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あなたの天職は《大妖怪》です  作者: カブキマン
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番外編 ハデス来訪

「あー……」


 墓の建立から数日。

 威吹は現世の自宅でだらけきっていた。

 暑いのに加えて色々と荷が下りたせいで軽い燃え尽き症候群に陥ってしまったのだ。


「ンフフフ、お腹見えてるよ威吹?」

「見せてんのよ」

「いやそれは何か違うくない――っと、出来た出来た」

「さっきから何作ってんの?」

「ん? お盆飾りの精霊馬」


 詩乃に視線をやると笑顔でキュウリの馬を見せ付けて来るが、


「あんた祖霊なんぞ居ないだろ……」


 陰気から生じた化け物である詩乃には父も母も居ない。

 むしろ詩乃が始まり。祖にあたる存在である。

 威吹がキュウリの馬作って迎える側だ。いやまあ詩乃は普通に生きてるが。


「ご先祖様は居なくても子孫は居るし。ほら、威吹に繋げるために作った子供とか」

「母さんのとこには来ないと思うよ」

「それどういう意味?」


 そういう意味である。


「ところでさ、気になってたんだけど……死後の世界とかってどうなってんの?」


 劉備たちや彩の父親の例を考えるに存在するのは確かなのだろう。

 が、それがどこにあるのか。どういうところなのか、どんな理屈が支配しているのかまでは知らない。

 以前、亮との会話で天国や地獄に言及したがあれは亮の覚悟を問うためのハッタリ。

 正しい知識に基づいての発言ではない。

 なので、ここらでしっかり知っておくのも悪くないとお婆ちゃんの知恵袋を頼ったのだ。

 

「まだ学校で習ってないの? それなら――あら、お客さん?」


 盆棚(精霊棚)に野菜を飾り付けていた詩乃が玄関の方を見やる。

 威吹は自分が出ると言って寝転がった姿勢のまま浮遊し玄関へ向かう。

 何も知らない人間だったらどうするんだよと思うかもしれないが、威吹ならば誤魔化す手段は幾らでもあるので問題ない。


「はいはい、どちらさま……」


 言いつつ手も触れずに玄関を開けると、


「し、死後の世界についてお知りになりたいので……?」


 ボロボロの黒い外套で全身を覆った髑髏面の不審者が佇んでいた。

 って言うかハデスだった。


「…………あの、うちを監視してたり……?」


 引きつつ、問う。


「い、いえ……遊びに来たら……何かあの、そういう気配がしたので……」

「…………まあ、立ち話も何だし中入りなよ」

「あ、ありがとう……お友達の家とか……初めてだなあ」


 宴席で連絡先を交換してから付き合いたての彼女かよ、って頻度でメールを飛ばして来る神聖ボッチ様だ。

 素直に家の敷居を跨げたことが嬉しいのだろう。


(……俺も社交的なタイプではないけど……コイツ見てると、何か泣きそうになる)


 リビングに戻ると詩乃がハデスを見てあら、と少し驚いたような顔をする。


「こないだも思ったけど冥界の管理ほっぽって出歩いてて良いの?」

「し、仕事は分身に任せてるから大丈夫です……」

「あの、何で俺の後ろに隠れるの?」

「……その、阿婆擦れとかあんまり得意じゃないんで……どう接したら良いかわからないんです……」


 態度はおどおどしてるのに発言がロック過ぎる。

 が、ゼウスの兄弟だと思えば多少のファンキーさは納得だ。


「あー……まあ、そうだね。母さんは腹の中が暗黒天体だけど、ある意味陽キャの極みみたいなもんだしね」

「長生きしてるけど、陽キャなんて言われたの母さん初めてだよ」


 コミュ能力の極みに居るような女なので、あながち間違いでもなかろう。


「とりあえず母さん、麦茶出してあげて。あとお菓子も」

「はいはい」

「ハデスもまあ、座りなよ」


 そう促すとハデスはソファに着地した威吹の横に腰をおろした。

 普通、こういう時は対面じゃない?

 マジで他人との接し方が苦手なんだなコイツ……と威吹はますます目頭が熱くなった。


「それで? 死後の世界について教えてくれるんだよね」

「は、はい……こう見えてそっち方面はプロですから何でも聞いてください」

「プロて」


 その通りなんだろうが、言葉のチョイスが軽過ぎる。


「まあ良いや。神話体系によって死後の世界って色々違うけど、そこらはどうなってるの?」


「一本化はされていません……神話体系ごとに死後の世界があります。

……各神話に対応する国に住んでいるか、もしくは信仰などによって死者の魂が導かれるシステムになってます……はい」


 となると自分が人として死んでいた場合は、と考え首を傾げる。


「日本はどうなってんの? 自然に閻魔大王と地獄が思い浮かんだけど日本神話にも冥界はあるよね?」


 イザナギとイザナミの逸話で有名な黄泉の国だ。

 確か根之堅洲國なんて風にも呼ばれていたっけ?

 とうろ覚えの知識を思い出す。


「……に、日本はヤマ――閻魔で有名な地獄ですね。

死後に黄泉の女主人となったイザナミは死者の魂の管理に興味がない方でして……ええ。

仏教が伝来し地獄や極楽の概念が広まると、あっさり所有権を譲渡してしまったんです。

とは言え真面目な方ではありますからパートタイムで閻魔の補佐をやってます」


「イザナミ、パートやってんのかよ……」


 自国のことならまだしも、ハデスからすれば日本なんて田舎の田舎。

 そんなところの事情もしっかり知識として仕入れているのは生真面目さゆえか。


「ところで前に同業は絡み難いとか言ってたけどイザナミや閻魔もダメなの?」

「威吹威吹。よく考えてイザナミの逸話を」


 黙って話を聞いていた詩乃が口を開く。


「恥をかかされたし夫にキレるのは良い。

でも夫を殺れないと分かったら無関係な人間毎日千人殺すって言うような女だよ?

そんな気の強い女とハデスが仲良くやってけると思う?」


「ああ……うん……そりゃそうだ」


 何なら威吹だってイザナミと絡みたいとは思わない。

 だが閻魔の方はどうだろう? と目で問うとハデスは気まずそうに答える。


「……その、真面目が過ぎると言いますか……」

「? あんたも話してみた感じ、結構真面目だと思うけど」

「いや仕事をちゃんとするのは普通のことですし……」


 それはその通りだが、本音を言えば仕事なんてしたくないという方が多数派だろう。

 だから自然にそう思えるハデスは威吹からすれば十分真面目な部類だ。


「だ、だって……威吹くん……閻魔大王の逸話、知ってます……?」

「舌を抜く?」

「そうじゃなくて……顔が赤い理由です……」

「いやあ、知らないな」

「……ドロドロに溶けた銅を日に三度も飲んでいるからです」

「飲まされてるじゃなくて飲んでるってことは自分の意思で? 何で? マゾなん?」


 威吹も痛みには耐性がある。

 首が飛ばされようが全身を溶かされようが別段、問題はない。

 だが何も感じていないというわけではないのだ。

 痛いものは痛いし、熱いものは熱い。

 精神力でスルー出来るというだけで、それらの苦痛を好んで受けたいとは思わない。


「……閻魔は元人間が神になった存在でして……だからこそ、己を戒めているんですよ……」


 人を裁くこと、それ自体もまた罪である。

 そして罪は裁かれねばならない。

 裁定者というのは己にも他人にも厳格であらねばならぬという意思の下、閻魔は自らを罰し続けているのだと言う。


「……も、もっと高位の神格に言われたから……とかなら分かりますよ……?

でもあの(ヒト)、自分の意思でやってるんです。

自分で言い出して……いやそこまでしなくてもって止める周りを振り切ってやり続けてるんです……。

ちょっと、あの……私、ついてけないって言うか……」


 髑髏面のせいで表情は窺えないがかなり引いているのが分かる。


「……死神のサミット、みたいなのがあるんですよ。はい。

そこの宴席でも皆が楽しくお酒飲んでる中、時間だからっていきなり銅を呷りだすんです……。

い、いやまあ……私は楽しく飲んでませんでしたけどね……はじっこでちびちびやってただけですけどね」


 ハデス情報は別に良い。

 それはさておき、閻魔大王の人柄が分かった気がする。

 ハデスも閻魔も真面目という意味では同じだが、その深度が違うわけだ。

 ハデスは真面目だが普通の勤勉さ。

 対して閻魔は同じ真面目でも苛烈なまでの勤勉さ。

 穏やかな気性のハデスからすれば、そりゃあ絡み辛い。


(……そう言えば)


 ふと思った。志乃や生贄にされた子供たちはどうなるのだろうと。

 賽の河原ぐらいは知っている。

 詩乃は例外だが、他の子供らは確実に親より先に死んでいる。

 加えて彼らは村人の魂を虐げ続けて来た。

 因果応報だとは思うが、あの世の法が許してくれるかどうかは不透明だ。

 そして志乃もそれらとは別に罪になりそうなことをしている。


(志乃を殺したのは俺だが)


 話を持ちかけたのは志乃だ。

 殺人教唆なんて罪があるのだから閻魔にその罪を償えと言われているかもしれない。


「なあハデス、地獄を含む死後の世界ってどこにあるの? やっぱ現世?」


「……? 世界が分かたれる際、幻想世界に場所を移しましたよ……。

今は幻想世界の位相がずれた場所にあって、正規の行き方は国によって違いますね。

こっちの地獄なら……と言うか、何故いきなりそんなことを?」


 首を傾げるハデス。

 威吹が口を開くよりも先に詩乃が口を開く。


「志乃さんのこと?」

「うん。まあ、ついでに他の子供らのこともね」


 成仏したのは志乃と最初に生贄に捧げられた子供だけ。

 だが、これから先時間をかけて一人ずつ成仏していく予定だ。

 志乃と子供たちが罰を受けなければいけないというのは、納得出来ない。


「…………あ、あの……事と次第によっては地獄で暴れるつもりですか……?

私には直接関係ありませんけど……死神的に勘弁して欲しいと言うか……」


 ハデスは威吹の事情を知らない。

 知らぬまま、戦いに参加するという体で連絡先を聞きに来たボッチである。

 それでも何か不穏なものを感じたのだろう。

 不安げなハデスに威吹は否定の言葉を返す。


「ああいや、違うよ」


 最終手段として実力行使も視野に入れているが、最初は会話から始めるつもりだ。


「罰を受けなきゃいけないなら俺が代行するから見逃してくれないかって頼みたいんだ」


 何万年の責め苦だろうと問題ない。

 時の止まった空間でやるなら体感的にはともかく客観的には直ぐだ。


「まあでも、そこらは大丈夫だと思うよ」


 何故そんなことが言えるのか。

 少しムッとした顔で威吹がそう言うと詩乃は笑いながら答える。


「例えば親への不孝。そもそもからして親が子供を差し出してるじゃない。

これで賽の河原で石を積めってのは道理が通らないでしょ。

成仏せずに居るのは今はともかく、かつては龍神様が縛り付けてたから。

というか、そもそもからして龍神様絡みで起きた罪に関しては閻魔に裁きを与える権利はないんだよね」


 どういうことだろうか?


「閻魔の役割はヒトの死後を裁くこと。生きた人間に干渉する権利はない」


 傍若無人な化け物ならばともかく閻魔大王は神だ。

 厳格に務めを果たす彼が原理原則を外れるようなことはしない。


「生者がどんな非道を犯そうとも手出しは出来ない。

でも同じ神はその限りじゃないよね? 閻魔大王の管轄はあくまで人間の死者。

神を裁く権利はない。だから私情で行動しても何ら問題はない」


「それなら……ああいや、そういうことか」


 だったら何故、龍神の愚行を見過ごしたのか。

 そう問いを投げようとしたが、自己解決した。


「そ。最初、龍神は人間に誘導されて話を持ちかけただけ。そして受け入れたのも同じ人間」


 因習の発端には人間が絡んでいる。

 であればそれは人の罪だ。

 首を突っ込めば生きた人間の罪に干渉することになる。

 私人として首を突っ込めば裁定者としての仕事に差し障りが出てしまう。


「私人として龍神を除くか。裁定者としての己を優先するか。

閻魔は選択を迫られた。その結果については言うまでもないよね?」


 閻魔は一度、裁定者としてそれは人の罪であると龍神を見逃した。

 その時点で私人として龍神に手を出す権利はなくなった。

 であれば子供らを裁く権利はどこにもない。

 子供らが罪を犯したのは裁定者としての閻魔が原因の一端なのだから、それを閻魔として裁くなど筋が通らない。


「唆した政府の人間。因習を甘受した村人なんかは裁きを受けてるだろうけど子供たちはノータッチ」


 普通にやり直しをさせてるんじゃない? と詩乃は言う。


「やり直しって?」


「もう一度人生を――ようは転生だね。閻魔の性格からして便宜を図ると思うよ。

具体的には恵まれた環境に生まれるようにってね。裁判を受けるのはその生が終わった後。

普通に生きたのなら天国へ。そうじゃないなら贖いのために地獄へ。

何にせよ威吹の懸念は皆無じゃないかな。それでも心配なら一度、会いに……いや、向こうから来るか」


 閻魔にとってあの村の因習と犠牲になった子供らは自らの罪でもある。

 因習を破壊し子供らに救いを与えた威吹には恩がある。


「折を見て、正式に感謝の言葉を伝えに来るんじゃない?」

「……俺は俺のやりたいようにやっただけなんだが」

「だとしても、だよ。あの人、律儀だから」

「困るな。つか、閻魔的に俺ってアウトだと思うんだけど」


 反省はこれっぽっちもしちゃいないが、自らの行状を客観視出来ないわけではない。

 閻魔からすれば目障りな存在であろうことは確実だ。


「それはそれこれはこれ。白黒ハッキリしてるから感謝を伝えに来る場で妙なことはしないと思うよ」

「……そ、それに……威吹くんは悪いことばっかりしてるわけじゃありませんし」

「いやあ、自分で言うのも何だけど悪いことしかしてないと思うよ? それより、閻魔の話はこれぐらいにしよっか」


 煩い事が消えたのなら好奇心を満たさせて欲しい。


「日本だけじゃなく他の国のあの世事情についても聞かせてよ」

「う、うん……じゃあ、まずは私の地元から……」


 数時間ほど、ハデスによるあの世講座が続いた。

 そして一息入れるためお茶をしている時のことだ。ハデスが切り出した。


「……こ、小耳に挟んだんですがど……近い内に京都に旅行に行くって……」

「え? ああ。そうだね。無音のスケジュールに空きが出たら行くつもりだよ」


 終業式の日に話した通り、詩乃と無音の三人で京都を満喫するつもりだ。

 GWに行けなかったところを回り尽くす予定で今からワクワクが止まらないとニヤついていた威吹だが、


「……」


 ハデスの何かを期待するような視線。

 ちら、ちら、ちら、と三回もちら見された。


「……は、ハデスも行く?」

「え、良いんですか? と、友達からのお誘い……う、嬉しいなあ」


 威吹は思った。グイグイ来るコミュ障だなあ、と。


(機会があれば雨宮を紹介してあげよう。あっちもアレだし、存外気が合うかも)

よければブクマ、評価ポイント等、よろしくお願いします。


ハデスくんは好感度稼いで絆レベルが上がると

髑髏面の下の素顔を見せてくれます。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、ハデスはイケメンだろうな、ゼウスの兄弟だし
[良い点] 志乃ちゃんや子供達も元気(?)そうで良かった まぁ、死が救いってのもどうかと思うけど、浄土宗辺りだと死は救いだから、閻魔様が救いの神なのは、多分正解なのかな。 ハデスさんのキャラクター …
[一言] ハデスくん高感度で再臨しちゃうんですねえ
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