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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン


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ナインテイル①

「あー……かったるい」

「クワー……」


 ロゼレムの悪戯から一週間、威吹は無気力な日常を送っていた。

 今日もそう。午前で学校が終わると自宅へ直帰し今に至るまでずーっとゴロゴロしている。


「ロックはー、フカフカだなあ」

「クワワ!」

「へえ、良いリンス使ってるからなんだ……ペンギンがリンスって贅沢だなオイ」


 ロゼレムに対する怒りはない。

 あるのは自分に対する失望と羞恥。

 感情のままに暴れるのは良い。化け物とはそういう存在だから。

 怒りだろうが快楽だろうが心の赴くままに好き勝手すれば良い。

 自己中――それが化け物というものだから。

 が、感情に振り回されるのは最悪だ。化け物としては片手落ちだろう。


(はぁ、記憶が消えてりゃ良かったのになあ)


 暴れていた間の記憶がなければ失望や羞恥で無気力状態になることもなかった。


(そもそも、たかだか記憶を掘り起こされたぐらいでああなるとは)


 宝箱に仕舞い込んだ宝石のように輝く大切な記憶。

 自分で開けてニマニマする分には良いが、他人に開かれるのは面白くない。

 それは分かる、分かるがあそこまで我を忘れるとは予想外だった。

 そう威吹は嘆息するが、あの一件は些か以上に複雑な事態だったのだから仕方のないことだ。

 ロゼレムが触れた部分は運悪く威吹の大妖怪としての根源に深く関わる記憶だった。

 それゆえ激した弾みで今の威吹に制御出来ない力が溢れ、それに引き摺られて心が暴走していたのだ。


「クワー?」

「うん、まだ駄目っすねえ。微塵もやる気出ませんわ」


 ロックを抱き締めたままぼんやり天井を仰ぐ。

 木目を数えてみようかと思ったが、三つ数えた時点でやる気がなくなった。


「あーあ、何もしたくねえ」


 自分でも分かってはいるのだ。

 友人にも心配をかけているし、このままではいけないと。

 友人だけでない。身内――いやもうハッキリ言うなら詩乃だ。詩乃がヤバイ。

 詩乃の過剰なスキンシップに対しても抵抗する気力さえ沸かない現状は不味い。

 そう頭では理解しているのだが、どうにも気力が沸かない。


「クワッ!」

「あー? 気力沸かなくてもとりあえず何か行動しろって? うーん、そうねえ」


 気力のないままでも良い。

 ダラダラとでも構わない。

 とりあえず何か行動を起こせば気分も変わる。

 ロックの熱い説得を受け威吹は……。


「――――じゃあ、散歩にでも行くかあ」

「クワ!? クワー!!」


 どっこらせと起き上がった威吹はロックを伴い階下へ向かう。

 そして詩乃に少し出て来ると告げ、のそのそと家を出た。


「どこ行くー?」

「クゥ……ワワ?」

「ああ、それ良いかもな。じゃあロック、頼むよ」

「クワ!!」


 ロックは道端に落ちていた枝を拾い上げ、それを地面に対し垂直になるよう立ててみせる。


「クワ?」

「良いよ」


 頷き、ロックが手を離すと枝がパタリと倒れる。

 方角は西――威吹はロックと共に西の方角へ向けて歩き始めた。


「ロック、最近どうよ?」

「クゥ? ワワワ!」

「ぼちぼちか。え? まだ時々バイトやってんだ。ほー、店長に頼まれてねえ」

「クックックワー?」

「五月末に体育祭あるけど準備は良いのかって? ……どうなんだろ?」


 現世の学校と同じなら体育祭が近付くと、授業もそれに合わせたものになるだろう。

 しかし威吹は単位を取得しているため体育の授業には出ておらず情報が一切ない。


「黒猫先生にも参加しろとか言われなかったし――――あれ? 俺体育祭もハブな感じ?」

「クワァ……」

「うん、まあ……そうね。周囲の平均に合わせられるけど舐めプになっちゃうし」


 体育祭は学校行事だ。

 全身全霊で事に臨むのが学生としての在るべき姿である。

 しかし威吹が全力を出すなら威吹VS他の全校生徒の形になったとしても余裕で勝ててしまう。

 それだけ隔絶した生徒を混ぜるのは反則だろう。

 かと言って平均に合わせて力を制限しても、全力を尽くしている他の生徒からすれば面白くない。


「黒猫先生が何も言わないのは暗に察しろってことなのかなあ」


 そんな話をしながら河川敷に差し掛かった威吹はふと足を止める。


「駄目駄目! 笑顔が硬い! それと腕が下がってる! 油断しちゃ駄目だよ!!」


 聞き覚えのある声に河川敷へ視線をやると無音(珍しく人間形態)と同級生っぽい少女三人を発見する。

 どういうわけか少女三人はダンスを踊っているらしい。


「クワ……?」

「いや、俺に聞かれても分からないよ。ちょっと行ってみるか」


 ロックを抱きかかえて跳躍。無音の傍に降り立った瞬間、少女三人は固まり――――


「「「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?!」」」

「ギャアて何だギャアて。失礼だぞ君ら」


 この反応で傷付くほど柔ではないが、悦んで受け入れるような変態でもない。

 とりあえずこの三人は話にならないなと無音を見ると、


「駄目駄目! ギャアとか色気も可愛げもない悲鳴は減点だよ!!」

「つーかお前は何してんだよ無音」

「え? 見ての通りアイドルになるためのレッスンだけど?」

「えぇ……」


 いや、ダンスを踊っているのと無音が指導染みたことをやっている時点で候補には挙がっていた。

 しかしいざアイドル志望の同級生というものと対面すると、どう認識して良いか分からない。


「どんな経緯でそうなったわけ? 自己紹介と一緒に説明してくれない?」


 三人に話しを振ると、


「……私ら同じクラスなのに認識されてない……」

「されてるのもそれはそれで怖いですけどね……」

「そうね……」


 びくびくおどおど、お決まりの反応だ。

 普段よりやる気がない威吹はうんざりとした様子を隠しもせず、するの? しないの? と三人に問う。

 すると三人は即座に綺麗な土下座をかまし、語り始めた。


「私は佐藤一葉。一枚の葉っぱと書いてひとはと読みます!」

「私は鈴木二葉。二枚の葉っぱと書いてふたばです!」

「私は田中三葉。三枚の葉っぱと書いてみつはです!」

「…………複雑なご家庭の姉妹かな?」

「「「や、そういうあれではないです。単なる偶然です」」」


 ないらしい。

 が、それならそれで逆に凄い。ちょっとしたミラクルである。


「そもそも私と三葉が現世出身で、二葉はこっち生まれの妖怪ですし」

「あぁ、確かに種族が違うな。鈴木さんは――妖狐か。へえ、奇遇だね。俺も妖狐なんだよ」

「し、知ってます……はい」


 まあ純粋な妖狐ではないのだが、妖狐も含まれているということで一つ。


「敬語は要らないよ。タメなんだし。

それで? そんな御三方は何があってアイドルを目指そうと?

ってか、こっちでアイドル目指すの厳しくない? こっちに住みながらだと往復キツイよ?」


 非正規の手段を使えば秒で世界の壁を越えられる。

 が、彼女らの実力的にそれは難しいだろう。


「威吹威吹、何か勘違いしてない?」

「あ?」

「三人は現世でアイドルデビュー目指してるわけじゃなくてこっちでアイドルになるつもりなんだよ」

「………………は?」


 こっちに来てまだ半年も経っていないが、こちらでアイドルなんて聞いたことがない。

 いや、別の意味での偶像(アイドル)は存在しているのだが。


「何かねえ、こっちの娯楽を充実させるために現世から文化をって委員会があるんだって。

年に数回会議を開いててさ。今回の会議でアイドルが選ばれたらしいんだよ」


「えぇ」


 流石に困惑する。

 何故、よりによってアイドルなのか。

 娯楽の充実という題目ならば他に相応しいものは幾らでもあるだろうに。


「ま、まあ狗藤さんの言いたいことも分かるわ。私も一葉と三葉からアイドルの説明された時、困惑したもの」


 でも、これには事情があるのだと二葉は言う。

 事情? と聞き返すと、


「有力者のごり押し」


 凄まじくシンプル且つ骨太な答えが返ってきた。


「ちなみに有力者って?」

「塵塚怪王」


 塵塚怪王。

 打ち捨てられた器物たちの王にして大妖怪に名を連ねる者の一人だ。

 しかし、何故塵塚怪王がアイドルを猛プッシュしたのか。

 威吹にはそれが分からない。


「何か現世でバカンスしてる時にハマったとかで」

「爺、馬鹿じゃねえの?」

「……一応、狗藤さんの縁者である僧正坊様や玉藻御前様も委員会のメンバーなんだけど……」

「アイツらそんな仕事してたんだ」

「玉藻御前様は忙しいから欠席」

「まあ、うん」


 自分の世話をしていたからだろう。

 威吹としても自覚はあるが申し訳ないとは思わない。あっちもあっちで欲望をぶつけて来ているのだから相子だ。


「僧正坊様はええやんそれ、と後押し。一応現世のお役人さんとかが他にも色々あるってプレゼンしたけど……ね?」

「ごり押し通っちゃったか」


 大妖怪が人間の言うことを素直に聞くはずがないので当然である。

 塵塚怪王はハナから自分の欲望を押し通すことしか頭になかったのだろう。

 それに振り回される関係者の方々はお気の毒だが……挫けず頑張って欲しい。


「でもまあ、私たち現世の人間にとってはそう悪いことでもないんだけどね」


 一葉がポツリと呟く。


「どういうこと?」

「アイドルだからテレビも必要だろうって、本格的に開発が始まったのよ」

「え? いやでも確かテレビって……」


 幻想世界の科学水準は1920年代半ばまでのそれだ。

 神秘が切り分けられて生まれた世界ゆえか、一定水準の科学技術はこちらでは成立しない仕組みになっている。

 誰かがそうしたわけではない。そういう法則が世界の根幹に刻み付けられているのだ。


 その上でテレビについて考えてみよう。

 一応、この頃にはテレビ自体は開発されていたのだがあくまで試験段階。

 見分けられる程度の人間の顔を送受信するぐらいだった。


「大丈夫なの?」


「こっちで成立しない技術はオカルトで補うんだって。

実際、よその国では開発に成功してるとこもあるらしいし不可能ってわけではないみたい」


「ほー……」


 じゃあそれを輸入すれば良いじゃん、と思うかもしれないがそこはそれ。

 その文化圏独自のオカルトを用いていたら専門の人間や化け物が必要になる。

 安定した供給を考えるのならば自国で一から開発するのが一番なのだ。


「日本政府も以前からテレビの開発と普及のために必要な人材には声かけてたらしいんだけど……」

「ああうん。興味ねえ、何で言うこと聞かなきゃなんねえんだとかで梨の礫だったんだろ?」


 人間にしろ化け物にしろ、好き好んでこっちに居る奴ならば間違いなく我が強い。

 素直に言うことを聞いてくれる者は少ないはずだ。


「うん。でも塵塚怪王は既に手を打ってたみたいで必要な人材はもう揃ってるんだって」

「説得(恐喝)ですね、分かります」


 中には骨のある者も居て、協力を断ったりもしたかもしれない。

 が、大概は大妖怪に脅し付けられれば逆らえまい。

 力が物を言う世界――諸行無常を感じる。


「後はアイドルを用意するだけ。でも現世から連れて来るのは……ねえ?」

「それは流石にね」

「だからこっちでアイドルを募ろうってことになって大々的に募集をかけたのよ」

「全然知らんかった……ロックは知ってた?」

「クワ!!」


 知ってたらしい。勤務先でも結構話題になっているそうだ。

 ペンギンより世情に疎いのはどうかと思い、少し反省する威吹であった。


「まあ事情は分かったよ。三人はそのオーディションに応募したんだね」


 リーダー格の一葉が大きく頷き、グループ名を教えてくれる。

 その名は闇色クローバー(仮)。

 正式な名前ではないが、何はなくともクローバーは入れたいらしい。

 ちなみに一葉は超能力者、二葉は妖狐、三葉は陰陽師でキャラ被りはしていないとのこと。


「とりあえず四葉って女の子を見かけたら教えてくれるとありがたいです、はい」


 第四の女は必須だろう、クローバー的に考えて。

 威吹はテキトーに返事をしつつ、一葉と三葉に気になっていたことを問う。


「多分、鈴木さんは二人に誘われてだと思うんだけど二人は何でオーディション受けようと思ったの?」


 アイドルのことすら知らなかった様子の二葉だ。

 巻き込んだのは現世組の二人だろう。


「元々アイドル志望だったとか?」

「いえ、違います。私も一葉も特に将来の展望とかなかったので」

「何となく中学卒業して何となく高校行って何となく大学行って、さあどうしよう程度の将来設計だったもんね」


 意識が低い、とは口が裂けても言えない。

 何せ威吹も二人と似たようなものだったのだから。


「じゃあ何で……」

「や、手っ取り早くお金稼げて社会的地位も得られるかなー……って」

「ですです。現世ならともかく、こっちではアイドルという文化は始まってすらいない」


 黎明期にアイドルになったのなら、それだけでブランドになる。

 技術的に未熟でも黎明期ならば許される。

 加えて友人に現役のトップアイドルが居るので協力を得られれば大きなアドバンテージにもなる。

 そう力説する一葉と三葉の曇りなき瞳を見て威吹は感心した。


「すげえ俗物」

「「う゛」」

「あ、いや褒め言葉ね? 清々しさを感じるぐらいの浅ましさ、良いと思うよ」


 皮肉でも何でもない。

 威吹は純粋に二人の動機を良いものだと思っている。


「これは私見なんだけどさ。

俺は夢を抱いてアイドルになるより、二人みたいな動機の方がアイドルに向いてると思うんだよね」


 純粋な夢を抱きアイドルになる。

 それ自体は悪いことではないが……重いのだ、夢というものは。

 純であればあるほど、躓いた時、夢の重さが立ち上がることを難しくさせる。

 対して不純な動機、アイドルそのものに重さを見出していないならそうでもない。

 嫌なら辞めれば良い、自然にそう思えるというのは中々に大切なことだ。


「ん?」


 視線を感じ横を向くと、無音が真剣な眼差しでこちらを見つめていた。

 どうしたのかと聞いてみると、


「ねえ威吹、威吹もレッスンに協力してくれない?」

「は?」

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