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第八話 誰かから教えて貰った呼び名

 ラキャがボッティの娘になり、早3ヶ月。

 ラキャは驚異的なスピードで学習していった。

 いや、無くしていた分を思い出していった、と言うべきか。


「にわとりさ、おはよ!」

「ココココ……………」

「はとさ、おはよ!」


 バサバサバサ…………………


 可愛らしい声が家の中に響く。


「おとーさ、おはよ!」

「ああ、おはよう」


 ラキャはボッティの返事を聞くと、嬉しそうにくるくると回った。

 ラキャは既に日常の会話が出来る程度まで言葉を覚えていた。

 ボッティがスラムの街の色々なところに連れていき、経験値を積ませたのだ。


「うふふー」

「嬉しそうだな」


 ラキャは回転を止めると、ボッティに向かって言った。


「だってー、きょうはおとーさといっしょにおひっこしするんでしょー。たーのしーみだもーん!」

「そうか。楽しみか」


 ラキャがこんなに喜んでいる理由、それは引っ越しだ。

 彼女はその言葉の意味を深くは理解してはいないようだが、取りあえず喜んでいるようだ。


 ここ(スラム)は、ラキャにとって危険すぎる。

 だから、ボッティは生まれ育ったスラムを離れ、超都市に移住することを決意した。

 もとより、ここの生活は不便だし、もうここに留まる理由もない。

 ボッティの胸ポケットには、今も金塊が入っている。

 この金塊があれば、超都市に入り、住むことができる。

 ちなみに、スラムのボッティの仲間が鑑定したところ、本物であることが判明した。


 ボッティがしゃがんで腕を広げると、ラキャはその腕の中に飛び込んでいった。

 ボッティはラキャをそのまま抱き上げた。


「おとーさ、あったかい!」

「暖かいか。じゃ、下ろすぞ」


 ボッティはラキャを一回下ろし、荷物を背負った。


「もっとだっこー!」

「これから引っ越しだぞ?」

「それでもだっこー」

「分かったよ」


 ボッティはもう一度ラキャを抱き上げ、ラキャが満足するまで遊具のように振り回した。


「きゃっきゃ!」

「ふう………満足か?」

「まんぞく」

「良かったな」


 ボッティは背負っている荷物を見た。


(俺が過ごした29年間……………こんなにも軽かったのか…………)


 荷物は、ほとんど無いと言っても良い。

 余った缶詰めと、他の生活用品が細々と入ってるだけだ。

 それに比べ、ラキャの荷物は多い。

 小さなバックの中には、何冊かの絵本と、ラキャが一抱えするほどの大きさの熊のぬいぐるみが入っている。

 どちらもラキャが自分で持つと言って聞かなかったので、ラキャが一生懸命背負っている。

 ちなみに、バックもろもろのアイテムは拾い物か交換物なので、少し薄汚れている。


「これにのるの?」

「ああ。バイクって言うんだ」

「ばいく」


 2人は、あまり綺麗とは言えないバイクの前に立っていた。

 このバイクは、この3ヶ月でボッティが物々交換をして手に入れた物だ。

 水のみを燃料として動く事ができる画期的なバイクだが、最大時速が遅く、排気音がうるさいので余り人気が出なかった。

 今は電気で動くバイクが主流だ。

 ボッティは燃料が水ということと、自転車に比べれば速いと言うところからこのバイクを選んだ。


「あんた、もう行くのかい?」


 いつの間にかに、リリナが2人の後ろに立っていた。


「りりな!」

「ああ。準備が整ったからな」

「寂しくなるねえ」


 リリナは笑いながらも、悲しそうな顔をした。


「あんたは別に良いけど、ラキャちゃんがいなくなっちゃうっていうのはね」

「そうか」

「これからひっこしなんだよー」

「ラキャちゃんは、いつ見ても可愛いねえ」


 リリナはしゃがみこみ、ラキャの頭を撫でた。


「うふふー」

「ああ、あっちに行っても、元気にしてるんだよ」

「うん!」


 リリナの言葉に、ラキャは元気いっぱいに頷いた。

 リリナはラキャを撫で続ける。


「本当に…………………元気で……………」

「りりな? どうしたの?」


 リリナがラキャから顔を逸らし、目元を手で覆い隠した。

 ラキャが心配そうにリリナに話しかけた。


「………いや、なんでもないよ。ただ、目にゴミが入っただけさ。元気でいるんだよ」

「うん! またね!」


 ボッティは、リリナの指の隙間から、一滴の水が地面に落ちたのを見た。

 目元を拭ったリリナは、満面の笑みをラキャに向けた。


「じゃあね」

「りりなこそ、げんきでいてね!」

「……………そろそろ出発するぞ、ラキャ」

「はーい」


 バイクにまたがったボッティはラキャを抱き上げ、自分の股の間に乗せた。

 落ちないようにお手製のベルトをラキャの前で締める。

 ボッティがエンジンを掛けると、ドゥンという音と共にバイクが振動し始めた。

 その音で、何人かスラムの住民が目覚めたようだ。


「早く行かないと、面倒なことになりそうだな」


 ボッティは最後にもう一度ラキャのベルトを確認した。


「わくわく」

「じゃあ、元気でな、リリナ」

「あんたもね」


 ボッティがバイクのストッパーを跳ね上げ、地面を蹴る。

 バイクがゆっくりと発進する。

 ラキャはリリナな向かって手を降っている。


「ばいばーい!」

「ばいばーい。元気でねー」


 砂埃を上げながら、2人はスラムの街を去っていった。

 バイクが見えなくなると、リリナは振っていた手をゆっくりと下ろした。


「行ってしまったな………………………」


 ボッティの仲間が、ようやくリリナの元にきた。

 ボッティの金塊を鑑定したヨークシャーテリアの青年だ。


「あー! もしかして、ボッティの兄貴もう行っちゃいました?」

「ああ、行ったよ」

「くっそー、あの人いっつも突飛だからなー……………」


 そのとき、何の前触れもなく、リリナの目から涙が溢れた。


「……………行っちまったよ………ううう、ラキャちゃん……………」

「リリナの姉貴?」


 ボロボロと、とめどなく涙が地面に落ちる。


「……………ううう、あああああ…………………」

「姉貴…………………」


 ヨークシャーテリアの青年は、ただ、泣き崩れるリリナを見ていることしか出来なかった。

 明け方のスラム街には、リリナの泣き声だけが響いていた。






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