百鬼夜行ガールズサイド①
それは土曜の夕飯時であった。
「いぶきー! 百鬼夜行に行こうよ!!」
縁側の網戸に顔をくっつけた無音が溌剌とした声で叫ぶ。
威吹は思った。
庭から来るな、玄関から来いと。
「あら、いらっしゃい無音くん。今、ご飯食べてるんだけど無音くんも如何?」
「え、良いの!? やったー! あ、けどおれもうご飯食べちゃった……」
ぺたんと耳をしおれさせるが、
「でもまだまだ食べられるし別にいっか! ごちそうになりまーす!!」
「はいどうぞ」
詩乃が網戸を開けると無音はパタパタと家の中に上がり込んだ。
足を拭かなくても良いのかと思ったが、どうやら詩乃が何かしたらしい。
屋内に入っても足跡がつくようなことはなかった。
「わ! 豪勢だねえ、何かのお祝い?」
テーブルの上に並ぶ料理の数々を見て無音が首を傾げる。
「ンフフフ、違う違う。威吹がね、今成長期だからいっぱい食べる必要があるの。
ああでも、無音くんも遠慮しないで良いよ? まだまだ沢山あるから」
「わーい♪」
喜び勇んで料理に手をつける無音。
美味しい美味しいと良い表情で食べるものだから、見てるこっちまで嬉しくなってくる。
が、それはそれとして威吹は言いたいことがあった。
「無音、最初の用事はどこ行った?」
「あ、そうだ! 百鬼夜行だよ百鬼夜行! ねね! 行こう、百鬼夜行!!」
口元に食べかすをつけたまま無音が言う。
「それだ。何? 百鬼夜行に行くって?」
イマイチこう、ピンと来ないのだ。
いや、百鬼夜行の意味ぐらいは知っている。
無数の化け物が夜を行く様を指す言葉だ。
が、そこに行くというのはどういうことなのか。
「妖怪連中で集まって深夜徘徊しようって誘い?」
「平たく言えば!」
「ああそう……でも、興味はないかな」
何が悲しくて目的もなく夜にフラフラしなければいけないのか。
それではまるで不審者だろうとぼやく威吹に詩乃は言う。
「無音くんは威吹の交友関係の狭さを心配してくれたんだと思うよ?」
「は?」
「今の若い妖怪たちの百鬼夜行ってさ。
古臭い表現を使うなら暴走族の集会みたいなものなんだよね。
割とやんちゃな子も多いみたいだしさ。
そこでなら学校で浮きがちな威吹も友達が出来ると思ったんじゃない?」
「うんそう! おばさんすっごいね! エスパー!?」
「ンフフフ、ただの狐だよ」
すごいのは無音の方だろう。
堂々と詩乃におばさんと言えるのは中々の度胸である。
「だから、ね! 行こう!?
クラスメイトに聞いたんだけどわちゃわちゃ賑やかですっごい楽しいみたいだしさ!!
威吹のことを怖がらない奴らもきっといっぱい居るよ!!」
「……」
正直な話、ありがた迷惑である。
確かに学校で浮いていることはちょっと気にしている。
が、無理に友達を作ろうというほど交流に餓えているわけでもない。
ないのだが……。
(折角の厚意を無碍にするのもなあ)
となればもう、答えは一つだ。
「分かった分かった。しかし、友達を増やすって言うなら俺より重篤なのが居ると思うんだけど」
「モモちゃんは増やす以前の問題だからね!」
「お、おう……案外、毒吐くのね」
まあ、正論である。
今の段階で連れ出してもキャパオーバーで自爆するのが目に見えている。
まずは自分たちで友人というものに慣らすのが先決だろう。
「あ、母さん。そういうわけだから……」
「はいはい、めいっぱい楽しんできなさいな。
ああでも、あんまり怖がらせちゃ駄目だよ?
気の強い子たちが集まってるのは確かだけど、殺し殺されを経験してる子は一握り」
いや、もっと少ないかな?
などと小首を傾げる詩乃。
「だからまあ、ほどほどにしなきゃ無音くんの厚意も無駄になっちゃうよ」
「ん、分かった。あ、そうだ。ロック、お前はどうする?」
「クワー」
「え? ああそう。近所の猫たちと約束があるんだ。良いよ良いよ、そっち優先しな」
どうやらロックはロックで独自の交友関係を築いているらしい。
「ねえねえおばさん」
「ん、どうかした?」
「さっき今の若い子たちの百鬼夜行はって言ってたけど昔は違ったの?」
「うん。今は普通にちょっとやんちゃな子たちの交流会みたいな感じだけど昔はね」
曰く、百鬼夜行の目的はそれを率いる主が他の妖怪に力を誇示することなのだと言う。
「夜行を率いる主はまず“俺に従え!” って意を込めた妖気を可能な限り広範囲に放つの。
範囲内に居る主より弱い妖怪は大概が、その妖気に反射的に集まっちゃうんだよね。
本能なのか何なのか……正直、私は感じたことないから何とも言えないけど」
それはそうだろう。
九尾の狐が率いられる側になるというのは普通、あり得ない。
「暗黙の了解って言うのかな?
集まっちゃった妖怪はその夜の間は、大人しく主に従うことになってるの。
そして百鬼夜行が始まる。
どうだ、俺はこれだけの数の妖怪を従えられるんだぞ!
って周囲に誇示しながら夜を往き、人を襲ったり別の夜行と抗争をしたりしながら夜明けまで騒ぐ」
それが昔の百鬼夜行だと詩乃は言う。
「あとはまあ、集まって来る妖怪の危険度も違うかな。
力の多寡はともかく昔は今以上に血の気の多い雑魚どもが多かったからね。
今の百鬼夜行がヤンキーの集いなら昔は凶悪犯のクライムパレードって感じ」
「なるほど! 昔も楽しくやってたんだね!!」
説明ありがとう! と頭を下げる無音にいえいえと手を振る詩乃。
同じ犬科に属しているからだろうか?
若干、詩乃の愛想の良さが割り増しになっているような気がした。
「ところで母さんは百鬼夜行を率いた経験とかないの?」
「ないよ。私、同じ化け物とはつるまないタイプだったから」
「そっか。まあ、力を誇示するような性格でもないしね」
そういうのはむしろ酒呑の方だろう。
「あ、そうだ。聞き忘れてたけどその百鬼夜行って何時からやるの?」
「午前一時!!」
「……七時間ぐらい先の話かよ……来るの早過ぎだろお前……」
「思い立ったが吉日だからね!」
「ああそう。そういうことなら時間まで家で暇潰すか」
「うん! おれもそのつもりで色々持って来たよ!!」
無音は傍らに置いていた風呂敷を開いて見せた。
中から人生ゲームやモノポリー、カタンなど各種ボードゲームが現れる。
「何か荷物持ってんなと思ってたけど……遊び道具だったんだ」
「そうだよ! 威吹と一緒に遊ぼうって決めてたんだ! あ、おばさんもやる!?」
「ンフフフ、喜んで参加させてもらうよ。でも、その前にご飯片付けちゃおっか」
「はーい!!」
「あいあい」
そんなこんなで時間は流れて六時間半後。
家を出た二人は学校へと向かっていた。
無音を百鬼夜行に誘ったクラスメイトと待ち合わせをしているらしい。
「そういや聞いてなかったけど、クラスメイトに俺のことは言ったの?」
「言ってない! 思いついたのが夕方だったからね!!」
「お前……」
考えなしに行動し過ぎだろう。
割と本気で、妖怪形態でも知能を上げる方法を模索するべきなのかもしれない。
(大丈夫なのかなあ)
クラスメイトは基本的に自分を遠巻きに見るだけ。
話しかける必要がある時も向こうは敬語。
腫れ物に触れるような扱いをされている男が同行して良いのか。
とりあえず、事と次第によっては帰ろう。そう決意し威吹は軽く、無音の頭を叩いた。
「! あ、おーい! みっちゃーん! おまたせー!!」
「麻宮くん! 大丈夫! 全然待ってな……いぅ!?」
校門に背を預けていた特攻服姿の少女は無音を視認した瞬間、
パァっと顔を輝かせるが威吹を認識するや否や顔を青褪めさせた。
(し、失礼やっちゃのう……というか、あんな子クラスに居たっけ?)
茶髪のシャギーショート。
それだけならまあ、有り触れているが前髪に白いメッシュが入っている。
これは結構な特徴だろう。
しかし、威吹の記憶に合致する生徒は居ない。
「あ、あの……あの、麻宮くん? その、何で狗藤さんも一緒なの……?」
震えながら小声で囁きかけるみっちゃんだが、
少し離れた場所で見ている威吹の耳には当然の如く届いていた。
「駄目だった!?」
「ひゅい!? だ、駄目とかそんなじゃないんだけど……あの、声……声のボリュームを……」
無音と威吹を交互に見やるみっちゃんの目は涙目だった。
ヤンキーみたいな格好をしているのにそれはどうなのだろうか?
「こんばんは、みっちゃんさん」
「こ、こんばんは……」
「ところでさ。クラスメイトみたいだけど君みたいな子、居たっけ?」
「もう! 威吹はそんなだから友達が出来ないんだよ!」
失礼なと思ったが、あながち否定も出来ない。
威吹が言葉に詰まっているとみっちゃんがおずおずと口を開く。
「な、中原美咲です」
「…………中原さん?」
中原美咲、その名は知っている。
確か女子のクラス委員だ。
しかし、彼女はもっと地味だったはずだが……?
首を傾げる威吹にみっちゃんこと美咲はこう告げる。
「あの、今は妖怪の力を表に出してて姿がちょっと変わってるんです……」
「ああ、そういうあれか」
よく見れば頭の上に丸っこい耳が二つ、くっついている。
恐らくは狢の妖怪か。それならば特徴的な見た目も納得だ。
ヤンキーっぽい装いは…………まあ、誰しも抑圧している内面はあるだろう。
あまり深く切り込んでも良いことはない。
「そ、それより……その、狗藤さんは何故……」
「百鬼夜行に行こうって無音に誘われたんだよ」
「うん! 威吹ってみんなに怖がられて友達居ないでしょ?
でもそれってすっごく寂しいと思うんだ! だからさー! 友達を増やしてあげたいなって!
不良の集まりなら威吹も怖がられずに済むかなって……おれ、あたま良いでしょ!?」
「麻宮くん……やばい、優しい……可愛い……好き……」
身体を折り曲げ鼻を押さえる美咲。
当の無音は気付いていないようだが……これは、そういうことなのだろう。
「分かったわ! そういうことなら私も全力で協力する!
孤立しがちな狗藤さんに少しでも他者と触れ合う喜びを知ってもらわなきゃ!!」
「待って、俺どんな寂しい奴だと思われてんの?」
怯えていた割りにド失礼な女である。
「あ、でも……」
鼻息荒く勇んでいたかと思えば、途端に情けない顔に。
やはり自分が行くのはよろしくないのか? とも思ったが、どうやら違うらしい。
「えっと、私たちのチームと今日一緒に集まる他のチームって女の子ばっかりなんですけど……」
「レディースチームってわけか――んん?」
女ばかりだが大丈夫か? 美咲はそう言いたいのだろう。
情けない顔の理由は分かったが、一つ解せないことがある。
「……無音、お前、中原さんに百鬼夜行に行こうって誘われたんだよな」
「そうだよ!」
「女の子ばっかりなのって知ってた?」
「知らなかった! でも既にモモちゃんって女友達居るし大丈夫だよね!」
「いやまあ、そこはそうだが」
美咲に目を向けると彼女はさっと目を逸らした。
威吹はほんの少しの沈黙の後、無音を眠らせ美咲に詰め寄った。
「無音ってさ、人間に戻るとかなりのイケメンなんだよね」
「……そ、そうみたいですね。アイドル? って職業やってたんでしょう?」
「女ばっかの集まりにイケメン一人連れ込むとか……何? マワす気だったわけ?」
「違うわよ! 何でそういう怖い発想するの!?
あなたそんなだから学校でも浮いちゃうんだからね!!」
ガー! っと否定する美咲。
幻想世界で生まれ育った生粋の妖怪の割に、カオスゲージが低過ぎる。
「次からは気をつけるよ。で? 俺の予想が違うと言うなら何が目的なの?」
「そ、それは……」
「ちなみに俺は魅了の術が使えます。中原さん程度じゃ防ぐことは出来ないだろうね」
「選択肢ないじゃないの!!」
「いや、あるよ。自害って選択肢がね」
まあ自害した後でも脳を喰らえば情報は手に入るのだが、
自害するぐらいに知られたくないと言うのであれば配慮はする。
死者を貶めるような真似はしないから安心して欲しい。
威吹が笑顔でそう告げると美咲は気の毒なぐらいに震え始めた。
「は、はな……話す! 話します! だから殺さないで!!?」
「いや殺さないよ。自害するなら止めないけど」
「これぐらいで自殺なんてするわけないでしょ!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? 殺されるの私じゃん!!」
「忙しい人だなあ。それよりさっさと理由を話してよ」
「hai!」
直立不動で説明を始める美咲だが……。
話を聞き終えた威吹は一言こう告げた。
「……あ、アホらしい」
「う、うぅ……」
チームの仲間に十五にもなって男の一人も出来ないことを馬鹿にされ、
悔しく思った美咲は無音(人間形態)を彼氏役にすることを思いつく。
事前に言うと断られるかもしれないから土壇場でお願いして、
今夜だけでも彼氏の振りをしてもらおう――それが美咲の目論見であった。
アホらしいことこの上なかった。
「というかさ、そんな嘘吐いても直ぐ露呈しちゃうよ? 余計惨めな思いするだけだよ?」
その場凌ぎの嘘は次に繋げ難いのだ。
嘘を吐くのであれば考えて吐かないと。
威吹が淡々とアドバイスを送ると、美咲はその場に崩れ落ちた。
「とりあえず今日はそういうのなしにしときな。どうしてもって言うなら俺が今度、何か考えてあげるしさ」
「はいぃ……」
「ま、この話はここまでにしようか。そろそろ刻限も近付いて来てるしね」
「あ……一緒に来るんですね」
「うん、ちょっと興味があるからね」
威吹がそう言うと美咲はパッと顔を輝かせた。
「え? 興味? やっぱり狗藤さんも年頃らしく異性に興味が?
いやまあ、そういうことなら運が良いですよ。
お転婆な奴ばっかですけど、うちもあっちも綺麗どころが結構居ますし……げへへ」
揉み手をする美咲は実に小物チックだった。
「何その三下臭い笑い方……というか、そういうことじゃないよ」
「なら、一体何に興味が……」
「ほら、俺の一番身近に居る女妖ってアレじゃん? グランド毒婦じゃん?」
だからまあ、普通の女妖というものに興味が沸いたのだ。
程度の違いはあれ、やはり悪女が多いのかとか知りたいことは色々ある。
「というわけで、今夜はお世話になるよ」
「はあ……それは構いませんが……あの、あんまり過激なことはしないでくださいね?」
「しないよ。人を何だと思ってるんだ」
威吹は真顔で言い切った。




