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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン
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百鬼夜行ガールズサイド➂

「でさあ、あーしとしてはやっぱ一度は現世に行きたいんだよねえ。

でも、生まれも育ちもこっちの妖怪だと手続きとか色々面倒臭くてさあ」


 千佳がぼやく。

 当然のように正規の手段で現世に向かうつもりなのが、少しおかしかった。


「金も、あたしらの場合はあっちから来た連中が払うのより多く取られるしな」

「それな」


 こうして談笑しているとよく分かる。

 種族の違いによる多少の感性のズレはあれども、

 彼女らは自分の知る年頃の少女らとそう変わりはない。


(人間の社会と交わることで、思想や思考が影響を受けたんだろうねえ)


 人と化け物の距離が近付くのは良いことなのか悪いことなのか。

 さて、どうなのだろう?

 威吹は軽く自問してみるが、答えは出なかった。


「お姉様とか無音くんはあっち出身なんだよねえ?」

「ん? ああ、そうだね。それがどうかしたのかい?」

「それならぁ、化粧品とか服とか仕入れてくれたりなんて……駄目かなぁ?」


 由香の上目遣いに絆された、というわけではないがそれぐらいならば構わない。

 問題は自分が女子のファッションなどに詳しくないこと。

 ちらりと無音を見ると、


「良いよ! 今度帰省する時にでも色々買ってきてあげる!!」


 流石にアイドルをやっていただけはある、迷いがない。

 金は自分が出して、選ぶのは無音にやらせれば問題はないだろうと威吹も追随する。


「「「やった!!」」」


 パァンと手を打ち鳴らす三人。

 喜んでくれて何よりだと威吹も頬を緩める。


「あ、そう言えばさあ」

「どうしたの麻宮くん?」

「これってチームなんだよね? チーム名とかリーダーさんのこと、まだ知らないなって」

「ああ……そういや聞いてなかったねえ」


 確か二つのチームが集まっているとは聞いていたが、それ以上のことは知らない。

 そこら辺どうなんだと美咲らに視線で問いかける。


「えっとね、私ら四人が所属するチームが“極楽蝶”。

で、合同で集会開いてるもう一つのチームが“地獄蟷螂”。

名前で分かると思うけど、総長はどっちも蟲の妖怪なの」


 分かり易いと言うべきか、自己主張が強いと言うべきか。


「それで二人はー……っと、居た居た。ほら、あそこ」


 美咲の視線を辿ると七輪を囲み帆立を焼いている二人の少女が居た。


「蝶の羽根をモチーフにした特攻服着てる子が……」

「うん、うちのヘッドである麻美さんだよ」

「だよねえ」


 あんな格好しておいて違うとか言われたら逆に戸惑う。


「となると……消去法であっちの茶髪が地獄蟷螂の?」

「そう、梨花さん」

「…………何か、地味だねえ」


 梨花は麻美と違いチューブトップにショートパンツという、いたって普通の格好だ。

 傍らに置いてある特攻服もチーム名が入っているぐらいで 種族としての自己主張の類は一切見えない。


「ちょ、地味とか言わない。誰が聞いてるか分からないんだし」

「はいはい、ごめんよ」


 言いつつ、じっと二人を観察する。

 なるほど、確かに言われてみればあの二人以外が総長というのは考えられない。


(他は大体下の下だが、あの二人だけ頭二つ三つ抜きん出てるしね)


 埠頭に集まった妖怪を強さで格付けするのなら、大体が下の下。

 下の上に引っ掛かりそうなのも十人ぐらい居るが、下の領域は出ていない。

 しかし、麻美と梨花はものが違う。間違いなく中の下程度の力はあるだろう。

 紅覇が大体中の上なので、二人揃えば勝てはせずとも良いところまでは行くのではなかろうか。


 が、それはそれとして一つ疑問がある。


「…………何で帆立焼いてんだい?」

「さあ? お腹空いたんじゃない?」


 一度気付いてしまうと、もう無視出来ない。

 熱せられた醤油とバターの香りが鼻を擽り、どうしようもなく腹が減る。


「み、見て葛葉! おにぎり! あの人たち、おにぎりも持参してるよ」

「焼きたての帆立とおにぎりとか……絶対美味いじゃないのさ……!」


 しかも、周囲にあるものを見るに……間違いない。

 あの二人は、普通のおにぎりだけでは飽き足らず焼きおにぎりも作る気だ。

 まさかこんな場所で飯テロを仕掛けられることになるとは……。

 威吹は一人、妙な敗北感に打ちひしがれていた。


「お姉様、お腹空いてんの? だったらあーしらも夜食持って来てるよ?」

「そうそう。明け方まで騒ぐから、腹減るしな」

「お菓子とかぁ、お酒とそのおつまみとかぁ、色々ありますよ?」


 三人が近くに置いてあった風呂敷の中から飲食物を取り出す。

 女の子なのに夜食は良――いや、問題はないか。

 妖気を無駄に燃やせばカロリーなんてあっという間に消費出来るのだし。


「ほらお姉様! 遠慮なく食べなって」

「……百鬼夜行に来て良かった……優しい子に会えて……」


 軽く目頭が熱くなる――が、貰いっぱなしというのも申し訳ない。

 威吹は尻尾の毛を無造作に毟り、空へと放った。

 空へと放った毛は一本一本が子狐へと変わり、あちこちへと散って行く。


「葛葉、何あれ?」

「食料やら何やらの調達に向かわせたのさ。しばらくしたら色々持ち帰って来てくれるだろうよ」

「お姉様、現世出身なのに滅茶苦茶力使いこなしてるな……」

「ちなみに無音くんは、どうなのぉ?」

「おれ? おれは犬にしかなれないよ! でも、楽しいからこれで十分だよ!!」


 夜の闇を吹き飛ばすような明るい間抜け面でそう言い切る無音。

 しかし、威吹は言いたい。

 犬にしかなれないのではなく、それ以上を求める気がないだけだろうと。


(コイツも、天職が妖怪だとOracleに言われたわけだしねえ)


 威吹や無音のような現世から来た人間兼化け物というのはそれなりに居る。

 威吹のクラスだけでも二人を除いて十人は居るだろう。

 が、彼らが皆、Oracleによって天職が妖怪だと太鼓判を押されたかと言うとそれは違う。

 天職は別にあるが、それなりに才能があり自然と力が目覚めてしまった。

 或いは本人の資質とは無関係な外的要因で力に目覚めてしまった。

 そんな理由で力の制御を学ぶためこちらへやって来たと言う者が殆どである。

 威吹や無音のようなOracleが切っ掛けでという方が稀なのだ。


 だからこそ、無音にはまだ先がある。

 何も考えずに日々楽しく生きられる現状に満足しているから下の下に甘んじているが、

 力を欲していたのならば今の段階でも中の下程度には至れていただろう。


(まあ、好きにやるのが化け――――……んん?)


 威吹の視線が東の空を向く。


「どうしたの葛葉? そのイカ食べないならおれが貰うよ?」

「やだよ……ってのともかくとしてだ。何かが近付いてる。それもかなりの数だねえ」


 少しして、他の連中も気付いたらしい。

 帆立を焼いていた総長二人も立ち上がり、東の空を睨み付けている。


「アイツら……しつこいにもほどがあるな」


 姿を現したのはこれまた如何にもな服装をした若い妖怪の群れ。

 ただ、こちらが女所帯なのに対し向こうは男オンリーのようだ。


「縫、知ってんのかい?」


「ちょっと前にうちと揉めた猩猩跋扈って別のチームさ。

揉めたつっても、あっちが勝手に突っかかって来ただけだがな。

女の癖に生意気だとか何とか難癖つけて……あーあ、楽しい百鬼夜行が台無しだよ」


 縫が吐き出した糸を拳に巻き付け、由香が爪を立て、千佳が鈍器のような骨を手にする。

 臨戦態勢に入ったのは彼女らだけではない。

 他の構成員らも各々、武装や構えを取っている。


「ふむ……妾も、ここは合わせようかね」


 部外者なので付き合う義理はないが、子狐が戻って来るまでの暇潰しにはなるだろう。

 威吹は咥えていた煙管を巨大化させ、ブンブンと振り回す。


「うーん、この安心感。あ、麻宮くんは怪我したら大変だし何もしなくて良いからね?」

「わかった!」


 そうこうしていると、状況が動き始める。


「よう! 負け犬ならぬ負け猿ゥ! またぞろ冴えない顔を引き連れて何の用だい!?」


 麻美の言葉を受け先頭に居る猿顔の男が不快感も露に顔を歪めた。

 服装ではなく、顔で自己主張して来るとは……どいつもこいつも自分の種族に誇りを持ち過ぎだ。


「何の用!? 決まってんだろ! 降伏勧告だ!!」

「意味わかんないんだけど? 頭も猿並になっちゃったの? マジ受ける」


 梨花がそうせせら笑うと、周囲の構成員もつられて笑い声を上げる。


「やだ、あの顔見てよ。顔がケツになってる」

「うっわ、存在そのものがセクハラじゃん」

「そのケツ穴全部塞いでから出直してこい、バーカ!!」


 真っ赤な顔と真っ赤な猿の尻をかけたのだろう。

 中々に上手い皮肉だと、威吹は思わず感心してしまった。


「糞生意気な雌どもが……! 良いか!? 一度しか言わねえからよく聞きやがれ!!

俺の傘下につけ! 絶対服従を誓え!! そしたら……悪いようにはしねえからよォ!!!」


「「失せろエテ公」」


 麻美と梨花が揃って吐き捨てた。

 威吹はこういうノリ、嫌いではない。


「っとに学習しねえ猿だよテメェは……良いよ、今度こそキッチリ圧し折ってやる」

「麻美、今回はアタシだよ。前ボコったんだから譲ってよ」


 話を聞くに、以前一対一の喧嘩で負けているらしい。

 そんな奴がまた仕掛けて来た。

 学習能力がないのか、或いは――何か秘策があるのか。


(後者、だろうねえ。やけに自信満々な顔してるし)


 猿男はフン、と鼻を鳴らしこう言った。


「聞き分けのねえ雌どもを躾るのも男の仕事だよなあ? 兄貴ィ! お願いしやす!!」


 他人任せかい!

 あまりの情けなさに威吹は一瞬、屋根から落ちかけた。


「――――ったく、情けないことを大声で言うんじゃないよ」


 ずるりと、背後の空間が歪みそいつは姿を現した。

 金髪碧眼で右耳に幾つもピアスをつけた、かなりの男前だ。

 だが、それよりも何よりも目を引いたのは……。


「角……天狗の翼……それに狐の尻尾……」


 誰かがそう呟く。

 額から伸びる反り返った一本角、背中から生える烏の翼、くすんだ黄色の尾っぽ。

 そう、金髪の少年は酷く目立つ特徴を三つ備えていた。


「……狗藤、威吹……?」

「そうさ! 俺らのバックにゃ威吹さんが居る! それでもやるのか!?」


 いやちげーよ、あんな垢抜けたイケメンに見覚えはありません。

 騙るなら騙るでもっと容姿を近づけてくれ。

 あんな男前にされると、オリジナルの立場がないではないか。

 威吹は人知れず、敗北感を覚えていた。


「…………ハン、相手が誰だろうが知ったこっちゃねえよ」

「名前にビビるような腰抜けなら、最初から突っ張るなって話だよね」


 名ではない、彼我の力の差を理解しているのだろう。

 偽威吹は麻美と梨花よりも強い。ほぼ間違いなく、二人で戦っても勝てる可能性は低い。

 それでも、総長二人は戦う姿勢を示した。


「ね、ねえ……」

「いざとなれば妾が動くよ、だから今は黙って見てな」


 小声で話しかけてきた美咲にそう返す。

 威吹は二人よりも正確に力量の差を見抜いていた。

 紅覇よりも少し強いであろう時点で勝ち目は見えないが、


(アイツからは死と血の臭いがする)


 間違いなく偽威吹は殺しの経験がある。

 それは大きなアドバンテージだ。

 二人ではまず勝ち目はあるまい。

 だが、力量差を理解していながらも矜持を胸に根性を見せたのだ。

 顔を立ててやるのが敬意というものだろう。


「やれやれ……しょうがないなあ。女の子をイジメるのは趣味じゃないんだけど」


 二人同時にかかっておいで、偽威吹は軽く手招きをしてみせた。


「スカしてんなよ七光りィ!!」

「そのニヤケ面、グッチャグチャにしてやる!!」


 二人は同時に地を蹴り飛び上がった。


 戦意は十分。

 殺しの経験はなくとも場数は踏んでいるようで我流ながら中々に洗練された動きだ。

 気心の知れた仲なのだろう、連携も上手い。


 ――――それでも現実は残酷だ。


 遊んでいるのか受けに回っていた偽威吹が攻勢に出た途端、秤はあっという間に傾いた。

 それでも二人は何とか喰らいつこうとしていたが、覆すことは能わず。

 五分も経った頃には、既に立つのがやっという有様にまで追い込まれていた。


「嘘……麻美さんらが手も足も出ないなんて……」

「ねえ、どうすんのよこれ……」


 周囲の意気は順調に挫かれていた。

 これを狙って偽威吹はダラダラとやっていたのだろう。

 猿男もご満悦のようで、これでもかと下品な顔をしている。


「力の差は歴然だと思うんだよね。

大人しく頭を下げてくれたら俺もこれ以上、君らをイジメなくて済むんだけど……どうかな?」


「「糞喰らえだ!!」」


 二人が中指をおっ立てると、偽威吹は微かに顔を顰めた。

 大物ぶろうと余裕面をしているが沸点はそこまで高くないらしい。


「……そう。じゃあしょうがないな。でも、俺もこれ以上殴る蹴るはしたくないし」


 そうだ! と偽威吹が顔を綻ばせる。


「女の子にしか使えないやり方で折ってみようか」


 偽威吹の瞳が好色に煌いた瞬間、威吹は考えるよりも早く動いていた。


「大丈夫、怖くないよ。むしろ、気持ち良いことだ――っがぁ!?」


 二人を庇うように割って入った威吹に優しく顎を蹴り上げられ、偽物がたたらを踏む。


「あ、アンタは……?」


 突然のことに目を丸くする麻美と梨花をよそに、威吹は人知れず安堵していた。

 二人を護れたからとかそういう理由ではない。


(妾が公衆の面前でおっ始めるような性癖だと誤解されたらどうしてくれるんだい……)


 汚名だろうが悪名だろうが大抵のことはスルー出来る。

 が、自分の性癖が誤解されるようなことは嫌だった。


「……クッ……不意打ちとはやってくれるじゃないかお嬢さん」

「不意打ち、そうか。この程度が不意打ちになるのか。底が知れたねえ、狗藤威吹」


 ケラケラと笑ってやる。

 正体を明かすつもりはないが、偽威吹を放置する気もない。

 威吹は密かに遣いに出していた狐の一匹に命令の変更を伝え、ある者の下へ走らせた。

 殺さず、尚且つ場を綺麗に収めるためには彼女の助力が必要なのだ。


「大言は身を滅ぼすよ」

「ンフフフ……大言、言うに事欠いて大言かい? これを大言と捉えられるとは、ほんに小さい男だよ」


 威吹は空中へと飛び上がり、偽威吹がそうしたようにクイクイと手招きをして見せる。

 するとどうだ?

 偽威吹の額に目に見えて分かる青筋が浮かんだ。


「おいで、遊んであげるよ」

「このアマ……ッッ」


 天狗の羽根が大きく広げられ集束した暴風が吹き付けるも、

 威吹はそれをフッ、と煙管の煙だけで散らしてのけた。


「何だいこのそよ風は? 煙管の火だって消えやしないよ」

「舐めるなァ!!!!」


 百を超える狐火が弾丸のように殺到する。

 しかしこれも、威吹は吐息だけで掻き消して見せた。


「今度は逆だね。これじゃ煙管の火種にもなりゃしない」


 呆れつつも弾幕を目晦ましに突っ込んで来た偽威吹の拳を人差し指で受け止める。

 薄々そうじゃないかとは思っていたが……なっちゃいない、実になっちゃいない。

 自分と同じ三種の妖怪の血を引き、力も使えるというのに何だこのザマは。

 血の比率を変えることもなく、常に三種の力を引き出したまま。

 それでは鬼の膂力も天狗の神通力も化け狐の妖術も台無しだ。


(いやまあ、比率を変えたところで意味はないけどさ)


 威吹は現状、妖狐形態、それも力を大きく制限している。

 しかし、偽威吹の対処には十分過ぎた。

 ハナからモノが違うのだ、モノが。


「チィ……!!」

「ほい、ほい、ほいっと」


 連打をテキトーにあしらい、切れ間を狙って脳天に煙管を叩き付ける。


「ぐぅ……お、おまえ……お、俺が誰だか分かってるのか……ッ」


 地上に叩き付けられた偽威吹の腹を踏み付けてやると、

 ようやっと引き出したかった台詞を吐いてくれた。


「俺は……狗藤、威吹だぞ……」

「それが?」

「お、俺のバックに、誰が居るか……知らないわけじゃないだろう……?」


 バックとしてやって来た男がバックを引き合いに出す。

 どんだけ後ろを気にしてるんだコイツらは。

 軽くツボってしまい、威吹は笑いを堪えるのに必死だった。


「酒呑童子、九尾の狐、僧正坊を敵に回したくなければ今直ぐ、許しを請え!!」

「畏るるに足りず」


 威吹は一刀の下に戯言を斬り捨てた。


「妾は高嶺の花。誰に媚びるつもりもないのさ」


 フッ、と笑い威吹はある方向に劫火を放った。

 埠頭一帯を焼き尽くしても尚、あまりある巨大な火球、

 それが突然空へ放たれたことに全員が驚愕し視線が釘付けられる。


《――――ンフフフ♪》


 鈴を鳴らしたような笑い声が虚空に響き渡ったかと思うと、

 火球が解けるように霧散し夜空に火の粉を降り注がせた。


「さっきから鬱陶しくてしょうがなかったんだ……覗き見とは趣味が悪いよ」


 威吹がそう告げると夜が剥がれ落ち、小狐を抱いた浴衣姿の詩乃が姿を現した。

 何も伝えてはいなかったが、やはり意図はしっかり酌んでくれたらしい。

 背後に偽威吹のそれとは比べ物にならないほど美しい九つの尾を泳がせ、

 普段は隠蔽している大妖怪としての圧もほんの僅かに表出させてくれている。


「ああ、ごめんなさい。有望そうな後輩が居たものだから……つい、ね?」


 ごめんね★ と歳も考えずぺろりと舌を出す詩乃。

 しかし、威吹と無音を除く者らはそれどころではない。


「きゅ、九尾の狐……?」


 足元から聞こえる、気の毒なぐらいに震えた声。

 問答無用の説得力を放つ大妖怪のオーラを前にすれば偽物かなど思いもしない。

 全員が、理解していた。あれは紛れもない九尾の狐であると。


「世辞は要らないよ。それより、だ。

妾の足元に居る“馬鹿息子”の次はアンタが相手になってくれるのかい?」


「馬鹿息子、とは白々しいなあ。お嬢さんも気付いてるんでしょ?」


 本当に、良い具合に会話を繋げてくれる。

 こういう即興劇をやる際、詩乃ほど頼りになるパートナーは居ない。

 威吹は改めてそう実感した。


「ハン! 気づかいでか。そいつにはあるものが欠けているからねえ」


 偽威吹は確かに鬼と妖狐と天狗の血を引いている。それは間違いない。

 が――――人間の要素が欠片も存在しないのだ。


「化け物の力を引き出せるようになったからとて人間の部分は消えやしない。

だってのにどうだい? コイツからは人間の臭いが一切しないじゃないか」


 狗藤威吹を詐称するのなら四種のキメラでなければいけない。

 人間としての部分を補ってから出直して、どうぞ。


「に、偽物……? う、嘘だろ兄貴……」


 どうやら猿男は本気で偽威吹を本物だと思っていたらしい。


「ところで……葛葉ちゃん、だったっけ?」

「ああ」

「もう勝負は着いたみたいだしさ。その子、こっちに渡してくれる?」


 詩乃はぞっとするほど冷たい目をしていた。

 が、これは当然演技である。


「ひぃ……!? ち、ちが……あの、これは……でき、できごころで……」

「私、喋って良いなんて言った?」


 詩乃が可愛らしく小首を傾げた瞬間、偽威吹の膀胱が決壊した。


「それで、どうかな?」

「断る」

「…………へえ、それ、どういう意味か分かってる?」

「不完全燃焼だったんだ、小物の相手じゃねえ」


 折角、化け狐の頂点が目の前に居るのだ。

 こんな機会、逃せば何時また巡ってくるか分からない。


「遊んでおくれよ、大妖怪」

「その代償が命だとしても?」

「無論。命“程度”を惜しむようじゃ化け物なんてやってらんないよ」

「ホント、将来有望だなあ。ンフフフ、でも残念」


 可愛い後輩と相争ってまで欲しいほどではない。

 そう言って詩乃は夜の闇へと消えていった。


「あ、あの……あり、ありが……」


 死神が去ったことに安堵したのだろう。

 足元の偽威吹が涙ながらに感謝の言葉を述べようとするが、


「――――何を勘違いしてるんだい?」

「え」

「この妾にさんざ、舐めたことを言っといてタダで済むとお思いかえ?」


 フッ、と煙管の煙を偽威吹に吐きかけるとその姿が豚に変わる。


「ブ!? ブー! ブ、ブブゥ!?」

「しばらくその姿で生きると良い」


 殺しはしない、わざわざ殺すほどの奴でもないし何より引かれてしまうから。

 だが、これぐらいはセーフだろう。

 何年かすれば元にだって戻れるのだから確実にセーフだ。

 ……まあ、それまで生きていられるかは不明だが。


「さあ、次はそこの猿顔だね。アンタの嫌いな動物は何だい? そいつに変えてやるよ」

「! ひ、ひぃ!? い、いい……嫌だぁああああああああああああああああああ!!!」


 そう叫びながら猿男が逃げ出すと、

 少し遅れて彼のチームの構成員らも蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。

 ついでに豚になった偽威吹も逃げ出し一分も経たず男たちの姿は完全に見えなくなった。


「……ふぅ、まったく骨のない奴らだねえ」

「あ、あの」


 ん? と振り向くと麻美と梨花が赤ら顔でこちらを見上げていた。


「その……助かったよ……えっと……」

「葛葉。アンタのチームに居る子の誘いで混ぜてもらったんだ。だからそう畏まらないでおくれ」

「……ん、分かった。でも、感謝するよ葛葉。アンタが居なきゃ……」

「だからそういうのは良いって」


 それよりさあ! と手を叩く。


「阿呆どものせいで場が白けちまったからね! 仕切り直しだ!!」


 威吹がそう叫ぶや、ワッと歓声が上がる。


「参ったな……あなた、すっごくカッコ良い……」

「ンフフフ、アンタらも十分粋だったよ。さ、妾らも飲もうじゃないか。帆立、焼いてただろ?」

「ハハ、良いよ。腹いっぱい食わせてやらあ」


 楽しい夜は、まだまだ終わらない。

酒呑がこんなくだらないことで来るとは思えないし

仮に来たとしても意図を汲んでくれるとは思えないので却下。

僧正坊は察してくれるかもしれないが警察組織の長なので場の雰囲気的に却下。


となると詩乃しか居ないわけですね。

何を説明するでもなく意図を汲んでその通りに振舞ってくれるのは詩乃だけ。

嘘吐きと踊れるのは嘘吐きだけというわけです、はい。

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