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29歳のホワイトデー  作者: 白石 玲
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14日の物語

   29歳のホワイトデー   ―――14日(土)―――


『こんな素敵なプレゼントもらったの初めて』


 今日もこう言ってくれるかな?


「土曜なのに、彰、仕事はよかったの?」

 家まで迎えに行くと、結衣ちゃんは13センチのヒールを履きながら訊いた。

「うん。今日は休みにしてもらえるように田部井さんと主任にお願いしてあったから」

 俺は人生で多分初めて、今日1日のデートプランをしっかりと立ててきた。結衣ちゃんが行きたいところがあるっていうならそれでいいけど、彼女は今日は俺に任せてくれるといった。

「さて、彰はどこへ連れて行ってくれるの?」

「とっておきのところ」

「とっておきのところ?」

「まあ、俺にとっては、だけどね」

 そう言って結衣ちゃんと手を繋いで最寄駅から電車に乗り込む。

「彰がデートの計画を立ててきてくれるなんて初めてじゃない?」

 電車に乗って窓越しに外の景色を眺める。結衣ちゃんの家はどちらかといえば小田原や箱根に近いから、俺が普段見ている景色よりもずいぶんのどかだ。

「そんなにじっと見て、何か見えた?」

「あ、いや、のどかだなぁ、と思って」

「田舎だって意味?」

「まあ、そうかもね」

「彰は都会人だもんね。田んぼや畑が珍しい?」

「そう言うわけじゃないけど、俺はどっちかっていうと都会よりも田舎のほうが好きかも」

 そんな俺に結衣ちゃんが微笑む。そして彼女が何気なく髪の毛を耳にかけた瞬間、俺は大声で叫んだ。

「結衣ちゃん!」

「へ?なに?」

 思いがけず声をあげた俺は車内の注目の的。昨日のジュエリーショップの比ではない。とりあえず結衣ちゃんとふたりして周りに謝って、再びじっくりと結衣ちゃんを見つめる・・・正確には結衣ちゃんの耳を。

「私、何か変?」

 わけのわからない結衣ちゃんは怪訝そうな顔で眉間にしわを寄せて俺を見上げている。その耳には俺が今日プレゼントしようと思っていたのとそっくり同じピアスが光っていた。

「結衣ちゃん、そのピアス・・・」

 結衣ちゃんは一瞬首を傾げてピアスに触れ、ああ、というように頷いた。

「覚えてる?彰が初めてくれた誕生日プレゼントよ」

「どうして?」

 どうしてそんな昔の、しかも別れた男(まあ、俺なんだけど)がくれたものなんか持ってるの?

「どうしてって、今日の服に合ってない?シルバーのアクセサリーのほうが良かった?」

 俺はぶんぶんと首を振った。

「?」

「いや、だって、なんで、それ・・・」

「落ち着いて、彰。何言いたいのか全然わからない」

 そうこうしている間に俺のデート計画で乗り換えるはずだった相模大野駅は過ぎてしまっていた。

「結衣ちゃん、今日のデートはとっておきの場所からお買い物に変更」

「いいけど、何を買うの?」




 結局俺は結衣ちゃんを連れて、昨日三井くんときたジュエリーショップにもう一度やってきた。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。あの、これ、昨日買ったものなんですが、交換とかってできますか?もちろん、未使用です」

 ラッピングも解いてない小さな箱をガラスケース越しに渡すと昨日の店員さんだった。

「あ、昨日弟さんといらしてましたよね?」

「ええ・・・で、これ、別のものに変えたいんです」

 店員さんは結衣ちゃんの耳元を見て俺の言いたいことを理解してくれたらしい。

「開けていらっしゃらないようなので、返品という形で承ります」

「ありがとうございます」

 俺は自由にひとりで店の中を歩いている結衣ちゃんを捕まえた。

「あ、終わった?」

「半分は。で、結衣ちゃん、どれかほしいものある?」

「へ?」

「いや、ホワイトデーのプレゼント」

 ほしいものある?とか訊いておいて、あのピアスを結衣ちゃんが大切に持っていてくれたことで俺はもうすでに結衣ちゃんにプレゼントするものは決めていた。

「え、いいよ。私、ブラウニー作っただけだし」

「じゃあ、指のサイズって今も7号?」

「日本語としての“じゃあ”の使い方間違ってるけど、どの指のこと?最近指輪なんてしたことないからわかんない」

 俺は店員さんを呼んで結衣ちゃんの指のサイズを測ってもらうことにした。

「指輪するならどっち?」

「んー・・・邪魔にならない左かな」

 俺は店員さんから借りた号数表示入りの銀のリングを結衣ちゃんの左の中指にはめた。さすがに薬指にはめる勇気はない。

「中指なんだ?」

「え?薬指が良かった?」

 俺が言えば、結衣ちゃんは笑って首を振った。

「結衣ちゃん、プレゼントはこれね」

 俺は目の前のガラスケースに入っているリングを指さした。ピンクゴールドとホワイトサファイア。ピアスとお揃いだ。

「これって・・・」

「うん、そのピアスとお揃い」


「はい、手だして」

 結衣ちゃんが好きなイタリアンでランチをした後、デザートの前に俺は結衣ちゃんにさっきの指輪をはめる。

「うん、ぴったり」

 結衣ちゃんは指輪をかざしてひととおり眺めると俺に向き直った。

「ねえ、彰」

「うん?」

「最初に私に買ってくれていたのは、なんだったの?」

「・・・そのピアス」

「ピアスって、同じものを買ったってこと?」

「うん、別れた男がくれたものなんて、結衣ちゃん、とっくに捨てちゃってると思ってたから」

 俺が言えば、結衣ちゃんはくすくす笑った。

「そうね。今までの彼氏がくれたものは全部捨てちゃってきたもんな・・・残ったのはこれだけ」

「どうしてそれは、持っててくれたの?」

 俺の問いに、結衣ちゃんは『うーん?』としばらく考えていたけど、ふと笑顔になって俺を見た。

「いつかこうして使う時がくるってわかってたからじゃない?」



 やっぱり結衣ちゃんは、俺の運命の人だよ。




そのあと・・・

「ところで彰、とっておきのデートはどこだったの?」

「あ、それはまた今度」

「じゃあ、楽しみにしてる」

「っていうか彰、弟なんかいたっけ?」

「あ、あれ、三井くんのこと」


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