第二十一話 木目の席に染みた涙
長々としてます。
私の技術不足ですすいません。
裁判官が木槌を鳴らす。
「では審理を再開します」
先程までラキャが座っていた席は、空いている。
本人の要望で、クゼイが証言している間だけ席を外したのだ。
この証言が終われば、ラキャに証言をまとめたプリントが渡される予定だ。
ボッティは別室にいるラキャの事を気にしながら、証言席に立つクゼイを見た。
クゼイは、ボッティの記憶にあるようにニコニコと不気味に笑ってる。
裁判官はクゼイに向き、話しかける。
「証人。改めて名前と職業を」
「はい。クゼイ・パヒュルス62歳。先ほども言いましたが、只今服役中です」
クゼイが言い終えると、検察側のチワワが台から降り、クゼイに近づく。
「この証人、逮捕される前は、長年にわたり奴隷の売買を行っていました。取引をした奴隷の詳しい数はまだ解っていません。ですが、少なくとも3000人ものドーギニアを売買したと、調査の結果が出ています」
法廷がざわめいた。
裁判官が何度か木槌を叩き、静粛にさせる。
「証人。あなたに質問です」
「なんでしょうか?」
検察官がクゼイに聞いた。
クゼイはニコニコ笑ったまま検察官に向く。
検察官は証拠品の売買名簿を取り出すと、クゼイに言った。
「これは、あなたの物ですか?」
「ええ、そうです」
クゼイが何のためらいもなくそう答えた。
「それは奴隷を売買した際の証拠として、私が記録していた物でしてねえ。そこに乗っている名前はちゃんと全て本物の名前ですよ」
検察官がそれを聞き、興味深く頷いた。
「裁判官。これで、この証拠が真実であるという立証が出来ました。ボッティ・カルザという名も、既に無二の名前であると調べがついています。この証拠は、被告人が奴隷の売買を行ったという確固たる証拠です」
「よろしい。その冊子を、証拠品として扱うことを認めます」
裁判官がそう言うと、検察官は台に上り(一度足を踏み外し、傍聴人から暖かい視線が送られた)証拠品を検察席の上に置いた。
「以上ですか? 検察側」
「はい」
検察官が勝ち誇った顔で言った。
裁判員の心が有罪の二文字に目に見えて傾いているのがわかる。
弁護士のパピヨンは、冷や汗でズレた眼鏡を戻し、ハンカチで顔を拭いた。
この裁判の判決は、裁判員に全て委ねられている。
裁判員の心境を、覆すことができるか、それに全ては懸かっている。
クゼイが退廷してしばらくして、ラキャが席に戻った。
手にはプリントを持っている。
「では、弁護側は被告人が無罪だと思うその根拠と、立証を述べてください」
「はい」
弁護士の手から水滴が垂れた。
ドーギニアは肉球の間に多く汗を掻く。
机に落ちた水滴を見て、検察官のチワワが不敵に微笑んだ。
「弁護側は、被告人の無罪を主張できる証人を召喚したいと思っています」
「証人ですか」
裁判官が興味深そうに言った。
「弁護側が証人として召喚するのは…」
弁護士は被害者の少女を見て言った。
「この事件の被害者、ラキャ・カルザさんです」
ラキャが頷き、その場を立つ。
法廷がざわつく。
無罪を主張しているのに、何故被害者を証人として呼ぶのかと、疑問が飛び交う。
木槌が叩かれた。
「静粛に」
ラキャはゆっくりと証人席の前に立った。
長い耳の毛は、今は1つにまとめられて後ろに縛られている。
その様子を後ろの方から、ボッティが見守っているような眼差しで見ている。
裁判官が言う。
「では証人。名前と年齢。職業と住所、本籍をお答えください」
「はい。ラキャ・カルザ、16歳、高校生です。住所はおと……ボッティ・カルザと同じです」
ラキャがそう告げると、法廷に静かなざわめきが起こる。
やはり被害者は被告人の娘だったのか、と。
ラキャは緊張しているのか、自分の手首を握りしめている。
弁護士が口を開く。
「この証人は、被告人ボッティ・カルザの娘として11年間を過ごしました。彼女に証言してもらうのは、被告人ボッティ・カルザについてです。彼がどのような人物か、証言してもらいます」
弁護士はラキャに向かって頷いた。
それを合図に、ラキャが小さな声で語り始めた。
「被告人であるボッティ・カルザは、私の父です。しかし、血は繋がっていません。私は、気がついたら奴隷として売りに出されていました。あの時の事はよく覚えていませんが、さっきのクゼイを見たときのように、私は時々悪夢に襲われます。白く狭い部屋の中で、ただ1人泣いている、小さかった頃の私の夢です。痛くて、怖くて、心細くて、寂しくて、淋しくて、でも誰も助けてくれなかった、あの時のっ……悪夢………う………」
ラキャの手に力が入る。
身体が震え、息遣いが荒くなる。
「で……でもっ……」
ラキャの震えが収まって来たのを見て、ボッティが浮かしかけていた腰を下ろした。
ラキャの表情が、安堵の表情へと移り変わる。
「いつでも……助けてくれたのは、父でした。前に、私が悪夢から目覚めると、父の肩に噛みついていました。牙を深く立てていました。口の中に生暖かい感触がありました。悪夢に取り憑かれた私を、父が身を呈して、自分が怪我するのも構わず、解き放ってくれたのです。父は、怪我をしながらも、私を抱きしめて、大丈夫だって、言ってくれたんです」
傍聴席から息をのむ音が聞こえた。
ラキャの目からボロボロと涙が溢れて来た。
「父は、父は、11年間、ずっと私の父親でした。例え、お金で買われた親子関係でも、私が言葉を覚えたのが薄汚いスラムでも、それでも、私の父は、ずっとそばにいてくれたんです」
裁判員の1人が涙している。
ハンカチを濡らしている彼は、ボッティの無罪を訴えることを心に決めたようだ。
「例え、社長になって、忙しくなって、団欒の時間が減っても、いつも、私の事を考えてくれてて」
ボッティは俯いている。
社長になって、忙しくなった。
ラキャは寂しがっていたが、仕方ないと割り切ってくれていたと思っていた。
それでも、やはり寂しさは紛らわせない。
時にはボッティが帰ってくる真夜中まで起きている事もあった。
それほどまでに、ボッティと一緒に居たかった。
「私が傷つきそうになった、あの工場跡でとても怖い思いをしていた時は、仕事中なのに、私のところに助けに来てくれて、嬉しかった」
もちろん、ラキャが脅迫されていた時の事だ。
ラキャが嗚咽する。
「ひぐっ、私を悪夢から解き放ってくれるのは、ぐすっ、お父さんだけだから。お父さんだけが、私の本当の家族だから、ぐすっ」
ラキャは最後に涙を手の甲で拭うと、赤く泣き腫らした目のまま、顔を上げた。
「お願いです。お父さんは、ううっ、何も悪いことはしていないんです。だから、どうか、ぐすっ。私を、これからもお父さんの家族でいさせてください」
ラキャは頭を下げ、泣き声を押し殺しながら席へと戻って行った。
法廷の至るところからすすり泣く声が聞こえた。
しかし、一番大きな泣き声は弁護席から響いていた。
「い、以上が、ぐずっ、あああ、しょう、証言です。裁判員のみなさん、えぐっ、どうか、賢明な判断をお願い致します。ずずずっ」
何故か法廷内の誰よりも泣いている弁護士が裁判員に向かって言った。
裁判員の何人かが、うなづいた。
「弁護人。以上ですか?」
「はい゛」
前代未聞。
被害者が、被告人を庇うなど、今までとうに無かった事だ。
もう一度言うが、この裁判は裁判員裁判。
6人の裁判員が話し合い、最終的な評決を決める。
「検察側。何か意見は?」
検察官は少しの沈黙の後、つぶやくように言った。
「……ありません」
「よろしい」
裁判官が頷く。
「では、最後に被告人に質問します。被告人。前へ」
裁判官がそういうと、今まで考え込んだように目を瞑っていたボッティが目を開け、席を立った。
「被告人」
「はい」
ボッティが証人席に立つ。
裁判官はボッティを心の奥底まで見据えるような視線で見つめ、その口を開いた。
「もし、この後家に戻ったなら、何をしたいですか?」
ボッティは顔を上げ、答える。
「………心を込めて、ラキャを抱きしめたいです」
その男の心は、ただ、娘への本当の愛情で溢れていた。
1時間が経った。
控え室で、ラキャは祈っていた。
両の手を握りしめ。
お父さん。
戻って来てよ。
また去年みたいにみんなで肝試ししようよ。
ただ愛する父の事を想って。
もう1つの控え室で、ボッティは腕を組んでいた。
もし、自分が有罪になれば、ラキャはどうなるだろうか。
ラキャは誰かに育てられることになるだろう。
そうなれば、ラキャの社会的地位は、社会からの目は、どうなるのだろう。
あの子は、耐えられるだろうか。
ただ愛する娘の事を想って。
警備員が扉を開け、言う。
判決が決まった、と。
「長く、議論が続きました」
裁判員の代表が言う。
証人席に立つボッティは、全てを受けいれると言った顔持ちだ。
代表はそのボッティを見て、続けた。
「法律通り、被告人を裁くべきだと。彼は何も悪くない、無罪だと。二つの意見が対立しました」
代表は机の上の紙をめくり、その下の紙を持った。
「しかし、最終的にはこの判決にまとまりました」
ラキャの祈る手に、力が入る。
代表は一息つき、気持ちを整えた。
そして、はっきりとした声で言い放った。
「被告人、ボッティ・カルザに、判決を言い渡します!」
感想……………ください…………!




