表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第五話 それでも拳のリーチは短い

「……俺が知らないとでも? 奴隷の売買は確か………」

「違法ですね」


 何の悪びれもなく、クゼイが応えた。


「何人いるんだ」

「そうですね。63……いえ、昨日も1人死んだので62ですね」


 死んだ。

 ボッティはその言葉を聞き、鼻を利かせる。

 スラムと同じ匂い。

 スラムでは、衛生環境がなってないためよく病気で死人が出る。

 つまり、ここも病気で死人が出たのだ。

 ボッティは一つのショーケースを覗いた。

 ショーケースは一辺3メートル程の正方形の部屋だ。

 壁と床は白一色で、薄いシーツと簡易的なトイレ以外は何もない。

 隅の方に、1人の男がうずくまっている。

 服装は白い薄い服だけを着ており、毛並みは悪く、とても清潔とは思えない。

 また、首には鎖に繋がれた首輪が付いている。


「礼というのはまさか………」

「俺が奴隷を1人買ってあげるっす。好きなのを選ぶっすよ」

(………なるほどな)


 ボッティは思った。


(完全に物扱いだ。こんなに発展した都市でも、奴隷というものが存在するのか)


 ボッティは沢山並ぶショーケースを1つ1つ覗いていった。

 ちなみに、スラムでは奴隷が無いことは無いが、売買はほぼされない。

 する意味が無いからだ。

 奴隷を買うより、その日を生き抜く食糧を買った方が得だからだ。

 それでも快楽や娯楽の為に売買する者はいる。

 食糧だけでは満たされぬ物も有るようだ。


(俺はそんな事はしないけどな)


 女に関心の無いボッティには関係のない事だった。


「特に欲しい奴隷というのはいないな」


 クゼイがほう、と面白そうに言った。


「この女の奴隷もですか?」


 クゼイがショーケースをトントンと叩くと、隅で寝ていた女がガラスに寄ってきた。


「ああ…ご主人様……私を……買ってェ」


 女は口からよだれを垂らし、ボッティを見つめている。

 その目に光は宿されてなかった。


「こいつは既に理性が壊れてましてね。とっても扱い易いですよ。もし、こいつにするならあなたが8番目の主人ですよ」


 扱い易いと言ったとき、クゼイが嫌らしい笑みを浮かべた。

 ボッティはため息をついた。


「残念ながら、俺はそいつを買ったとしても養う金はないし、俺は女に興奮しない性分でな」

「ほう。では男の奴隷を目星……」

「違う」


 ボッティはクゼイにも勘違いされ、もう一度大きなため息をついた。


「帰る。礼はいらない。俺はもうこんな所には一秒だって居たくないんだ」

「ちょ、ボッティ。せっかくだし、もう少し奥まで見てってくださいっす」

「いい」


 ボッティが帰ろうとしたときだった。


「……うん?」


 視界の端に、小さな何かが見えた気がした。

 ボッティはそっちの方向に目線を向けた。

 先程通り過ぎた時には何も無かったように見えたショーケース。

 よく見れば、白黒の小さな毛玉のような物が部屋の隅に丸まっていた。

 それは、ガリガリにやせ細った子供のドーギニアだった。

 白の地に黒い模様。

 ショーケースの説明文には、「キャバリア:5才 女」と書かれている。


「おい、こんな子供までいるのか!?」

「おや、目の色が変わりましたね」


 クゼイが嬉しそうに言った。


「あんた、まさかそんなロリコ………」

「違う!」


 カッレーの言葉にボッティが吠えると、少女がびくりと震えた。


「生きてはいるか………。おい、聞こえるか?」


 少女は返事をせず、ただただ震えるだけだ。


「言葉は通じませんよ」

「なんだと?」

「その少女は2ヶ月前に海外から入荷した、と言うのもありますが、運ぶ途中に従業員の不注意で頭をぶつけてしまいまして。それまで言葉を話していたのが、言葉を忘れたようにただ吠えたり唸ったりするだけになってしまいました」


 ボッティはその少女を見た。

 ここの環境は劣悪だ。

 このままここにいれば、この少女は死ぬか、他の主人に買われるだろう。

 他の主人に買われたら、先程の女のようになるのだろうか。

 それだけは、許せない。

 ボッティは何かを決意したように頷き、クゼイに言った。


「こいつにする」

「これはこれは。分かりました。ではカッレーさん。お支払を」


 クゼイが電卓を取り出し、カタカタと打ち、カッレーに見せる。

 カッレーはその数字を見てしばらく考えた後、電卓を受け取り、カタカタと打った。


「こうまからないっすかね」

「そんなには無理ですよ。せめて…………」


 クゼイは電卓を受け取りカタカタと打つ。


「こうで」

「あと一息」

「さいですか」


 クゼイはもう一度電卓に数字を打ち込んだ。


「これ以上はビタ一文まかりませんよ」

「じゃあそれで」


 奴隷の値段の交渉をしたらしい。

 2人とも満足した顔をしている。

 カッレーはズボンのポケットからキャッシュカードを取り出すと、クゼイが持つ電卓にかざした。

 これで支払いは成立だ。


「まさか、このような欠陥品を選ぶとは………」


 クゼイがショーケースの扉を開けながらそう呟いた。


「さあ、来い」


 クゼイが近づくと、少女はうなり声を上げ、威嚇をする。

 しかし、耳は伏せられ、尻尾は股の間にくるまれている。

 怯えている。


「うー、うううー」

「さあ、来い。お前の主人が決まった」


 クゼイが壁から鎖を外し、少女を引っ張る。

 少女は吠えながら抵抗する。


「わん、わんっ、わうう」


 クゼイは少女をゴミを見るような目で見下し、ため息をついた。


「さっさとしろ!」

「なっ………!」


 ボッティが怒りを込めた声を上げた。

 クゼイが無理やり鎖を引き寄せた事で、少女が転んだのだ。


「きゃんっ!」


 少女は肩を地面に打ちつけ、うずくまった。

 少女は自分を抱きかかえるようにして、震えていた。


「早くしろ。でないと………」

「やめろ!」


 クゼイが更に鎖を引っ張ろうとしたとき、ボッティが2人の間に割って入った。


「貴様、いい加減にしろよ………」

「おっと、そうでした。もうあなたの物でしたね。ついいつもの癖で手荒く扱ってしまいました」


 クゼイはうっかりしたというように言うと、鎖の端をボッティに渡した。


「大丈夫か?」


 ボッティは膝を付き、少女に手を差し出した。

 少女は耳をぴくりと反応させ、顔を上げてボッティが差し出した大きな手を見た。

 しかし、彼女はすぐに顔を下げてしまった。


「だよな………」


 ボッティはゆっくりと立ち上がった。


「やっぱりロリk」

「違う」


 カッレーが言った事を即座に否定するボッティ。


「ここのことは口外無用、ですからね。分かっていますか? もし通報でもしようとしたときは、命が無いと思ってください」

「分かってる」


 クゼイが最後に警告をした。


「じゃあ、帰らせてもらう」

「ああ。ちょっと良いですか?」


 何か良いことを思いついた、と言うようにクゼイが言い出した。


「その少女は、まだシンピンなものでしてね」


 ボッティは動かない。


「まだ何の開発もしていないため、至らぬところがあるかもしれません」


 ボッティの拳に力が入り、額に青筋が浮き上がる。

 カッレーがボッティから立ち上るオーラに気づき、止めにはいろうかどうしようかと迷っている。

 クゼイは表情を変えず、さも当たり前のように続ける。


「ですので、もし面倒なようならば私が先に開発を…………」

「いい加減にしろ!」


 ダンッという音を立て、ボッティが踏み込む。

 握られた拳は真っ直ぐにクゼイの顔に突き刺さった。

 ように見えた。


「やれやれ。手荒いですね。開発を望まないならそうと口頭で言って下さればいいですのに」


 だが、貧しいスラムと裕福な超都市では、摂取出来る栄養が違う。

 ボッティの怒りの一撃は、ナガルにいとも容易く止められてしまった。


「ナガル、お帰り頂きなさい」

了解(ラジャ)


 ナガルは懐からスプレーを取り出すと、ボッティの鼻先に吹きかけた。


「ぐ………ッ!」


 ボッティは2、3歩ふらついた後、大きな音を立て、倒れた。

 ボッティの意識は、闇の奥底に落ちていった。






感想とかくださう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ