親友
「暗殺完了」
紗乃の足下に転がるのは、血まみれの物言わぬ抜け殻となった都知事の姿。辺りに倒れる死体も血まみれだ。紗乃の着るマントも鮮血で濡れている。
「スゲー、見事に血まみれだね〜紗乃。相変わらず惨い殺し方するね。」
窓から、するりと紅牙が入って来る。死体は全て、喉を深く掻き切られていた。紗乃の暗殺の手口である。紗乃の手に握られたナイフからは紅い液がぴちゃん、ぴちゃん、と滴り落ちる。
「・・・・・・紅牙、第2部隊への連絡は?」
小さく息を整え、紗乃は紅牙に尋ねる。
「もう、終わったよ〜。オレらは、第2部隊到着後、本部へ帰還しろ。だってさ。」
「そう。」
紗乃は、ナイフを仕舞い、都知事の傍にしゃがみ込む。
「アナタを信じた人も居たでしょうに。その信頼を裏切ったのはアナタ。これは───────当然の罰なのよ。」
最後の言葉は自分に言い聞かせているようだった。床に広がる赤黒いモノをぼんやりと眺める。
“かご〜め─────かごめ──籠の──鳥〜は───いつ〜い〜つ〜───出会う──────”
また、聴こえる。必ず脳裏に蘇る途切れ途切れの旋律。それはノイズのように紗乃の頭の中を引っ掻き回す。激しい頭痛に、紗乃は顔を顰めた。
その様子を紅牙は無言で見つめていた。その瞳は、深い闇色に染まっていた。
紅牙は、空を見上げ眼を細めた。風が優しく頬を撫ぜる。学院は昼休み。昼食を求めて食堂に向かう者、お弁当を持って友達を誘う者、購買へパンを買いに行く者。昼休みの廊下は多くの生徒で賑わっている。紅牙は、いち早く昼食のパンを食べ終え、中庭に来ていた。学院の中庭は、美しい花々が咲き乱れ、木々が風に枝葉を揺らしている。中庭は、数人の生徒は居るものの、学院の喧騒が遠く感じられた。
「あれ、チセじゃん。帰ってたんだ?」
紅牙は、中庭の木陰に座り込む少年を見つけ、声を掛けた。
「ああ。今朝、帰還した。」
両眼を前髪で隠した少年は顔を上げることなく答える。見れば、狙撃銃を熱心に磨いている。
少年の名は千翔瀬。第1部隊に所属する紅牙の親友にして、〈魔狼〉屈指の天才スナイパーだ。
「今回の仕事は、チセにしては珍しく手こずったんだって?アトさんから聞いたけど?」
紅牙は、千翔瀬の横に座る。紅牙は千翔瀬をチセと呼ぶ。
「始末する敵は、日本の中でも指折りのマフィアだったからな。手こずるのは必至だ。ボスは、あっさり撃ち殺せたが、残党が厄介だった。」
「ふ〜ん・・・・・オレも参戦したかったな。昨夜の標的はつまんないぐらいあっさりだったし。」
「かなり大騒ぎになっているぞ、世間は。都知事の家が大火事になったんだから当然の反応、か。」
第2部隊は、今回は邸宅に火を放ったらしい。証拠隠滅のためとはいえ、些か派手だ。
「そりゃ、有名な都知事だからね〜。でも、そんなことオレらには関係ないと思うけど。」
紅牙は、木に寄り掛かる。
「それも、そうだな。死人をどうこう言っても仕方ない。」
千翔瀬はふっと笑い、銃を地面に置いた。
「そういえば、知っているか。今度、第1部隊に新人が来るらしいぞ。」
千翔瀬が、思い出したように言った。
「へぇ。アトさんの地獄の基礎訓練で逃げ出さなきゃいいけど。」
新人隊員は、入隊して2日目に指揮官直々に基礎訓練を受ける。だが、この訓練。24時間、休みなし、飲食禁止の特訓だ。地獄の方が楽だと言いたくなる程、恐ろしい。基礎訓練で、逃げ出す者も多い。
「あの訓練は、オレ、血吐いたもんな。」
紅牙は、呑気に言う。
「あの訓練で、血を吐かない奴は居ないだろう。アトランテ指揮官は新人の覚悟を推し量るために、あえて厳しくしているんだと思うが・・・・・・というか、そう思いたい。」
溜息混じりに千翔瀬は言う。千翔瀬は、第1部隊に最初に配属された隊員だ。故に、アトランテともそこそこ長い付き合いといって良い。アトランテの性格を理解している彼は、彼女が新人が苦しむのを見るために基礎訓練をしているのでは、と勘繰っていた。
「あの人、ドSだもんね〜。新人、痛ぶって遊んでんじゃね?」
「言うな。指揮官を怒らせる気か。」
千翔瀬は、銃を持って立ち上がる。
「俺は、そろそろ行くぞ。また、放課後にな。」
千翔瀬は、それだけ言って去って行った。
「アトさんの事になると、食い付くんだよな、チセのヤツ。」
紅牙は、にんまりと意地悪く笑ったのだった。