第七話 心といっしょに缶詰め開けた
少女がボッティの娘になり、早一週間。
既に5才という事もあり、記憶を失いながらも、少女は着々と物事を覚えていった。
「わう…………っ!」
カキュッ、と音がして、缶詰めが開いた。
少女が自分の力だけで開いた初めての缶詰めだ。
スプーンを使ったてこの原理で開けたのだが、流石に非力な少女に缶詰めを何の道具もなしに開けさせるのは至難の業だろう。
「わうわう!」
「良かったじゃないか。良くできたぞ、ラキャ」
「わう!」
ボッティは少女を褒めた。
ラキャというのは、呼びやすいようにとボッティが考えた名だ。
ラキャはとっくのとうにボッティへの警戒を解いており、今では一緒に寝ることも出来る。
というより、2人は5日前から毎日一緒に寝ている。
ボッティのそばにいる方が安心すると思ったのか、常にぺったりくっつくようになってしまった。
ラキャは、まだグー持ちではあるが、スプーンを持ってご飯を食べる事を覚えた。
食事を終えた後はいつもの特訓だ。
「らあ!」
「ラキャ」
「ら、くあ」
「ラキャ」
「らくぁ!」
言葉を発音させる特訓だ。
一週間のスラム生活で、少しのヒアリングは出来るようにはなったが、いまだにラキャが発する音は「わう」や「くーん」といった声だ。
ようやくここまでの発音が出来るようになった。
まずボッティは彼女の名前と、ボッティの名前を覚えさせる事にした。
「ボッティ」
「おーあ!」
「違う。ボッティ」
「おーさ!」
「…………………」
なぜかボッティという名前を覚えさせる時だけはこのような発音になる。
実はリリナがボッティのことを「お父さん」と教え込んでいるのだが、ボッティはその事を知らない。
「おや、また発音練習かい?」
「りりな!」
「完璧…………」
ガラスのはめられてない窓からリリナが顔を覗かせた。
相変わらずタバコを吸っている。
ボッティは自分やラキャ自身の名前より先に、リリナの名前を完璧に発音出来るようになってしまったことに頭が痛くなった。
「言葉ばっか教えたって、心は育たないよ。遊びも教えないと」
「遊び……………リリナは、なにか知ってるか? 俺は知識不足な物でな」
リリナはズボンのポケットから六面のダイスを2つ取り出した。
「チンチロリンとか」
「賭け事を教え込むな」
リリナは少し考え、思いついたように言った。
「凄い楽しい遊びが有るんだが、これは私とラキャちゃんでしか出来ないな」
「どんなやつだ?」
「貝合わせ」
「止めろ」
ボッティが即答で止めると、リリナが意地悪く笑った。
「あんた何考えたんだい? ただ貝殻のペアを探す遊びだよ?」
「……………それ俺とラキャでも出来るだろ。それに肝心の貝殻はどこに有るんだ」
「無いよ」
「無いのか」
リリナと関わるとつくづく疲れると、ボッティは思った。
結局、リリナから教わったまともな遊びは、ボウルのように底が丸い土台に順番にゴミを置いていき、先に崩した方が負けというバランスゲームだけだった。
「あー、あたしの負けだ。ラキャちゃん強いねー」
「りりな!」
途中何度かラキャが負けそうになったが、リリナがわざと自分のターンで崩したのだ。
「……………これ、面白いのか?」
「本人が楽しんでりゃ、何だっていいんだよ」
「らくぁ!」
リリナが、からからと笑った。
その夜。
人工的な灯りがほとんど無いフィールドの星空は、澄んでいた。
青い月の明かりがスラムの街を照らしていた。
「おーさ!」
「ああ、今日も一緒に寝るか」
「わんわん!」
ラキャはボッティの懐に飛び込むようにしてベッドに入った。
敷き布団も掛け布団も、余り柔らかくはないが、無いよりは全然暖かい。
少女はボッティの胸に顔をうずめると、すぐに寝息を立て始めた。
ボッティはラキャの寝顔を見た。
警戒のひとかけらもない、安心しきった寝顔だ。
思わず、ボッティの表情が緩んだ。
「あんたやっぱりロリコn」
「なんでいるんだよ」
聞き覚えのある声が聞こえ、その方を向くと、火の付いていないタバコを咥えたリリナがいた。
「俺は幼女趣味なんて無い」
「それにしては、嬉しそうに笑ってるじゃないの」
リリナはそう言いながらタバコに火を付けた。
小さく灯った火は、すぐに消え、後には弱々しく光る赤い光と煙が残った。
「これは……………………幸せだからだ」
ボッティが傍らに眠る少女を見ながら、答えた。
リリナはそれを聞き、星空を仰いだ。
「幸せねえ。あんたが笑った姿を見たの、何年ぶりかねえ……………」
「さあな」
リリナは星空に向かって煙を吐き出した。
煙はゆっくりと天に登り、空気に溶けて消えた。
「寝る」
「そうかい。お休み、ボッティ」
「お休み、リリナ」
細かい日常などは、落ち着いた頃に番外編で書きたいです。
感想お待ちしてます。