■PROLOGUE. Accident….
登るように降る階段
『時に埋もれし記憶の底』
ソレトシラズ
絶望の足音
『消える事無き赤き炎』
キヅクコトナク
居場所の無い彼は
『身を焦がし焼き尽くし』
アルキツヅケル
逃れる術もなく
彼らは己が運命にのまれ
流され
歩いて行く
そこに
何が在るとも知らずに
刻んだはずの願いは
誓ったはずの思いは
吹きすさむ風にけされゆく
ゆえにか
自身と名を指す者達は
命ある事に感謝せず
ただ死に恐怖する
たとえそれが偽りであろうとも
人の性よ
その何と愚かなことか
『本当はわかっているはずなのに』
己が存在を確たるものとする何かなど在りはせず
『見出す事すら忘れ』
己が道を示す何かもまた在りわしない
『あがきもせずに』
ただそこに在るのは
『時の流れの中』
私に確かに歩み来たと思わせる
『瞳をとじたまま』
誰ともしらぬ足跡のみ
『光を求め』
あの声を求め
『居場所を求め』
あの日僕は初めて旅客機と言う物に乗っていた。
幼き日の記憶のない僕にとって唯一の母との思い出。
迷子にならないようにと繋がれた暖かい温もり。
気恥ずかしさからの躊躇い。
淡い記憶。
二度と味わうことのない感情。
だからこそ悲痛で、悲しく。
思い描くことを拒絶したあの時。
Christmas in December, 2005――
機体が大きく揺れた。
乱気流、機内に響くアナウンスはそう告げている。
しばらくたっても、揺れはおさまらない。
次第に乗客の顔に不安の色が見え始めてくる。
隣には、大丈夫よとしきりに話し掛ける母の姿。
母は知らない、それがよけいに不安をあおる事を。
しばらくすると、女性の乗務員が落ち着いてくださいと連呼しながら、ライフジャケットの装着方法の説明を始めた。
乗務員の女性は笑顔を崩す事は無かった。
それでも、隠しきれない恐怖がその表情に見て取れた。
それに気づく者は誰もいない。
乗務員が説明し終えると、再度機体が大きく揺れ上から酸素マスクとライフジャケットが幾つかの短い悲鳴と共に落ちてきた。
金属の擦れるような軋むような音が響く。
先に聞いた手順をふみ急いでそれを身に付ける。
母が手伝ってくれた。
映画は嘘だ。
パニックなんておきやしない。
みんなちゃんと言う事を聞いている。
何も知らない者にとって生き残るためには、それ以外に術は無いから。
機体は又も大きく揺れ、金属の擦れる音が悲鳴にも似た音に変わった。
直後、内臓を持ち上げるような浮遊感が体を襲う。
視界は大きく揺れ、強固なはずの窓に亀裂が走り、機体が歪む。
声にならない悲鳴。
ひび割れた窓の外にはジェットエンジンから放たれた黒鉛と火の粉が見える。
照明が点滅を繰り返す。
唐突に何かが破裂したような音が響き、屋根が飛び、次々と乗員が座席ごと飛ばされてゆく。
マスクを口にあて、座席にかがみこむ。
もう人が発する悲鳴も聞こえない。
ただ鼓膜を揺らすのは風の悲鳴。
気づくと僕は、母の手を握り締めていた。
強く、強く。
そして……。
空港に降り立つと、何ともいえない安堵感が襲ってきた。
今思えばよく飛行機に乗れたものだと思う。
あの日、あの少女の言葉が無ければここに立つ事も無かっただろう。
しかしあの事故は酷いものだった。
何度となくうなされたものだ。
6年前の今日。
あの手に残る感触。
忘れられるものではない。
赤い記憶。
灼熱、オイルのにおい。
立ち込める黒煙。
握り締めていた腕は、その持ち主を失っていた。
あの時僕は泣く事すら出来ずに、ただただ炎に照らされた空を見ていた。
僕は、あの時過去を無くしてしまった。
事故に関する警察からの声明は早かった。
Electron flood、電子の氾濫、それが全ての原因だそうだ。
それは新種のコンピューターウィルスのような物で、その被害は全世界的規模のものだったと言う。
様な物と言ったのは、厳密に言えばウィルスの性質を持った高度なAIだったとの事だからだ。
それは病院や金融機関、ひいては各国の国防管理システム、ありとあらゆるネットワーク上にあるコンピューターが、その被害をうけたらしい。
もちろんイントラネットや完全に隔離されたネットワークはその限りでは無かったが、影響は甚大であった。
航空システムもその例外ではなかったようで、自分の乗っていた旅客機にいたっては、全てをコンピューターで制御しているハイテク機、ウィルスの直撃をうけたのだ。
同時期航空していた飛行機は、ウィルスの干渉が無いレシプロ機をのこし、ほぼ例外なく墜落もしくは不時着したと言う。
でなければ消息不明だったそうだ。
空港の長いエントランスを抜け、日差しの下に立つ。
晴れ渡った空。
眩しい。
思い切り空気を吸い込むと12月の冷たい風が染込むように入り込んでくる。
気持ちがいい。
時計の針は午前9時をさしている。
下調べはついている。昼頃には着ける予定だ。
6年ぶりのこの地。
淡い青色の空に手をかざしてみる。
ここに、この世界に、僕の居場所は無い。
それでも・・・。
「僕は」
空にかざした手を握り締める。
「ここにいる」
掴みとるように。
10年ほど前に書き上げた二次小説だった物を、オリジナルにリブート。
前半の流れはほとんど変わりませんが、後半が余程かわります。
というより、別物になる予定。