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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン


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「この加齢臭漂う羽根は……僧正坊様!」③

「……――――」


 最後の壁が砂の城を壊すような気軽さで崩された。

 そのことに微かな驚きを覚えるが、現れたその顔を見て直ぐに納得する。


(僧正坊)


 以前、見た時とは違う大正ジェントルスタイルの僧正坊。

 彼がやったのなら、何一つとして不思議なことはない。

 今、天狗八割妖狐二割の妖怪形態でやっているが、

 仮に十割でやっていても僧正坊の足元にすら及ばないはずだから。


(しかし……どうすっかなこれ……)


 未だ胸に燻る苛立ちを一先ず置いておいて、考える。

 僧正坊に何と話しかければ良いのか。

 どんな人物かも分からないからどう対応すれば良いか分からないのだ。


(挨拶か? 挨拶すれば良いのか? 今の時間帯だと――――)


 戸惑いつつも口を開こうとしたが、僧正坊の方が早かった。


「ふぅ……やれやれ、困った子だ」


 バリトンの利いたダンディボイスで彼はそう切り出した。

 その表情はとても厳かで、思わず背筋を正してしまうほどに凛々しい。

 だけどああ、何故だろうか。


「事情は大体、察している」


 どうしてかな。


「大方、木っ端どもが巻き上げた”埃”を被ることになったとかそういうのだろう?」


 自分でも分からない。


「苛立つ気持ちは分かる。しかし、それをそのまま外に出すのは如何なものかね」


 戸惑っている。


「君ほどの男ならば、寛容さを見せ付ける場面だと私は思うよ」


 折角、折角だぞ?


(割と真っ当な大人に出会えたのに……)


 素直に喜べない。

 それどころか、


「……――――何か、ガッカリ」

「!?」


 九尾の狐、酒呑童子、僧正坊。

 いずれも劣らぬ大妖怪。

 初っ端から胃もたれどころか胃が溶解するようなのを持って来られ、

 撃滅のセカンドブリットにもタメを張る濃いのを持って来られた。

 こりゃ最後もひでえことになるんだろうなと、げんなりしていたのは嘘じゃない。

 だが、今になって思うのだ。


「そうか……俺は、ちょっと期待してたんだな」


 慄き、うんざりしながらも、どんな濃いのが来るのかな?

 と密かにワクワクしていたのだとハッキリ自覚させられた。


「パンチが弱いよパンチが~……はあ」


 気付けば苛立ちは消えていた。

 というか、ハッキリ言うともう萎えた。


「これは完全に読みを外しましたね、長官」

「え、え、え」


「白面の御方と酒呑童子様に辟易しているのは確かなようですが、

同時に押すなよ? 絶対押すなよ? 良いか? 振りじゃないからな?

みたいな心境でもあったようですよ、御孫様は。長官、とんだピエロですね」


「どうしてそんなに酷いことを言うの?」


 そう言えば店で注文をしていたなと思い出す。

 結構な時間、遊んでいたのでもう冷めてしまっているだろう。

 自業自得とはいえ、少しガッカリだ。


「あのー……やっぱこれ、逮捕とかされるんですかね?」


「御心配なく。地上に被害が出ていたならまだしも、そうではありませんからね。

一応、軽く事情は伺わせてもらいます解除して頂けるなら特別お咎めはありません」


「あ、そうですか。それじゃあ」


 天狗モードになった際に勝手に出て来た羽団扇を軽く振るう。

 するとこれまでが嘘であったかのように穏やかな空に回帰する。

 突然、解放された雑魚どもは困惑しつつも蜘蛛の子を散らしたように四方八方に逃げて行った。


「それでは御孫様、立ち話も何ですのでどこか喫茶店にでも入りましょうか」

「あの、実はさっきまで友達とミルクホールに居たのでそこに……」


 実は威吹、今、少しドギマギしている。

 目の前の女刑事が自分の周囲には居ないタイプの美人だからだ。


「そうでしたか。では、そちらに向かいましょう。案内をお願い致します」

「分かりました」

「ありがとうございます。ああ、ちなみに私は梓と申します。以後、よしなに」

「あ、はい。よろしくです」


 梓と連れ立って飛び去ろうとするが、


「待てや!!」

「何ですか長官。もう帰って頂いて結構ですよ」

「おかしいやろ! 何でやねん! 何で儂よりブッキーと仲良くなっとんねん自分!!」

「仲良くというか、普通に事務的な会話をしていただけですが」

「嘘吐けィ! 何時もの八割増しで機嫌良かったやん! 騙されんぞ!!」


 遅まきながら僧正坊がキャラを作っていたことに気付く。

 しかし、このやり取りを見るに……ぶっちゃけそこまで毒はなさそうだ。

 面白みのない爺さんという評価を変える必要はないだろう。


「梓くんはどうしてそんな酷いことをするの? ファミリーやん! 儂ら天狗ポリスはファミリーやん!!」

「止めてください長官、パワハラですよ」

「どの辺が!?」


 が、梓と組んだ場合は存外、面白いかもしれない。


「クッソゥゥウウウ! もう許さんぞこのショタコン天狗!!」

「言い掛かりは止めてください。訴えますよ」


「言い掛かりじゃねえし! 儂、知ってんだかんな!?

梓くんが年に二回、現実世界に赴いてその手の薄い本買ってんの!!」


「……まさか長官がストーカーだったとは。逮捕します」


 このまま二人の漫才を眺めているのもそれはそれで楽しいのだが、

 無音や百望をこれ以上放置しておくのも申し訳ないと威吹が止めに入る。


「えーっと、梓さん? 爺さんの相手はほどほどにして」

「おっと、申し訳ありません」

「待ってブッキー! 何でブッキーもそんなドライなの!? 何で梓くんのが好感度高いの!?」

「僧正坊も一緒に来るの? いや、別に良いけどさ」

「行くけど! 行くけど! んもぉおおおおおおおお!!!」


 梓と僧正坊を伴い、無音と百望が居るミルクホールへ帰還する。


「というわけで無音、この爺さんが僧正坊らしいぞ」

「わあ! 何か紳士って感じのお爺さんだね! でも他二人に比べてキャラ弱いかも!!」

「何で儂、初対面のワンちゃんにもディスられとるん?」

「わふ?」


 断っておくが無音に悪意は一切ない。

 まあ、その方が酷いっちゃ酷いのだけれど。


「それでは事情を伺っても?」

「あ、はい。まあ事情つっても僧正坊が言ってたのと同じようなものなんですけどね」


 抗争に巻き込まれて頭に穴を穿たれ、燃やされのでキレた。

 文章にしてみるとこれだけだ。

 積乱雲を作ったのは単純に、相手が空をフィールドとする化け物ばかりだったからで深い理由はない。


「深い理由もなく気軽にあんなもん作らないでよ」

「いやでも、地上に被害はなかっただろ?」

「実害はともかく、視覚的なインパクトが半端じゃなかったんだから」

「まあ確かに凄かったよね! 圧が! あれが破裂してたらどうなってたんだろ!?」


 まず間違いなく帝都は甚大な被害を受けていたはずだ。

 まあ、仮に破裂しそうなら僧正坊が何とかしていたので意味のない仮定だが。


「……――兎に角、事情は分かりました。天狗ポリスの立場としては、ああいうのは困るのですが」

「言うてこっちの怠慢でもあるしなあ。儂らがしっかり取り締まっとらんからアホが調子付く」

「はい。ですので御孫様、次からはもうちょっと規模を小さく」


 もしくは瞬殺してやって欲しいと梓が懇願する。

 警察としてどうなのよ? と思ったが妖怪なので問題はないのだろう。

 威吹はとりあえず善処します、とだけ答えた。

 今の心情的には分かりましたと答えたいのだが……。


(いざその時になってみないとねえ)


 なので無責任な約束はしない。


「ところで僧正坊」

「じぃじと呼んでくれい」


 馬脚をあらわしてしまったせいだろう。

 僧正坊はすっかり自身の欲求に素直になっていた。


「……じいさん、アンタにちょっと言いたいことあるんだけど」

「いやだからじぃじ言うてるやん」

「長官、妥協してください。このままでは長官の名称が老い耄れ烏になりますよ」

「ねえそれ、実は梓くんが心の中で儂に使ってる名称とかじゃないよね?」


 ひょっとしてこの二人、デキてたりするのだろうか?

 微かな疑問を抱く威吹だったが、今は考えないようにしようと頭の中から追い出し本題を切り出す。


「あのさ、百望が言ってたんだけど最近外国の化け物が雪崩れ込んで来てるらしいじゃん?」

「ん? まあ、そうね。ヤンキーどもが大はしゃぎしとるのは事実よ」

「原因は? それと対策は? 天狗ポリスとしてはそこらちゃんとやってんの?」


 帝都――ひいては幻想世界の日本の治安がどうなろうと興味はない。

 しかし、自分が迷惑を被るのは嫌だった。

 コピペ三兄弟のような笑えるタイプの雑魚、

 笑えずとも何かしらの見所がある者になら絡まれてやっても良い。

 しかし、今日イジメた連中を鑑みるに大概はつまらない奴ばかりだろう。

 そんな手合いに名を上げるだのというくだらない理由で絡まれるのは御免だ。


「梓くん、孫が可愛いから話して良いかな?」


「糞みたいな理由ですが……まあ、構いませんよ。

御孫様であれば劉備玄徳にでも聞けば直ぐに情報は手に入るでしょうし」


 劉備の名前が出たことに軽い驚きを覚える。

 どうやら自分の個人情報は割りとすっぱ抜かれているらしい。

 まあ、知られて困るようなことは特にないのだけれど。


「原因は”人間”が煽動した結果……っぽいな」

「人間が?」

「ああ、ちなみに目的とか聞かれても知らんぞい」

「騒動の裏に人間の影が見え隠れしているということぐらいしか分かっていないのです」

「ということは……」

「ええはい、対策についても……情けないことですが、現状は場当たり的な対処しか」


 難しい顔をする大人二人。

 すると、これまで黙って肉を貪っていた無音が元気良く手を挙げる。


「ワン!!」

「ほい、どうしたワンちゃん」

「何かテキトーに怪しそうな人間攫って頭の中を覗いたりしてみたらどーですか!?」


 テキトーに人間を攫え。

 妖怪らしい物言いにこの場において唯一の人間である百望はドン引いていた。


「うーん、あんま意味ねえかなあ」

「どうして??」

「末端を攫っても根までは辿り着けんだろうってことさね」


 それに関しては威吹も同感だった。

 ポリス、などと銘打ってはいるが天狗ポリスの実態は自警団のようなもの。

 法にも国家にも縛られない独立独歩の一勢力だ。

 加えて構成員は化け物だ。

 人間と違って非人道的な手段を使うことを厭わぬがゆえ、その効率は段違いである。

 その彼らをして未だ全容が掴めていないのだ。

 無音が提案したような誰でも思いつくやり方では到底、辿り着けはしないだろう。


「お嬢さん」

「うぇひぃ!?」


 突然、話を振られた百望が大きく身体を震わせる。

 僧正坊は百望を安心させるように大丈夫、大丈夫と笑う。


「君、”不眠の魔女”の弟子か何かじゃないか? 奴の臭いが君からするんだが……」

「! し、師匠をご存知なので?」

「古い知り合いよ。ま、それはともかく、だ。あ奴の弟子なら何か聞いていたりせんかね?」


 僧正坊がわざわざ聞くぐらいだ。

 百望の師匠とやらは、天狗ポリスという一組織に匹敵。

 或いは凌駕するだけの情報網を構築しているのかもしれない。

 そう考えると自然、威吹の瞳にも期待の色が宿ってしまう。


「……えっと、その。そういうのは……師匠は世俗のことには興味もない方ですし」


 期待の視線を受けて居心地が悪そうな百望はふるふると首を横に振った。

 それを見て僧正坊はいやいや! と笑う。


「何? アイツ相変わらずクール気取ってるわけ? 超ウケるんですけど」

「長官、ジジイが超ウケるとか言ってる姿が滑稽で超ウケるんですが」

「梓くんは一々毒吐かないと生きていけないわけ?」


 コホン、と咳払いをして僧正坊は続ける。


「あの婆さんが世俗のことに興味がないっていうのは大きな間違いだよ、お嬢さん」

「そ、そう……なんです、か?」

「アイツ、ムッツリスケベだし下世話な噂話とかも涎垂らすぐらいに好きだからね、いやマジで」


 百望がショックを受けたような顔をしているが、僧正坊はお構いなしにペラを回す。


「あの婆さんは言うなれば、あれだ。

休み時間に寝た振りしながら必死にクラスの会話に耳を傾けてるタイプだから。

全然興味ないですー、みたいな面してるけど内心では超盛り上がってるからね」


 それってようは、


「雨宮じゃん」

「モモちゃんじゃん」


 威吹と無音が同時に百望を見る。

 違う! 私はそんなじゃないと必死こいて否定しているが流石に無理がある。

 寝た振りして聞き耳を、というのはそもそも百望自身が以前告白したことなのだから。


「というかじいさん、アンタの口ぶりだと雨宮の師匠は猫被ってるんだろ?」

「ん? おうおう。そらもうでっかい猫をな。化け猫の皮でも剥いだんじゃない?」

「そんな人の内面に詳しいってさあ……昔そういう関係だったとか?」

「いや違うよ? でもあれ? あれれ? 興味ある系? 儂の恋バナに興味あっちゃったりするー?」


 両手で作った指鉄砲を向けてくる仕草が最高に苛つく。


「まあでも? そういうことならー? 可愛い孫のためにぃ? 語っちゃおっかなー……って冷たッ!?」

「すいません、あまりにも鬱陶しくて」

「普通上司に水ぶっかける!?」


 梓に反省とかそういう様子は一切なかった。

 威吹は彼女の行動に賞賛の拍手を送りつつ、友人二人に向き直りこう言った。


「一見、親しみ易そうに見えるけどアレも根っこは化け物だからさ。気をつけなよ」

「「既に威吹で通った道だから大丈夫」」

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じいさんのせいでWi◯thWat◯h感でちゃったよ
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