしていない。

だって私ほど男にとって“都合の良い女”は過去現在未来、どこを見渡しても存在しないのだから』


 悪性全開。毒婦ゲージMAX。

 保育園児ですら一目で悪者認定を下すこと間違いなしの行動。


『妻のように寄り添い、恋人のように繋がり、祖母のように甘やかし、

母のように受け止め、姉のように包み込み、妹のように甘え娘のように慕う。

そんな都合の良い女をこそ殿方は求めている』


 この光景を見せられている四人にもその醜悪さは伝わっているだろう。

 威吹の見せる幻はそれほど真に迫っているから。


『何て情けないのかしら? 何て身勝手なのかしら? 何て――何て愛らしい欲望なのかしら』


 だが、誰一人として嫌悪の色はない。


『その欲望を満たしてあげられるのは私だけ。

かつて三国を股にかけて淫蕩の限りを尽くした私にだから出来るの。

私ほど君を愛してあげられる女はいないよ? 全身全霊で愛するわ、だから威吹も私を愛してね?』


 むしろその逆、魅入られている。

 同性であるクローバー姉妹(血縁関係なし)ですらポォっと顔を赤らめているぐらいだ。

 威吹は特に隠すこともせず、詩乃が名前の由来と目的を語るところまでを見せ幻を消し去った。


「――――控えめに言って最悪の女だろ?」

「「「「そうですね……」」」」


 事情を知らぬ者にも分かったはずだ。

 “しの”という誰かが威吹にとって特別なことが。

 そしてその特別な誰かの存在を詩乃が消し去ろうと目論んでいることが痛いほど伝わったはずだ。

 普通こんな女に好意を抱けるだろうか? 抱けないだろう。


「でも俺は未だに家族として仲良く一緒に暮らしてる。

何なら今も結構な頻度でドキドキさせられてる――異性的な意味でな。

あり得ないだろ? あんなことするような女相手にだぞ?」


 威吹の感性が狂っているから、ではない。

 いやまあ確かにおかしい部分もあるが、今回に限っては違う。


「何でだ? さっき言った通りだよ。減点を上回るレベルで加点を積み重ね続けてるからだ」


 声の出し方、視線の配り方、笑顔の作り方、話の運び方、首を傾げるなどの何気ない仕草。

 もっと言うなら呼吸の仕方でさえも。

 自身のありとあらゆる行動が計算づく。


「全てが嘘。天然物すら足元にも及ばない究極の整形美人――それが九尾の狐だ」


 二十四時間三百六十五日。

 いやさ、永遠にそれを続けられるのが詩乃という女なのだ。


「本気を出せば多分、俺なんて一日と経たずに陥落するだろうね」


 そうなっていないのは詩乃の悪癖か、最終的に自分を手に入れるために必要なことだからか。

 或いはその両方かもしれない。

 何にせよ女としては最上級――いやさ、一つの極点だろう。


「だってそうだろ? 何もかもが嘘だと分かってるんだぞ?

糞みてえな性根の持ち主だと理解しているんだぞ?

それでも惹かれてしまうって冷静に考えなくてもヤバ過ぎるだろ」


「「「「そうやって冷静に分析出来るあなたもヤバイと思います」」」」


 あの親にしてこの子あり、四人はそんな顔をしていた。


「俺のことは置いといてだ。流石に母さんほど徹底しろとは言わないよ。

でも、だ。母さんが持つ女としての魅力の幾つかは努力次第である程度身に着けられるものなんだよ」


 一分の隙もなく嘘で塗り固めろとは言わない。

 しかし、嘘という名の化粧の仕方を覚えれば女は俄然輝きを増す。


「あー、質問良いですか」

「はい鈴木さん、どうぞ」

「九尾の狐は狗藤さん個人を対象にしてるわけでしょう? 私たちアイドルは特定個人ってより……」

「鈴木さん、流石に九尾の狐を侮り過ぎだよ」


 愛情の向かう先が一人だから一人にのみ注ぎ込まれているだけだ。


「やろうと思えば大衆丸ごと誑かすことだって出来るよ。今俺が説明したようなやり方でね」


 むしろやれないと思う方がどうかしてる。


「例えば……そうだね。この姿」


 ボン、と威吹は詩乃の姿に化けて見せる。


「これは俺が一番好む容姿なんだよ。恋愛的な意味でも性的な対象って意味でも。

無音にも、佐藤さんや鈴木さんや田中さんにもあると思うんだ。自分が一番好ましいと思う見た目が」


「それはまあ……」

「そうですね」


 当然のことだ。

 好みのタイプが似通ることはあるだろう。

 しかし、完全には重ならない。その人にとっての一番は同時にオンリーワンでもあるのだから。


「この姿もさ。美少女ではあるよ。万人受けするタイプのね。

それでも、皆にとっての一番にはなり得ない。あくまでの俺の一番だ。

けど、仮に。仮にだよ? 母さんがこの姿でアイドルとして立つって言うなら――――」


 オカルトな力なんて何一つ使わずにやってのけるだろう。

 歌と踊りと視線や仕草だけで皆の一番を塗り替えて見せる。


「一曲終わる頃にはこの姿が見ている人たちにとっての一番になってるだろうね」

「「「いやいやいや、流石にそれは」」」


 女子三人はまさかと笑う。

 笑っていない無音の表情が真剣みを帯びているのは、彼が詩乃を知っているからだろう。


「じゃ、証明してみよっか」

「「「え」」」

「まあ、流石に俺だとね。千人や万人の観客の心を掴むことは出来ないだろうけど」


 この場に居る四人ぐらいならば、やってやれないことはない。

 その後もずっと、となると難しいが少しの間ならば四人の一番になれるはずだ。


「いやいやいや狗藤さん、私たち女ですよ? 性別違いますよ? ノーマルですよ?」


 二葉が言わんとすることも分かる。

 まかり間違っても女に心を奪われることはないと、そう言いたくなるのも分かる。


「だからじゃないか。そんな君らの心を奪えるのなら良い証明になるだろ?

母さんの凄さとかじゃなくて、母さんが持つ技術の有用性のさ」


 別に母親自慢がしたくて長々と語って聞かせたわけではない。

 あくまでその技術が有用であることを示すために威吹は詩乃について語ったのだ。


「でもさ威吹、君、歌とか踊りとか大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないよ」


 好きなバンドは居るが、男性バンドだしアイドルなどとはほど遠い。

 国民的アイドルと呼べるような者らは知っているが、それも名前と顔ぐらい。

 CMとかでよく流れている曲ならば何となく耳に覚えもあるがフルでは知らない。


「だから無音、教えてよ。歌番組とかで女性アイドルとも共演してたんでしょ? 何か一曲テキトーに頼むよ」


 一回、通して見せてもらうだけで十分だからと告げると……。


「…………ホント、才能と感性で殴ってくるよね」

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