第二十六話 Smallest wedding
あけおめ。
なっがながと更新してませんでした。
すいません。
ラキャの妊娠が発覚してから2日が経った。
ボッティが細々の用事を終わらせて玄関前に帰ってきた頃、時刻は既に4時を過ぎていた。
ボッティは疲れていた。
一息付き、ボッティが扉を開けた。
「ただいま」
寝室に行くと、ラキャは寝ていた。
ボッティがカバンを置いた音でラキャが目を覚まし、少し咳き込んだ。
「大丈夫か? 今日は吐かなかったか?」
「うん。一回だけ吐いたけど、もう大丈夫みたい」
ラキャはなんとかといった様子で、ボッティに微笑みかけた。
「………」
「………」
不自然な沈黙が二人の間に流れる。
「ラキャ」
「うん?」
ラキャが力の無い声で返事をした。
ボッティはカバンから一つの小さな箱を取り出した。
「純白のドレスも、豪華なケーキも用意出来ないが、受け取ってくれ」
ボッティは箱の蓋に手をかけた。
ぴょこっ、とラキャの心臓が跳ねた。
どこかで見たことがあるような光景だ。
そう、例えばラブロマンスの小説のような、例えばドラマチックな1シーンのような。
ボッティが蓋を開けると、二つのリングが入っていた。
装飾のない銀色のシンプルなデザインで、埋め込まれたダイヤがキラキラと光っている。
「手のひらに収まるほどの小さな式場ではあるが、誓ってくれるか?」
「………っ………っっっ!」
ボッティからの唐突なプロポーズに両手で口元を抑え、ボロボロと涙を落としているラキャ。
いつかはしたいと思っていたが、いざ目の前に出されると何ともシミュレーション通りには行かないものだ。
シミュレーションのように、抱きついて「はい」と答えることが出来ない。
次から次に涙が溢れ前が見えず、止まらない嗚咽で声が出ない。
ようやく少し落ち着き、ラキャはボッティに目を向ける。
「はい゛………!」
ようやく絞り出した声は鼻声だった。
ラキャはボッティに抱きつき、何度も頷く。
「……解っているとは思うが、これは正式な婚姻じゃない」
ラキャを抱き返しながら、ボッティが言う。
「正式に、世間に認められるような形ではこれからも結婚することは出来ない。言ってしまえば、これはただの口約束だ。それでも……」
「それでも!」
ラキャが叫んだ。
「それでも、約束だよ。誰にも認められなくたって、私とお父さんの約束だよ………」
「わかった」
ボッティはラキャの背中をさすりながら安堵の表情を浮かべた。
「お父さん。指輪、はめてくれる?」
「ああ」
ボッティはゆっくりとラキャを離すと、小さい方の指輪を手に取った。
優しくラキャの左の手を取り、その薬指に静かに通した。
ラキャがそれを見つめ、もじもじとはにかむ。
「………ラキャ?」
「あ、わ、私の番だねっ」
自分の指にはめられたしるしにうっとりしていたラキャは、ボッティの言葉で戻ってきた。
(ずいぶん先まで想像しちゃった)
今ラキャの頭の中にすでに老後があった。
沢山の孫に囲まれて、ほんわかとした老後生活を送っていた。
ラキャはボッティの手を取った。
「大きい手……」
肉球にも手の甲にも、細かい切り傷がたくさんあるラキャよりも大きく逞しい強い手。
「好き」
ラキャはそこに口づけした後、指輪をはめた。
ラキャのより何周りか大きく作られたその指輪は、何の抵抗もなくあるべき場所に収まった。
「これで、もう、夫婦だね」
「いや、まだだ」
不意にボッティがラキャの首に手を回した。
そして、公共の場ではとても出来ないような、深い、深い、口づけを交わした。
口を離すと、銀色の糸が2人の間にかかった。
「………これで、本当の夫婦だ」
「………うん♡」
ラキャは恥ずかしそうにそう答えた。
2日後。
再びつわりの酷くなったラキャを連れ、ボッティは病院に行った。
そして、ボッティが父親であることを話し、出産に向けての手続きを行った。
病院側からは色々と心配されたラキャだが、何も問題の無い事と、産む意志のあることを伝えると素直に手続きを進めてくれた。
その帰り道の車内にて。
「お父さん。帰りにベビーベッド買お」
母子手帳を手に持ったラキャは、ウキウキした様子で言った。
その手には指輪が光っている。
「ああ。良い考えだが、ラキャがその様子だと無理だ」
ボッティがハンドルを握る手にも、指輪が光る。
「大丈夫………うえっぷ。げえっ」
ラキャは袋の中に吐き出すと、口元を拭いた。
「大丈夫か? 俺が買っておいてやるから、一緒に買い物するのはつわりが止んでからな」
「ううぅ。じゃあベッドはいいや。一緒に選びたいから」
ラキャは不服そうにそう答えた。
「つわり辛いよぉ」
「本当に辛かったら言えよ?」
「ずっと辛い」
自宅のマンションにつき、2人が車を降りた瞬間、カメラやマイクを持った男が4人ほどラキャとボッティに接近した。
「市長、失礼しますUMTV (Una Media TV) です。市長のご令嬢が妊娠されたと言うのは本当ですか!」
UMTV、この街の民営放送局だ。
どこからかラキャが妊娠したという情報を仕入れたのだろう。
テレビ局は有名人のスキャンダルにはことごとく敏感なのだ。
しかし聞く相手が悪かった。
マイクを持った男がボッティに質問をした次の瞬間、ボッティはカメラのレンズを鷲掴みにしていた。
「誰に許可貰って撮ってんだ?」
「あ、ちょっ……!」
カメラマンはなんとか2人の姿をとらえようとカメラを動かそうとするが、文字通り一ミリも動かない。
大きな手のひらによってレンズが覆われている為、顔も映せない。
「暴力ですよ暴力!」
「暴力だ? これのどこが暴力なんだ。そっちこそプライバシーの侵害だろうが。レンズを握り潰さないでやっているだけ感謝しろ」
アナウンサーの男は引き下がらない。
映像を諦め質問責めにするつもりのようだ。
「質問に答えてください。ご令嬢が市長の子供を妊娠されたという噂があるのですが、こちらの真偽のほうはいかがなんでしょうか?」
「………どこから情報を仕入れたか知らないが、とりあえず失せろ」
「お答えされないんですか?」
ボッティは頭の中でため息をついた。
病院内の誰かが漏らしたか、それともつけられてはいたか。
どの道、既に全てがバレているようだ。
面倒なことになった、とボッティは思った。
一度マスコミに捕まると、欲しい言葉がでるまで質問責めにされ、挙げ句には切り貼りされて満足行くように編集される。
今この状況を打破するには、暴力は絶対駄目だ。
腕力で解決出来るならどれだけ良かったことか。
俺一番心配しているのは、ラキャに降りかかる火の粉の事だ。
恐らくだが、俺がカメラを覆う前に一瞬ラキャの顔が写っただろう。
それだけでもマスコミにとっては充分だ。
俺が守ったとしても、ネット上にどんな誹謗中傷が書き込まれるか分からない。
すまない、ラキャ。
とりあえずボッティはカメラの電源を落とした。
「あっ!」
「どういう思惑でカメラを止められたのですか?」
「面倒臭いな。いちいちそんな事にも答えなきゃいけないのか? あ?」
アナウンサーはたじろがずに続ける。
「お答えされないということでよろしいですね?」
アナウンサーの質問にボッティがいらついてきた時だった。
「う、おえっ、げええっ」
「ラキャ!」
ボッティの後ろに身を隠していたラキャがうずくまり、地面に嘔吐した。
勿論それをアナウンサーが見逃すはずが無く、ラキャに近づこうとボッティを押しのけようとした時だった。
「がっ!?」
「いい加減にしろ」
何かが切れたボッティがアナウンサーの顔面を鷲掴みにし、持ち上げていた。
アナウンサーの足がう地面から離れる。
「苦しそうにしてるだろ。あまり調子に乗るなよ?」
「かはっ………」
ボッティはアナウンサーを掴んでいた手を離した。
ドサッとアナウンサーが地面に落ちる。
「………ぼ、暴力だ。暴力ですよ」
まだ言うか。
ラキャが苦しそうにしているのにその姿を喜んで取材しようとする………
グズが。
「失せろ」
「ひ、ひいっ!」
マスコミ達はドタドタと近くに止めてあった軽トラに乗ると、そのまま走り去ってしまった。
「ラキャ、大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、大丈夫………え゛ぇぇっ、う゛おえっ………」
ボッティがラキャの背中をさすってやる。
ボッティは水筒を取り出し、ラキャに飲ませてやった。
「ゆすげ」
「ん……」
くちゅくちゅぺっ、とアスファルトに茶が吐き出される。
「すまない、手を出してしまった」
「………ううん。私を守るためだったんでしょ?」
ラキャは胸元を抑えながら、ボッティを見た。
「もしかしたら、ラキャが中傷されるかもしれないのに、俺は………」
ボッティの目は、ただただラキャを心配していた。
そうやって、私をいつも心配してくれる所。
「好き」
「………俺もだ」
短くも甘い言葉を掛け合った後、流れるように2人は包容を交わした。
もう少しで最終話かも。




