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29歳のホワイトデー  作者: 白石 玲
3/4

13日の物語

   29歳のホワイトデー   ―――13日(金)―――


『だから早すぎ重すぎ苦しすぎですって』


 午後から講義だという三井くんに無理を言って午前中にジュエリーショップをはしごすることにした。

 俺は昨日の上条さんに触発されて、結衣ちゃんに指輪を買う気満々だったが、三井くんは大反対。そして買うもののめどもつけないまま3件目の店に突入。

「いらっしゃいませ」

 めったに足を踏み入れないジュエリーショップ。っていうか、よくよく考えてみればジュエリーショップなんて、付き合っていたころの結衣ちゃんの誕生日プレゼントを買いに来て以来だということに気づいた。

「それ、本気ですか?」

「うん。え?三井くん、玲ちゃんのため以外に来たことあるの?」

「ありますよ。彼女に引っ張ってこられて」

「ええ?で?で?」

 やっぱりね、彼女がいただろうってことは予測の範囲内だけど。

「で?ってなんです?」

「買うの?指輪とか?」

「買うわけないじゃないですか。俺、基本的に残るものは買わないんで」

 微笑みながらガラスケースを覗く三井くんはなんか怖い。

「じゃあ、彼女の誕生日とか、クリスマスとかどうしてきたの?」

 とか、人には聞いといて、俺はほしいといわれたものを買ってあげる派だから何をあげたかなんて、いちいち記憶してないから訊かれたら答えられないんだけど。答えられるとしたら結衣ちゃんにあげた誕生日プレゼント。それだけは自分で選んだからね。

「クリスマスに彼女がいたことありません」

「まじ?」

 即答の三井くんに俺は背中に嫌な汗が流れた。

「理由まで聞きます?」

「・・・クリスマスは玲ちゃんと過ごしたいから・・・?」

 恐る恐る言ってしまう俺に三井くんはいつになくにっこり微笑んだ。

「ご名答。ちなみに相手の誕生日を祝ったことはありますけど、自分のを祝ってもらったことはありません」

 理由はクリスマスと同じなんだろうなぁ・・・。

「うーん、これとこれだったらどっちがいいかな?」

 ケースの中のリングを指さすと隣に三井くんが来て一緒に覗き込む。

「結局指輪買うつもりなんですか?」

「エンゲージリングですか?」

 三井くんと店員さんの言葉が重なる。ああ、俺ももうそんな歳なんだなぁ・・・。

「いえ、ホワイトデーのお返しのプレゼントです」

 三井くんが代わりに答えた。

「でしたらこちらの・・・」

 店員さんにあれこれ案内され、『また来ます』とお決まりのセリフで次の店へ。


「ピアスとかは?」

「昔誕生日に買った」

「ネックレス」

「あんまりしてるのみたことない」

「じゃあブローチ」

「うーん・・・」

 なんて2人で言っているとここでも店員さんがやってきた。

「お母様へのプレゼントですか?」

 店員さんの言葉に俺と三井くんは顔を見合わせた。まあ、俺と三井くんの会話の内容と、最終的にブローチコーナーに移っていた俺たちを見れば勘違いもありかもしれない。

「いえ、彼女へのホワイトデーのプレゼント探しです」

 三井くんが俺を示すと、

「お兄様と仲がよろしいんですね」

 その言葉に俺たちはまた顔を見合わせた。この歳の差だと友達よりも兄弟っていう感じか。そして、三井くんは大した役者。

「はい。今日は兄の買い物に付き合ってるんです」

「お兄様の彼女さんはどのような方ですか?」

 真剣にガラスケースに見入る俺をよそに三井くんと店員さんの話は進む。

「二十代後半でとても美人なんです。普段は目立つこの兄がかすむほどに」

「でしたらこちらの・・・」

 三井くんの作戦が功を奏し、俺は店員さんに付きまとわれることもなくじっくりと・・・あ!

「これ!これください!」

 思わず声をあげて店員さんを呼ぶ。

「兄さん、声がでかいよ」

「あ、悪ぃ」

 すっかり弟になりきった三井くんに注意されつつ俺はガラスケースの中のピアスを指さした。

「これ、ピンクゴールドとホワイトサファイアですよね?」

「よくお分かりですね」

 忘れもしない。付き合っていたころ結衣ちゃんの誕生日にプレゼントしたのと同じピアスだ。あれを受け取った時に結衣ちゃんが見せてくれた笑顔が忘れられない。

「同じものまた贈るの?」

「うん」

 だってきっと、結衣ちゃんのことだから、別れた男がくれたものなんて、潔く、とっくに捨てちゃってるよね?

「これにする」

「兄さんがいいなら、いいんじゃない?」

 若干あきれ顔の三井くんに昼飯をおごって別れた。



 結衣ちゃん、俺は君に、これを一生大切に持っていてもらえる男でありたい。





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