お迎え
自分では気づかないうちに、深い森の中を歩いていた。
足元はどこまでも青々とした苔に覆われているため、さっきから大きな樹の幹に手を添えてつかまりながら、無様にすべって転ばないように気をつけている。ざらついた樹の肌を触りながら顔を上へ向けると、鬱蒼と繁った葉の隙間から茜色に暮ゆく空がチラチラと見えていた。
背が高い樹だなぁ、何メートルあるんだろう。
樹の根元には色んな葉の形をしたシダが茂っている。
ここってなんだか、原始の森みたい。以前、旅行で行ったケアンズの森を思い出す。
でも……『私』ってなんでこんな所を歩いてるんだろう?
ギャッ ギャー チュクチュクチュク
どこからか生き物の鳴き声が響いてくる。羽虫もたまに目の前を横切って飛んでいく。命が豊かな森のようだ。
森の清浄な湿った空気を吸い込むと、また歩き始めることにした。
いつもの自分だとこんなところを独りで歩いていることを不安に思うはずなのに、なぜか不思議と落ち着いている。落ち着くというより安心しているといったほうがいいだろうか? 遥か昔にここに来たことがあるような気もしているのだ。
風がサヤサヤと吹いてきた。
ホッと息をついて森の奥を見ると、暗い樹々の間を縫うように蛍の光がふわりふわりとこちらに飛んでくるのが見えた。
へぇ~蛍か……綺麗だなぁ。
あれ? でも冬なのに蛍の光が見えるのって、おかしいよね。
ところがおかしいことはもっとあった。
この光が話し始めたのだ。
「お疲れ様です。永久の森にお帰りなさいませ。ご案内しますね、こちらへどうぞ。」
どうもこの光は蛍ではなかったようだ。
光は目の前でくるりと向きを変えると、先導するように森の中を進み始めた。
ついて行けば、いいのよね……?
提灯持ちに案内される気分で、『私』はまたすべりやすい苔の上を、ゆっくりと歩き始めた。