11日の物語
29歳のホワイトデー ―――3月11日(水)―――
『じゃあ、来年は手作りするね!』
まさかその来年が、7年後に来るとは、さすがに俺も予想外。
「三井くん!」
バイトの休憩時間らしく、休憩室で缶コーヒーを開けた三井くんを捕まえた。
「はい?」
「玲ちゃんは?」
いつも彼の周りを舞うように付かず離れずいる彼の女神は見当たらない。
「いま結衣さんと電話してます」
「え?結衣ちゃんと?どうして?そんな仲良いの?」
「ええ、なんか、よくメールとかしたり、一緒に買い物行ったりしてるみたいですよ?」
全然知らなかった・・・。
「知らなかったんですか?」
沈みかけた俺に、三井くんが鋭くとどめを刺した。
「あ、うん・・・」
「藤堂さん、結衣さんと付き合い始めたんじゃなかったんですか?」
もう、息の根を止められた。
「うっ・・・」
バレンタインデーに結衣ちゃんから7年越しの本命チョコレート(まあ、彼女ははっきり本命と言ってくれなかったから、俺が強引に本命に変えたのかもしれないけど)をもらった俺は若干無理やりだったが、その場で結衣ちゃんとお付き合いの約束を締結。が、俺と結衣ちゃんの休みはあまり(というかほぼ全く)合わず、お付き合いし始めてから1日使ったデートはあの、上条さんがくれたチケットでミュージカルを観に行った日のたった1度だけ。早朝や真夜中は彼女の睡眠の邪魔をしないためにメールも電話も控える俺。おかげで俺は付き合う前と大して変わらず結衣ちゃんのことが分からない。
「おいて行かれたのは俺のはずなのに、藤堂さんよりリードしてる気分になります」
三井くんが悪戯っぽく笑ってみせる。もう、この三井くんの綺麗な笑顔が悪魔の微笑みにしか見えない。
「・・・三井くんさ、意外とブラックだよね?」
「なに言ってるんですか。ピュアホワイトですよ」
その笑顔が怖い。
「でさ、三井くんにちょっと相談」
「ホワイトデーのお返しなら自分で考えてくださいよ」
「うん、三井くんはどうするの?」
「あの、俺の言葉聞いてました?」
軽く流した俺に三井くんが真顔で突っ込む。うすうす気づいてはいたけど、三井くんは一見礼儀正しくて、男の子にしては可愛らしい顔立ちに相反して、実年齢よりも上に見えるタイプの子だけど、割と言いたいことをはっきりとずかずかいう子だ。そのあたり、俺に対してだけかもしれないけど、遠慮がない。
「で、どうするの?」
「藤堂さん。どうして俺に訊くんですか?」
「いや、なんか、三井くん恋愛慣れしてそうだから」
三井くんは玲ちゃんのことが好きだ。でも多分、彼女いない歴=年齢ってタイプじゃない。女性への対応を見る限り、とても手馴れている感じがある。
「藤堂さんなんか俺より10年長く生きてて俺より恋愛経験あるでしょ?」
相変わらず痛いところを突いてくるな。
「・・・三井くんさ、女の子に振られたことある?」
「ないです」
即答だ。
この子はきっと、振ったことはあるけど振られたことはないタイプ。
「俺さ、振られたことしかないんだよね」
付き合ってほしいといわれるのも向こうからだけど、別れたいといわれるのも向こうから。つまり、俺は告白されやすく振られやすいたちなのだ。そんな俺が唯一自分から告白してまで付き合いたいと思った相手が結衣ちゃん。だから、今度こそ振られるわけにはいかないのだ。そして、結婚したいのだ。
「で、だからなんです?」
「ちょっとは親身になってよ」
「どうして俺より先を行ってる藤堂さんを俺が手助けするんです?」
この上なく鋭い突っ込み。
「俺、ホワイトデーに結衣ちゃんにプロポーズするつもりなんだ」
「・・・・・・」
小声で宣言した俺に無言の三井くん。
「ねぇ、聞いてた?」
「・・・聞いてはいましたけど、一応確認ですけど、結衣さんと付き合い始めてまだ1カ月経ってませんよね?」
「ホワイトデーで丁度1カ月」
「また振られたいんですか?」
冷たい。いつになく三井くんが冷たい。
「いや、もう離れたくないから今度こそ結衣ちゃんを俺の奥さんに!!」
真剣な俺に呆れた様子の三井くん。
「付き合って1カ月でプロポーズとか、早まりすぎですよ」
「 でも、だって、俺の中では・・・もう7年以上も!!」
「それは藤堂さんの中でだけですよ」
「くっ・・・!!」
どうしたら三井くんを俺の味方にできるんだろう?よしっ、こうなったら最終手段!
「俺のお客さんの中に、あの劇団のスポンサーしてる人がいるんだ。次の春公演のチケット抑えてあげる・・・っていってもダメ?」
“あの劇団”は玲ちゃんが大好きなミュージカル劇団。毎度毎度チケットをとるために三井くんが苦労しているのは知ってる。
「・・・藤堂さん、俺よりブラックじゃないですか」
「契約成立?」
「S席で」
「厳しいなぁ」
結衣ちゃんの恋愛の神様が玲ちゃんなら俺の恋愛の神様は三井くんだよね?