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第十話 誰かを守り誰かを捨てる

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………」


 青年は先ほどからずっとその言葉を繰り返している。

 ここは街の一角の警察署だ。

 ボッティはあの後、青年に暴力を振るった疑いで連行されかけたが、青年がスリをした事が判明し、ボッティの無実が証明された。


「お、俺、の、オヤジの店が、金がないと取り壊しになって、俺、騙されて、ひっぐ、借金返さないと、店が、俺とオヤジの店が壊されちまうから、俺、俺………………」


 青年は頭を抱えながら、そう弁解した。


「事情は分かったが………………俺はヒーローじゃない。残念だが、この金は渡せない。俺と、娘の未来なんだ」

「………………」


 ボッティがそう言うと、青年は静かになった。


「はあ…………最近悪徳企業が増えてるからね。こういう被害者も少なくないんだよなー。さて、ボッティさんだっけ? 災難だったね。あんた娘さん置いてったでしょ?」


 通報を受け駆けつけた巡査の男が対応をしている。


「ああ。受付の女性に渡してきた」

「なにやってんの……その娘さん、外で待ってるから、早く会ってやりなさい。退屈にしてるってさ」


 巡査の男は手に持ったペンで部屋の扉を指差した。


「分かった。じゃあ、世話になった」


 ボッティは席を立ち、部屋を出て行った。

 青年はうつむいたまま、ボッティが部屋を出るまで動かなかった。

 待合室に行くと、ラキャが婦警の膝枕の上で熟睡しているところだった。

 婦警は白いカールした毛をしている。

 他には誰もいない待合室で、すぅすぅという小さな寝息だけが聞こえる。


「あら、お父さんですか?」

「そうだ。娘がすまない」

「いえいえ。私、小さい子好きですから」


 婦警はラキャの頭を撫で、耳を触る。


「この子、眠くなるまで、ずーっとお父さんのことを話していたんですよ。かっこよくて、優しい人だって」

「そうか」


 ボッティは婦警から少し離れた所に座る。


「……………俺は、かっこよくなんかない」

「………そうですか」


 ボッティは、札束をバックの奥底にしまった。


「ただ、ラキャの為に動いただけだ。ヒーローなんかじゃない。ヒーローは、あの男を苦しめる悪徳業者に殴り込むような奴だ」


 婦警は静かに微笑み、ボッティに言った。


「それでも、この子にとっては十分にヒーローですよ」


 そう言うと、彼女はラキャを揺すった。


「んー………ふあ………」

「ほら、お父さんが来たよ。おきなさーい」

「んん? おとーさ?」


 ラキャは目を擦り、周りを見渡す。


「おとーさ!」

「おはよう。ラキャ」


 ラキャは意識が覚醒するなり、ボッティの胸元に飛んで行った。


「おとーさzzz………」


 そして胸元に飛び込むなり寝てしまった。


「もう眠いみたいですね」


 婦警がその様子を見て笑った。

 ボッティはラキャをなるべく楽な姿勢で抱き上げ、


「世話になった。俺はこれから住民登録をして家を借りないとな」

「え、家無いんですか」

「ああ。住民登録しようとしてた矢先に札束をスられたからな。今6時か………。最悪野宿かもしれないな。じゃあな」

「ちょちょちょっ、待ってくださいっ!」


 婦警が待合室を出ようとしたボッティを呼び止める。


「なんだ?」

「なんだじゃないですよっ! そんな小さな女の子に野宿なんてさせますかっ!」

「いや、だが今までは………」

「だーっ! いいですから! 私が全部手配しますからね! 絶対にその子に野宿はさせませんよっ!」


 婦警はそういうとフンスと自信満々に胸を逸らした。


 その後、婦警のおかげで日を跨ぐ前に住民登録もマンションの部屋も無事借りることが出来た。


「ね?」


 今、3人はボッティが借りたマンションの正面玄関にいる。


「すまないな。こんなことまでやってもらって」

「いえいえ!」


 婦警は胸ポケットから名刺を取り出しボッティに渡した。

 名刺には、ウナ警察署警視、マルチーズのマグリアンテと書かれている。

 マグリアンテというのがこの婦警の名前のようだ。


「私、こういう者です。何かあったら、ご相談ください!」

「ああ。わかった。本当に世話になったな」

「ふっふっふ。では、またどこかでお会いしましょう」


 マグリアンテはボッティに敬礼をすると、キコキコと自転車を漕いでいった。





「……………ん……………?」


 自分達の部屋に向かうエレベーターの中で、ラキャが目を覚ました。


「おとーさ、ここどこ?」

「エレベーターだ。俺たちの家に向かってるんだ」

「いえー? かえるの?」

「いや。新しい家だ」

「あたらしー?」


 チン、と音がし、エレベーターが目的の階にたどり着いた。


「ふあ……もおだいじょうぶだよ、おとーさ。ねむくない」

「そうか」


 ボッティエレベーターを降りると、ラキャがあくびをしながらいった。

 ボッティはラキャを下ろした。

 ラキャは降りると、かなり高い位置でボッティと手をつないだ。

 そして、ボッティは自分達の部屋、43階の11号室の前に着くと、管理人から受け取った鍵を取り出し、扉を開けた。






 そして現在に戻る。

 1日で暖かい風呂に入れたのは、あの時の婦警、マグリアンテのおかげだ。

 ボッティはもう一度大きなため息を吐いた。

 テーブルなどの家具やいくつかの家電製品は後から買い足さなくてはいけないが、既にいくつかの家具があるだけでありがたい。

 家賃も平均的だ。

 本当に、良い部屋を借りた。

 だが、今持ってる財産では直ぐに尽きてしまう。

 1月の食事が大体2万5千として…………家賃が6万、家具やら諸々の購入費。

 ラキャも学校に通わせる必要がある。

 働き先を探さなくては。


 ボッティがそんな経済的な事に考えを巡らせ、表情を険しくしていると、ラキャがボッティの手をトントンと叩いた。


「おとーさ…………」

「どうした?」


 ラキャは申しわけなさそうに口を開いた。


「おしっこしちゃった…………」

「……………………洗い直しだな」


 どうやら初めての風呂が気持ちよすぎて気がゆるみ、漏らしてしまったようだ。


 その後、ボッティとラキャは毛を洗い直し、昼に買ったタオルで身体を拭いた。


「ほわほわー」


 ラキャは自分の両耳を鼻に押し付け、その匂いを嗅いでいる。

 毛が短いボッティはあまり見た目は変わっていないが、毛が長いラキャは体積が1.5倍ほどになっている。


「しっぽもほわほわー」

「ほら、早く上着ろ。風邪引くぞ」

「はーい」


 ボッティはラキャの上からパジャマを着させた。

 これも昼に買った物だ。

 ボッティは湯冷めしないうちにご飯を食べさせてしまおうと思い、インスタントのスープとインスタントのカレーを作り食卓に並べた。

 2人は身体から湯気を上げながら食卓についた。


「あったかそぉ…………だね」

「ラキャ、眠いのか?」


 目がとろんとし始めてるラキャを見て、ボッティが声を掛けた。


「…………うんん、だいじょぉぶ」

「そうか。無理しなくてもいいんだぞ」


 ボッティがそう言うと、ラキャはぶんぶんと首を振って自分のほっぺをぽふぽふと叩いた。


「だいじょうぶ!」

「そうか。じゃあ、食べようか」

「ん」

「「いただきます」」


 ……………とは言っていたものの、やはり眠いようで、半分ほど食べた所で、船が漕がれ始めた。


 コックリ………………コックリ………………


「ラキャ。毛が付くぞ」

「………ん!」


 モグモグモグモグ…………モグ…………かくーん…………


「ラキャ」

「らきゃ!」


 モグモグモグ……………コックリ……………かくん……………


「無理だな」

「んー……………だいじょうぶー………………」


 見かねたボッティが、もう半分眠ってるラキャを抱き上げベッドに横にさせた。


「いっしょに………………ねてくれるよねぇ………?」

「ああ。俺も食べ終わったら直ぐに寝る。だから、おやすみ。ラキャ」

「んー…………おやすみ………………おとーさ……………」


 ボッティはそう言って夢の世界に旅立ったラキャに布団をかけた。







感想ください。

年齢的には、ドーギニアの一歳は人間の一歳と同じと考えてもらって大丈夫です。

ボッティとラキャの日常はまた番外編で書くので、お待ちください。

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