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第十五話 焼き鳥の煙の染み付いた

「はあ…………なんであんたがここに………」

「知り合い、なんですか?」


 ボッティとカッレーの関係を知らないテムズが聞いた。


「ああ。昔ちょっとな…………カッレー。話したいことは山々だが、今俺は1人の部下を連れた客だ。話はあとでしよう」

「ああ。お互いそうしたほうが良さそうだ」


 カッレーはカウンターの少年、サウジを見ていった。


「おとうしあとお客しあの関係は知らないしあが、今はぼくの店番しあ。おとうしあは一旦引っ込んでるしあ」

「あ、はい。じゃあ、終わった後でな。社長さん」


 サウジに押されながら、カッレーはカウンターの裏に消えていった。


「しあしあ。今日はそろそろ店じまいしあ。おふたりはまだゆっくりしていていいしあ。ぼくは看板をクローズドにしてくるしあ」


 少年はカウンターの台から飛び降りると、店の外に出て行った。


「社長。あの人とは、どんな知り合いなんですか?」


 テムズが焼き鳥を飲み込んでからボッティに聞いた。


「あいつとの関係は……………あまり話したくないことだ。聞かないでくれ」

「分かりました…………」


 ボッティは肩の傷がズキズキと痛むのを感じた。

 あいつは、カッレーは、元々奴隷の売り買いの仲介人だった。

 奴隷だった頃のトラウマは、長い年月が経ってもまだラキャの中に潜み、遂にはその牙をボッティに、否、ラキャに向けたのだ。


 奴隷を売買していたことは、決して許されない。

 俺は今も許していない。

 本当なら話もしたくない。

 それでも、話すべきことは多々ある。

 ラキャについて…………ラキャの為に。


「……………じゃあ、俺そろそろ帰りますね」


 出された品を食べ終わったテムズが席を立った。


「ああ。気をつけてな」

「はい。社長も。今日はご馳走様でした」


 テムズはお辞儀をして、のれんを押した。


「またのご来店をお待ちしていましあ! ……………さて、部下も帰ったようしあし、お客しあはゆっくりおとうしあと話すが良いしあ」

「ああ、すまない」


 テムズの姿が完全に路地裏から見えなくなったのを確認すると、サウジはカッレーを呼びに行った。


「おとうしあー。もう良いしあよー」

「ほいほい…………」

「では、失礼しましあ」


 奥から出てきたカッレーと入れ替えに、サウジが廊下を走っていった。


「…………ふう」


 カッレーが席につき、カウンター越しにボッティと向かい合う。


「久しぶりじゃねえかおい。スラムの出のアンタが、まさか大企業の社長になるなんてな?」


 その姿は、11年前のチャラチャラした若者ではなく、普通の一青年であった。

 実年齢に対しては、少し老けている様にも見える。

 白髪は元々毛が白いのでわかり用は無いが、素肌が露出している顔には、疲れが見えている。


「お前……………なんか、変わったな」

「ああ、変わったよ。というか10年経ったら大体誰でも変わるさ。一回ムショにも入ったしな」

「それは…………あれか。奴隷がバレたのか?」

「ああ。9年くらい前にな。死にたくねえから、クゼイの野郎の事は口が裂けても言えなかったがな。まあ、割と7年は長かったぜ?」


 カッレーはコップにビールを注ぎ、ぐいと自分で飲む。


「それは大変だったな」

「同情はいらねえ。自分でやったことの自業自得だ。結局どんなに隠したって、最後にはバレんのさ……………クゼイの野郎もバレたしな」


 クゼイ。

 元々ラキャを所持していた奴隷商人だ。

 カッレーは自分用の二杯目を注ぐ。


「で、結局。何をしにきたんだ? 俺を逮捕しに来たのか?」

「いや、違う。ただたまたま来た店にお前がいただけのことだ……………それでも、聞きたいことは出来たがな」


 ボッティは手を組み、声を低くしてカッレーに言った。


「ラキャ…………あいつは、どっから来たんだ。出身地を教えろ」

「そんなことか。知らねえ」


 次の瞬間、カッレーの首もとに大きな手が添えられた。

 気がつけば、カッレーの命はボッティの手の中に合った。


「答えろ」

「な…………ぱ…………」


 カッレーは二、三歩後ずさった。

 しかし、ボッティの手はぴったりと首もとに張り付いたままだ。


「し、知らねえんだって! 本当だよ!」

「本当にか?」

「本当だ!」


 ボッティはカッレーの目を見据えた後、がっかりしたように手を離した。


「げほげっほ……………」

「………………お前なら知ってると思ったが…………………すまない。手荒だった」

「ほんとにな」


 ボッティは椅子に座り、ため息をついた。


「でも、覚えてないんだ。さらってきたのは俺じゃねえし、商品を取り扱ってるのもクゼイの野郎だしな。しかも今まで俺が接した奴隷。全部で何人いると思う? その内1人の出身地なんて、覚えられねえんだ」

「そうか」


 カッレーはビールを飲み干すと、新しいグラスを出し、ボッティの前に置いた。


「そういや、ラキャちゃんは今はどうしてるんだ? あ、この分は俺の奢りな」


 トクトク……………とボッティのグラスにビールが注がれる。


「今は、普通の高校生だ」


 ボッティがグラスを手に取る。


「小学校から、中学校から、普通の女の子として、育ててきた」

「へえ。普通の父親としてか?」

「ああ。普通の父親としてだ。だが……………」

「だが?」


 ボッティはグラスに注がれたビールの水面を見る。

 気泡が後から後から登っては、はじける。

 ボッティはグラスを傾け、少しそれを飲む。


「昨日の朝、クゼイが逮捕されたニュースが流れた」

「ああ。あれのな。まあそりゃあ大きなニュースだったな」


 今でも、時々それに関連したニュースが流れる。

 ワイドショーなどでも、奴隷になったドーギニアのその後や家族との再会などを放送している。


「そのニュースを見て………ラキャが発狂したんだ」

「……………」


 カッレーの飲む手が止まった。


「今は気を落ち着けているが、あの時、ラキャはあの地下にいたときのように、言葉を発さず、ただ吠えていた。怯えたうなり声を俺に向かって出していた。俺は止めようとしたが、その時、深く噛まれた」


 ボッティが袖を捲り、真新しい腕の包帯を見せる。


「肩にももう一カ所ある。この怪我は病院にも見せていない。噛み痕なんて異常な傷は、言い訳をしても、その内突き止められる。ラキャが奴隷だった事をな」


 ボッティが袖を戻し、話を続ける。


「トラウマだったんだ。奴隷として…………物以下として扱われていた時が。だから、ラキャは俺守らなきゃいけない。父親としてな…………あ、もういい」


 カッレーが空っぽになったボッティのコップにおかわりを注ごうとしたが、ボッティが断った。


「じゃあ、社長さん。今度は俺の話を聞いてくれるか?」


 カッレーがちょうど良い頃合いを見て、口を開いた。


「ああ」

「俺は11年前から色々あってな。今の嫁と巡り会って、子にも恵まれたんだ。6人産まれたぜ」


 カッレーが耳をピクつかせながら話し始める。


「でまあ、その嫁がな…………なんて言えば良いんだ…………見て貰った方が良いか。おーい! リー、ちょっと来てくれー」


 カッレーはカウンター裏の扉の向こうに誰かを読んだ。


「はいはいなんだいあんたはあたしゃ忙しいんだよほらもージェリ起きちゃった」


 小さな子供の泣き声と共に、1人の女性が扉から出てきた。


「あー、あー!」

「よしよし、ジェリちゃーん。お母さんですよー♡ はいはーい……………で、なに?」


 リー、と呼ばれたその女性は、せっかく寝かしつけた娘を起こした者に向かって冷たい目線を注いだ。

 奇遇な事に。

 ボッティはその女性とも面識があった。

 長く伸ばした美しい金色の毛。

 ゴールデンの血が混じっているらしい、ラブラドール。

 人妻の魅力を持ちながら、どこか近付きがたい雰囲気を漂わせるその姿。


「リリナ……………?」

「…………え?」


 リリナはカウンター席に座っている人物を見た。


「なんであんたがここに……………」

「俺が聞きたい」


 かつて、ラキャに様々な遊びを教えていたその女性は、ビル群の路地裏の居酒屋で、6児の母になっていた。





子供が生まれてからタバコは吸わなくなりました。

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