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第十七話 白色の無くなったキャンパス

「いってきまーす」


 ラキャは靴のかかとを叩いた。

 2日振りの登校だ。

 ボッティはもう仕事に出ているため、行ってらっしゃいの返事はない。

 ラキャは玄関の金魚鉢を見た。


「じゃあ白ごまちゃん、黒こしょうちゃん。行ってき………あっ……………」


 ラキャは、小さな声を上げた。

 金魚鉢の水面に、白い物体が浮いている。

 ラキャはゆっくりと水槽に手を入れ、それをすくい上げる。


「………………」


 手の中の白い金魚は、もう動かない。

 そう言えば、昨日は動きが鈍かったな。

 ラキャはとてもとても辛く哀しい気持ちになった。

 6年前だったっけ。

 夏休みにすくってきた、二匹の白と黒の金魚。

 まあ、長生きしたかな。


「白ごまちゃん……………帰ってきたら埋めてあげないと………」


 ラキャは一旦靴を脱ぎ、白い金魚をラップで包み、冷凍庫に入れた。


「帰ってきたら、埋めてあげるからね」


 ラキャはもう一度靴を履いた。

 金魚鉢を見る。

 少し広くなった空間を、黒い金魚は悠々と泳いでいる。


「行って来ます。黒こしょうちゃん」


 ラキャは、静かに扉を閉めた。







「ありがとー!」

「いいよいいよ」


 放課後。

 ラキャが書き写し終わったノートをマルーナに返す。


「風邪、大丈夫だった?」

「ん? ……………ああ、う、うん。もう治ったよ」


 ラキャが2日休んだ理由は、学校には風邪と言っている。


「それにしても、夏休みまであとちょっとだけど、ラキャちゃんはなんか予定ある?」

「んー。部活の日があるけど、その日以外は大丈夫だよー」

「そお? じゃあ一緒に遊園地行こ!」

「いくいくー」


 ラキャとマルーナは並んで話しながら歩いていた。

 ラキャが下駄箱を開ける。


「あれ……………まただ」


 ラキャが靴の上に乗せられていた手紙のような物を取り出す。


「また手紙?」

「だね」


 また、というのは、ついこの前も同じ様に手紙が下駄箱に入れられていた。

 書いてある通りに体育館裏に行くと、ラキャは一年生の後輩から告白を受けた。

 その後輩は、陸上部で部長のルーから体罰を受けていた生徒だった。

 殴りかかった部長を投げ飛ばしたその勇姿に惚れたようだった。

 しかし………


「前ラキャに告白した後輩いたじゃん。ラキャちゃん断ったけど。またあの人じゃない?」

「そうかな」


 ラキャは付き合いを断ったのだった。

 特に彼氏がいるわけでも好きな人がいるわけでもないが、ラキャは断った。

 後輩は断られると、ラキャに一礼をして走り去ってしまった。


「また体育館裏に来てって書いてある。リベンジマッチかもしれない」

「どうする、ラキャちゃん。行く?」


 ラキャは少し悩んだ後、手紙をポケットにしまった。


「行くよそりゃ。気持ちを無下に出来ないしね」

「あはは。じゃあ行ってらっしゃい。私、校門で待ってるからね」

「はーい」


 ラキャはマルーナにひらひらと手を振った。


「さて……………2人は恋人になることができるのでしょうか?」

「まりりぃん?」


 ラキャを茶化したマルーナがあははと笑った。






「あれ? 誰もいない」


 ラキャは手紙に書かれたとおり体育館裏に来ていた。

 しかし、薄暗いその体育館裏には、誰もいなかった。


「うーん…………帰って白ごまちゃん埋めなきゃ」


 ラキャが帰ろうとして振り向いた時だった。


「よう」

「っ!」


 いつの間にかに、そこにラキャの進路を妨害するような形で人影が立っていた。

 人影がゆっくりと顔を上げる。


「久しぶりじゃないかよぉ。誰かサンのせいで学校に来れなかったもんなぁ」

「まさか………あなたがこの手紙を出したのかしら?」


 ラキャがポケットの中の手紙を取り出す。


「ああ、ああ、そうだよ。俺が出したんだよ。読んでくれて良かったぜ」


 その男は、かつて部員に暴力を振るっていた陸上部の部長、シベリアンのルーだった。


「なんでこんな事を? また投げ飛ばされたいのかしら」


 ルーは両手を上げ、首を振った。


「あっはっは。それだけはごめんだぜ。なんたってそれのお陰で俺の地位はだだ下がりだからな」

「じゃあなにしに来たの?」


 ラキャがそう聞くと、ルーはポケットに手を突っ込み、ぬめりと、まるで口を横に裂くように笑った。


「復讐だよ。お前へのな」

「へえ、そう。やっぱり投げ飛ばされたいようね。あなた、本当になにが」

「奴隷」


 ルーが吐き捨てるようにそう言った。


「……………な…………………」

「○月○日……………ボッティ・カルザ。キャバリアの少女を購入……………」


 ラキャが後ずさる。


「あ……………あなた……………なんで、それを………」

「もし、大企業の社長が、奴隷を売買したと知られたら、どうなるかなぁ?」


 一つ一つの単語の意味をラキャに言い聞かせるように、ゆっくりと、ルーは言った。


「証拠も揃ってるんですぜ、お嬢さん。今は持っていないけどな。あれを公開したら、おもしろいことになるだろうなぁ…………ひっ、ひっ、ひ!」


 勝利を確信したルーが、変な笑い声を上げる。


「やめて……………………やめ、て………それだけは、お父さんには…………わう……………やめて……」


 ラキャは耳を両手でふさぎ、地面に膝をついた。


「んー……………まあ、寛容なルーさんは? 優しいから? んー、考えてあげなくも? 無いけどー?」


 口笛を吹き吹き、ルーがラキャに近づく。


「なにが…………望みなの………?」


 ラキャがそう言った瞬間、後頭部が掴まれ、強引に顔が上げられる。

 ルーが顔を近づけ、ラキャの耳元で言う。


「この後、東区の廃工場の3号に来い。そこで起こったことを誰にもバラさなければ、俺もバラさないでやる」


 後頭部が離された。

 ラキャは地面に手をついたが、力が入らず、肩を打つ。


「じゃあな。待ってるぜ」


 ルーはそう言うと、その場をゆっくりと立ち去った。


 ラキャは1人残された。

 その目は焦点を失い、ふらふらと泳いでいる。

 東区の廃工場は、今は使われていない工場後だ。

 解体が面倒くさい為か、会社が倒産して2年経った今もまだ解体は行われていない。

 3号は工場の中でも一番奥にある工場だ。

 つまり、一番人気の無い所だ。

 そこに来い、ということが何を意味するか。


 ラキャはゆっくりと立ち上がった。


「私が………犠牲になるだけで……………お父さんが救えるなら……………それでも………………」








「あ、ラキャちゃん。お帰り。どうだった?」


 スマホをいじっていたマルーナが足音に顔を上げた。


「…………………」

「ラキャちゃん?」


 返事がないラキャの顔をマルーナが覗き込んだ。


「あ………ごめん。ちょっとこのあと用事できちゃったからさ……………先に帰っててくれる?」

「?…………わかった。じゃあねー!」


 ラキャは微笑し、去っていくマルーナに小さく手を振った。


「じゃあね……………また、明日……………」


 友人が見えなくなったのを見届けると、ラキャの足は、東区にむけて歩み始めた。







感想くださいな。

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