第六話 初めての朝
「……っ!」
ボッティは固いベッドの上で飛び起きた。
「く……頭が痛いな………」
一度眉間を指で押し、辺りを見回す。
毎朝寝起きしている、スラムのボッティの自宅だ。
天井はかろうじて雨のしのげるトタンの屋根。
壁は隙間だらけ。
窓ガラスは無い。
30年前までは普通の家だった所だ。
「夢………では無いな。昨日の出来事は……」
超都市に行き、奴隷の少女を貰った。
それが夢ではない事は、ベッドに鎖で繋がれている少女自身が証明している。
「すう………すう………」
少女は床で丸まり、寝息を立てていた。
ボッティはそれを見て、少しほっとした気分になった。
ボッティは朝食を用意するため、台所に行った。
と言ってもコンロや冷蔵庫は機能していないため、ただの食糧置き場になっている。
「ん? なんだこれは?」
ボッティがいくつか缶詰めを目星していると、机の上にメモと金色に光る塊が置かれているのが分かった。
メモを見ると、少し汚い字でこう書かれていた。
《餞別っす。これでなんかうまいもんでも食うっす。本物の金っす。 カッレー》
それはあのチャラいカッレーからのメモだった。
「金だと?」
隣に置かれていた塊は、手に取るとずっしりと重く、大きかった。
もしこれが全て本物の金ならば、軽く一財産になるだろう。
うまいもんとかいうレベルではない。
車が2、3台買えてしまう。
そして、もしこれが本物の金ならば、超都市に入るための通行証を手に入れられるほどの財産だ。
「あいつはなんでこんな物を…………」
ボッティは金(かもしれない)塊を無くさないように革ジャンの胸ポケットに入れ、少女の眠る寝室へと缶詰めを運んだ。
「………!」
「ああ、起きてたか。飯にするぞ」
ボッティが寝室に戻ると、少女は日の光を浴び、起きていた。
「うー、ぐるうう」
「そう怯えなくても良い。俺はお前を傷つけない」
ボッティが少し力を入れると、カキュッ、という音をたて、サバの缶詰めが開いた。
ボッティは少女の前の低い机に缶詰めを置いた。
「食え」
「うううう、ううう」
少女はボッティから目線を離さないように、ゆっくりと机に近づいた。
その動きは、まるで野生の動物のようだった。
「歩き方も忘れたのか………」
少女は缶詰めの近くですんすんと鼻をならし、少し舐めた。
ピチャ………ペロ、ペロペロ、ピチャピチャ
一度舐め、味を確かめるとその後はがっつくようにして食べた。
ピチャピチャ、はむ、がぶっ、びちっ、がぶ、はむはむ、ごっくん
手を使わず、口だけで食べた。
少女はあっという間に一缶を食べきってしまった。
「うまかったか?」
「………ううー」
少女はまだボッティの事を警戒しているようだが、さっきよりは少しだけ距離感が縮まった気がする。
「言葉が分からないのは問題だな………後から教えなければ」
ボッティはそう言いながら、新しい2つの缶詰めを開けた。
1つは少女の分、1つは自分用だ。
「というかスプーンを使え。ほら、これだ」
「っ! がうううう………」
ボッティがスプーンを渡そうとすると、食べ物を奪われると思ったのか、少女は缶詰めを口に咥え食卓から後ずさってしまった。
「別に取らないぞ。ただ口だけで食べるのはよせと言うことだ」
「うううう、がううう」
「分かってくれないか………」
苦労しそうだ、とボッティは思った。
ちょうど朝食を食べ終わった頃、家の扉が叩かれた。
少女はその音に驚き、物陰に隠れてしまった。
ボッティが出ると、扉の外にはラブラドールのリリナがいた。
「どうした、リリナ」
「あら、あんた無事だったの。昨日黒塗りの高級車につれてかれたからそのままバラされたかと。あんた昨日の夜、大男に引きずられて戻ってきたじゃないの。何やってたんだい?」
「ああ。朝起きたら家に帰っていたのはあいつが俺を運んだからか」
ボッティは心あたりがあった。
大男といえば、ナガルしかいないからだ。
あの時気絶したあと、なんと丁寧に自宅まで帰してくれたのだ。
「まあ、昨日あの後いろいろあってな」
「へー。その女の子とかかい?」
リリナのその言葉でボッティが振り向いた。
すると、柱の影から2人を覗いていた影がぴょこっ、と引っ込んだのが見えた。
少女だ。
「あー、昨日あいつを助けた礼で奴隷を一人貰ったんだ」
「なるほどねー。なるほど。だからあんた………あー。それなら辻褄が行く」
リリナはうんうんと頷き、ひとりで勝手に納得している。
「あんた、女の身体に興味が無いのって、まさかロリk」
「断じて違うからな。というかお前もか」
即答だった。
ボッティは本当に女児に興味があるとかそんな事はいっさい無い。
「『も』って、ほかの奴にも言われたのね」
「あと2人程な」
リリナは柱の陰に隠れている少女を見た。
「下心無しに、割と可愛いね。あんた、この子を性欲の掃き溜めにしないっていうんなら、何のために連れてきたんだい? この子はあんたの何なんだい?」
ボッティは少女を見た。
リリナに対し、敵対心をむき出しにする記憶を失った少女。
「こいつは…………」
ボッティは、少し考えて、言った。
「こいつは、俺の娘だ」
その朝は、少女がボッティの娘になった、初めての朝だった。
ちょくちょく変なところや表現はなおしていきます。
寝ぼけながら書いている時もあるので、翌朝必死に直してます。