その五.揺るがす牛頭
その後二人は二手に分かれ、最上階から順々に化物を探した。しかし六階から四階までは特に異常もなく、ネズミ以外に動く物の姿はなかった。
そして――今は三階。
「……さて」
絶句兼若の柄に手をかけ、吹雪は歩き出す。
三回はかつては飲食店が集まっていたようで、床には食器などの破片が散乱している。どうやらこの近辺で出火したらしく、あちこちが黒く煤けていた。
他の階と同じくここ階も静かで、犬の声がかすかに聞こえるだけだった。
「野良犬でもいるんでしょうか……?」
破片を踏みつつ、吹雪は出火場所と思わしき洋食屋の跡地へと向かう。
扉を開けると、錆び付いた蝶番がやかましい音を立てた。
内部には椅子や机もなく、がらんとしている。煙が充満したのか、壁や天井は他の区画よりもさらに黒く染まっていた。
洋食屋跡地の中央に立ち、吹雪は辺りを見回した。
左手にはカウンターがあり、奥には厨房へと続くと思わしき鉄製のドアがある。
ドアは半ばほど開いていた。しかしその向こう側は暗く、この場所からは厨房内部の様子を知ることは出来ない。
吹雪は眼を細め、ドアを見つめた。
そして絶句兼若の柄をそっとなぞりつつ、ドアに向かって一歩踏み出す。
直後。そのドアが内側から吹き飛んだ。
「ッ――!」
とっさに横に一歩移動。
高速で飛来した鉄の塊は吹雪の白髪を乱し、背後の壁に激突する。
――ぎぃいいいいいいん!
甲高い何かの叫びが耳朶を打つ。その正体を掴む間もなく、厨房の暗闇から今度は拳ほどもあるコンクリートの塊が飛んできた。
吹雪は眉一つ動かさず抜刀。白刃が閃き、コンクリ塊を粉砕する。
――ぶぉおおおおおおん!
しかし直後、厨房の奥から巨大な影が飛びだしてきた。それはカウンターを破壊しながら現れ、吹雪めがけて飛びかかる。
「あら」
吹雪はやや驚きつつ後退。
一瞬遅れ、それまで吹雪がいた場所に大穴が穿たれた。
その化物は、胴体だけ見れば類人猿の類いに似ていた。その体格は堂々たるもので、南国に住む大猩々という生物を思い起こさせる。
地面にめり込んだ拳をゆっくりと引き、化物が吹雪を見た。
その顔は牛に似ている。赤い瞳がせわしなく動き、冠の如き角が天井をがりがりと削る。
「……牛頭、ですね」
それは怪力を特徴とする化物の一種だ。
眉を寄せる吹雪に対し、牛頭はぼぉお……と低い声を漏らした。巨大なその手が俊敏に動き、床に散らばっていた破片を一瞬でかき集める。
吹雪は反射的に地を蹴った。
牛頭が破壊したカウンターの残骸。その影に回り込み、頭を抱える。
直後、牛頭は破片を投げ打った。それは即席の弾幕となって一気に空間内に広がり、壁や天井を蜂の巣状に穴を穿つ。
カウンターの残骸にも無数の破片が叩き込まれ、吹雪の背中にまで振動が伝わってくる。
「力押しの相手はちょっと苦手なんですよね……」
吹雪はやや顔をしかめつつ、残骸の影から転がり出た。
それまで吹雪が隠れていた場所が吹き飛ぶ。突進してきた牛頭はすぐさま方向転換し、吹雪めがけて掬い上げるようにして右腕を振るった。
その一撃を回避。牛頭の腕が完全に振り上がり、その右脇腹が吹雪の眼前に晒される。
その隙を逃さず、吹雪は前進――。
突如、轟音とともに洋食屋跡地の入り口が吹き飛んだ。