表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

第十三話 獣性の鳴り響く朝

「ふあー……………あれ、お父さん。今日は仕事は?」


 あくびをしながら、まだパジャマ姿のラキャがリビングに来た。

 ボッティは食器を並べながら、眠気眼の娘に言った。


「おはよう。今日は仕事は午後からになった」

「そーなの? おはよー」


 ラキャは洗面所に向かい、顔を洗った。

 ついでに玄関の黒こしょうと白ごまに餌をあげて戻ってくると、既に朝食が並べられていた。

 ラキャはそのまま食卓に付いた。


「いただきまーす」

「はい。いただきます」


 ラキャは食パンをほおばりながらテレビのリモコンを手に取ると、ニュースを付けた。


『………は、今季初黒星を上げました。これから………』


 そのとき、ボッティの携帯が鳴った。

 今まさに朝食に食らいつこうとしていたボッティは、一旦食パンを置き席を立ちながら言った。


「会社からの電話だ。すまないな」

「いいよー」


 ボッティは食卓を離れた。


「もぐもぐ………ごくん」


 そのとき、ニュースが切り替わった。


『次のニュースです。長年に渡り、人身売買してきたと思われる組織のトップが、逮捕されました』


 ドクン


 ラキャはテレビを見る。

 聞き覚えのある単語が、聞こえた気がする。


『逮捕されたのは、株式会社アムルガンの社長、クゼイ氏と、幹部ら10名で、人身を商品として金銭で取り引きしていたとして、人身売買禁止法の疑いで逮捕されました』


 ドクンッ


 ラキャは、画面に映ったその人物を、見る。

 どこかで、見覚えが、ある、破裂しそうなくらい、太った、コーギーの男。

 ラキャは、背中の痕が、ちりちりと、痛んだ気がした。

 長らく、忘れていた。

 目を背けていたトラウマ。

 10年以上前の、たった2ヶ月の出来事。


『………また、解放されたドーギニアは全部で200人を越えるとされます。こちらが収容されていたとおぼわしき施設です。衛生環境は非常に悪く』


 テレビの画面一杯に、白い正方形の部屋が映し出された。







「ああ。そうだ。防火材をあそこから輸入しても良いかもしれない。少し値は張るが、安全性は抜群だ。それと………………」


 ガシャァン!


 ボッティが仕事の電話をしていた時だった。

 突然、何かが落ち、割れたような音がした。

 続けて、何かが倒れる音、更に物が割れる音。

 その音は、ラキャが1人でいるリビングから聞こえてきた。


「ちょっと待ってくれ」


 ボッティは電話を保留にして、リビングに駆けつけた。


「…………………!」


 ボッティが駆けつけたとき、リビングには、割れた食器や小物が散乱していた。

 リビングの隅に、ラキャがうずくまっている。


「おい、ラキャ、何があっ…………………」

「きゃいんっ」


 ボッティの手がラキャの肩に触れた瞬間、ラキャが振り向き、ボッティに飛びかかった。


「ラキャッ!?」

「きゃいん、きゃうっ、ぐるるっ」


 ボッティはとっさに左腕で首を防護した。

 ずぐり、と熱い感覚がボッティの腕に(ほとばし)る。

 噛まれた。

 ラキャの牙が、深くボッティの腕に刺さっていた。


「っ…………ラキャ!」

「ふーっ、ううううう、ぐるう、ふーっ」


 個体差はあるが、ドーギニアの噛む力は120キロを越える。

 だが、普通は本気で噛むなんて事はしない。

 ちょっと本気で噛むだけで、指なんて引きちぎれてしまうからだ。

 だが、今のラキャは普通ではなかった。


「うるるる、がううう、ふーっ」

「ぐあっ…………止めろ……………ラキャ………ッ!」


 瞳孔はかっと開かれ、よだれを垂らし、言葉を忘れたようにただ唸る。

 ラキャはボッティの腕の肉を引きちぎろうと顎に力を入れる。

 血が飛び、ラキャのパジャマとボッティの服に赤い斑点が付いた。


「クソッ!」


 ボッティは噛まれている腕を押し込んだ。

 喉に腕が押し付けられ、本能から一瞬ラキャの噛む力が弱まった隙を突き、脱出する。

 ボッティの腕からは血が垂れている。


「どうしたんだラキャ! しっかりしろ!」

「わんっ、わんわんっ、わううっ、わんっ」


 ラキャは獣のように前の手を地面に付け、四足で身構えていた。

 もう一度、ラキャがボッティに飛びかかる。

 ボッティはそれを受け止めた。

 狂ったような犬歯を、肩に受けて。

 ボッティはラキャを抱きしめた。

 肩から血が流れる。

 ラキャの動きが止まる。


「ラキャ……………」


 ラキャの強ばっていた体から、ゆっくりと、力が抜けていく。

 ラキャの息が少しずつ収まって行った。

 ラキャの牙が、ボッティの肩から抜けた。


「…………………おとう……………さん?」

「ラキャ…………!」


 ラキャの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出てきた。


「あれ、私、何してたの。なんで、あれ。どう、なんで。お父さん、血が出てるあれなんで。私なんで」

「ラキャ…………もう、大丈夫だ」


 ボッティが、優しくラキャの耳元で言う。


「もう大丈夫だ、ラキャ。俺がいる」

「……………お父………さん」


 ラキャも、ボッティの背に手を回した。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………………」

「大丈夫だ。大丈夫………………」


 ラキャは、ただ、ボッティの胸に顔をうずめた。





ラキャの背に刻まれた痕は、11年が経ち、ほとんど消えかかっているが、完全には消えていない。

…………心の奥底の傷も然り。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ