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第九話 フローリングの肉球スタンプ

 日は既に落ち、目下には街明かりが煌々と輝いている。


 チャラ


 ボッティは管理人から受け取った鍵を取り出し、扉を開けた。


「ひろーい!」


 ラキャが土足のままフローリングに上がる。


「待った、ラキャ。ここでは靴を脱ぐんだ」

「そーなの?」


 ボッティは荷物を運び入れながら、ラキャを慌てて止めた。

 そう言うボッティは、今は素肌に革ジャンというパンキーな格好ではなく、ごく一般的なジーンズにシャツという普通の格好になっていた。

 ラキャは靴を脱ぐと、部屋の中に走っていった。

 ラキャはもとから普通の格好だったので、格好は変わっていない。


「きれーい! たかーい! やわらかーい!」


 左から部屋の中の感想、窓から街を見下ろした感想、ソファーに飛び込んだ感想だ。


「あんまり汚してくれるなよ。先に風呂に入るぞ」


 廊下には、ペタペタとラキャの肉球の跡がついている。

 油汚れ土埃etc.だ。


「おふろ?」

「温かいお湯に浸かるんだ」

「………しらない」

「………そう言えば、ラキャは風呂に入った事が無かったな」


 スラムで風呂に入ることはない。

 水で濡らしたタオルで身体を拭く程度だ。

 ボッティは29年、そうして暮らした。


 2人は余り動き回らないようにして、リビングでしばらくくつろいでいた。

 ピロピロリーン、とお湯が貯まったと知らせるメロディーが流れた。


「べんりだね」

「ああ。スラムが不便すぎたんだ」

「おっふろ、おっふろ♪」


 ラキャはオリジナルソングを口ずさみながら風呂場にスキップしていった。


「だから足跡をつけるなと………」


 ボッティは後で掃除する事を決めた。






「あったかあああい」

「ほら、目つぶってろ。シャンプー入るぞ」

「ほい」


 バスルームは3畳ほどの大きさで、一般的な広さだ。

 ラキャがぐゅと目を力いっぱい閉じた。

 ボッティは長い毛を掻き分けるようにして、隠れているシラミをとりだしていく。

 ボッティはラキャの背中を見る。

 毛に隠れて見えづらいが、肌にはひどいミミズばれのような物がいくつも浮かんでいる。

 鞭で打たれた形跡だ。

 ラキャは覚えていないようだが、酷い扱いを受けていたようだ。


「流すぞ」

「ん」


 ボッティは仕上げのリンスを馴染ませ終わると、手桶を使いラキャに付いた泡を全て流した。


「先に入って温まってろ」

「はーい」


 ラキャは初めての湯船に足先をつけた。

 一瞬引っ込めたが、もう一度つけ、足首まで入れ、膝まで入れ、最後には肩まで浸かった。


「はああああああ」


 ラキャが大きく長く、気持ちよさそうなため息を吐いた。


「おふろきもちいいいい♪」

「だろ? まあ、風呂は俺も最近知ったばっかりだけどな」


 ボッティは全身を洗い終えると、同じように泡を流し、ゆっくりと湯船に入った。


「おとーさ、あらうのみじかい」

「毛が短いからな。お前は長くて大変だよ」


 ボッティも肩まで浸かろうとしたが、どうしても膝と肩が出る。

 いくつか姿勢を試そうとも思ったが、ラキャがいるため断念した。


「おとーさ。きもちいーね」

「ああ、気持ちいいな」


 ゆっくりと、時間が流れる。

 ボッティは今日1日の出来事を思い出した。







 カッレーがメモと共に残した金色の塊がきちんと金塊だったおかげで、ボッティとラキャは超都市の壁をあっさりと通過する事が出来た。

 その後、超都市内で無事金塊を換金する事が出来た2人は、市役所へと向かった。


「ほくほくだねー」

「ああ。盗まれなければいいが……………」


 普通大金を換金した場合は銀行の口座に送るのだが、口座は街の住民しかもてない。

 口座を持たないボッティは、バッグの奥底に700万もの大金を入れている。

 住民になるためには、街に入るよりも多い財産の提示が必要になるが、700万もあれば大抵の物事は解決できる。

 ボッティとラキャは市役所に入っていった。


「並んでるな」

「ひとがいっぱい」


 市役所は混んでいた。

 ボッティは整理券を一枚機械から取り、待合室の椅子に座った。

 隣にはラキャがちょこんと座った。

 2メートルを越える大男と小さい少女が並んで座っている姿は異常で、市役所内の人々の視線をしばし集めた。


「しばらく待つことになると思うから、本でも読んでろ」

「はーい」


 ラキャはバックから一冊の絵本を取り出した。

 炭鉱で働く少年が、ある日突然空から降ってきた少女と共に冒険する物語だ。

 ラキャはそれを声に出して読み始めた。


「むかーしむかしっ!」

「あっ、ちょっ、ラキャ」


 冒頭の6文字でボッティが止めた。


「なーに?」

「こういった場所では大きい声を出してはいけない。静かに」

「しずかにー? じゃあおとーさよんで」


 ラキャがボッティに本を差し出した。

 親子なのか!? といった視線が集まる。


「俺?」

「おとーさがよんでくれたほうがおもしろい」

「………わかった」


 ボッティは低く、小さく、そして優しい声で、絵本を読んだ。

 周りの視線が、本当に親子だったんだ、という視線になり、仕舞いには子のために絵本を読む父親に温かい目が向けられ始めた。

 2メートル越えの大男が絵本を朗読するという光景に、ギャップを感じる可愛さもあっただろうが。


 物語が終盤に差し掛かった時、ボッティの番号が呼ばれた。


「そこで、大きなロボットが………」

「どきどき」

『43番でお待ちのお客様ー。5番窓口へ起こしください。43番でお待ちの……………』

「呼ばれたな。一旦中断だ」

「えー、あとちょっとー!」


 ラキャがイヤイヤと首を振る。


「後で読んでやるから」

「やだ! いま!」

「…………………」


 ボッティはラキャを持ち上げ、小脇に抱えて窓口に向かった。


「はーなーしーてー!」


 ラキャがジタバタと暴れ、ボッティの背中をバシバシと叩く。

 その時、すれ違った青年とぶつかった。


 ドンッ


「おっと、ごめんなさい」

「ああ、すまない」


 ボッティはそのまま窓口の女性と向き合った。

 窓口の女性はほとんど見上げるような形になっている。

 ラキャは相変わらず暴れている。


「43番だ。住民登録をしに来た」

「じ、住民登録ですね。しばらくお待ちください。フィールドの方ですよね?」

「ああ」

「おとーさ、おろしてー!」

「……………では、この用紙に名前を書いて頂きます。先に財産の提示をお願い出来ますか?」

「分かった」

「ううー…………………」


 ラキャは途中から諦めたように静かになった。

 今は足をぷーらぷらさせている。


「…………………ん?」


 ラキャを小脇に抱えたまま、ボッティがバックを漁っていると、先ほどまであったはずの札束が無くなっていた。

 ボッティは先ほどぶつかった青年の顔を思い出す。

 他の犬種よりも首と耳が長いダックスの青年。


「……………あの男か。しばらく娘を頼む」

「え、ちょっと!?」


 ボッティはラキャを受付の女性に持たせると、市役所を文字通り飛び出していった。

 後にはラキャと受付の女性だけが残された。






「はあっ、はあっ、はあっ」


 茶色い毛のダックスの青年は、札束を胸に抱きかかえながら街中を走っていた。


「へ、へっへへ。こ、これだけあれば足りんだろ。ひひひっ。わ、悪く思うなよ。し、死にたくねえんだ。ひ、必要なんだよ。お、俺は悪くない。俺は悪く」


 突然、青年の後頭部が鷲掴みにされ、地面に叩きつけられた。

 高い鼻が石のタイルに激突し、鈍い音が響く。


「ぶがげっ!?」


 青年は何が起きたか分からず、受け身も取れずに無様に地面に転がった。


「ばっ…………が…………!」


 鼻からは血がドバドバと出ている。

 青年が鼻先を抑えながら激痛に悶えていると、大きな手に襟首を掴まれ、引き寄せられる。


「盗みは犯罪だろ?」


 その低い声は、多大な怒気を含めていた。

 青年が涙が浮かぶ目を開けると、まさに目と鼻の先に先ほどすれ違った男がいた。


「ば、お、お前っ、な、な」

「どんな事情があるかは知らないが、金を返して貰おうか。あれは俺と娘の未来だ。分かるか? おい、分かってんのか!?」

「ひいっ……………」


 ボッティが襟首を掴む手に力を入れる。


「が、がえじますっ。がえじますからころざないでくださいっ!」


 青年は震える手でボッティに札束を渡した。

 ボッティは札束を奪い取ると、襟首を掴んでいた手を離した。

 青年の頭は重力に従い石畳にぶつかった。


「い、いでえ、よお」


 青年は後頭部を抑え、うずくまった。

 青年はボロボロと涙を流している。

 ボッティは服に付いた埃をはたき、周りをみた。

 たくさんの視線がボッティにと注がれている。

 遠くからはサイレンのような音も聞こえてくる。

 見物人の中の誰かが警察に通報したようだ。


(しまった。目立ちすぎたな…………面倒なことになりそうだ)


 ボッティは青年を見下ろし、ため息をついた。

回想が予想以上に長くなりました。

次回で終わります。

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