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バケモノ×ケンゲキ  作者: 伏見 七尾
参.犬神欠点
25/89

その十二.鼠の巣をかける獣

 夜空に灰色の瘴気が薄く漂っている。

 街灯に照らされた道の片隅に、一台の自動車が止まった。


「ここだ。下りろ」

「承知しました」

「はいー」


 時久の言葉に従い、吹雪とサチは自動車から降りる。

 目の前に、黄色いテープで封じられた地下街への階段があった。今回のために地下街は一時閉鎖状態になっているらしい。


「犬槙、窮鼠封じは持ったな?」

「はい。ちゃんと夕子さんからもらってきました!」

「小娘、地下街の地図は?」

「だから何故私だけ小娘呼びなんですか。持っていますよ」


 吹雪は眉をひそめつつ、腰のポーチから地図を取り出してみせる。

 時久はその抗議を無視して満足げにうなずく。


「よろしい。群れの規模はまだ小さいと見られているが、それでも奴らの増殖力は相当なものだ。手持ちの窮鼠封じで間に合わないと感じたらすぐに退け」

「退却した場合、その後はどうするんですか?」

「その場合は夕子と一色、神室と、手が空いていれば真島や佐竹が出る」

「ほとんど戦闘班総出……できればわたし達だけで済ませたいな」


 緊張の表情で襟元に触れるサチに対し、時久は若干まなざしを和らげた。


「無理はしなくても良い――では、そろそろ地下街に入れ」

「了解しました! ――吹雪ちゃん、行こっか」

「はい……あの、御堂さんはこのまま会社に戻るのですか?」


 吹雪がたずねると、時久はうなずく。


「ああ。だが、しばらくはここにいる」

「そうですか。わかりました」


 吹雪もうなずき、踵を返した。

 すでにサチはぱたぱたと地下街の入り口へと歩き出している。

 その背中に続こうとした吹雪に対し、時久が声を掛けた。


「小娘」

「はい、何か?」


 吹雪はきょとんとした顔で振り返る。

 そんな彼女に時久は近づき、少し身を屈めた。

 途端――吐息がかかりそうな程に時久の顔が接近する。


「ッ――!」


 今までにないほどの至近距離。

 吹雪の胸がどきりと高鳴った。その手が反射的に動き、絶句兼若の柄へと伸びる。

 が、即座に動いた時久の手がかろうじて抜刀を阻止した。


「……落ち着け馬鹿者。忠告をするだけだ」

「……すみません。ここまで間合いが詰まるとなんというか、びっくりして」


 ぎりぎりと手首を締め上げられ、吹雪は頭を下げる。

 時久は小さく舌打ちすると、吹雪の手を離した。そして低い声で彼女に耳打ちする。


「……気をつけろ。今宵は瘴気も多い。何が起きてもおかしくはない」

「え……あ、はい……」

「窮鼠そのものはすぐに始末できるだろう。だが、決して油断するなよ」

「……いつになく親切ですね?」


 いぶかしむ吹雪に対し、答えはなかった。

 不自然な沈黙を残し、時久の長身がゆっくりと吹雪から離れる。見上げた時久の顔は、いつも通りむっつりと不機嫌そうだった。


「俺からはこれだけだ。とっとと行け」

「呼び止めたのは貴方でしょう……では、行って参ります」


 吹雪は呆れてため息を吐きつつ、地下街の入り口で待つサチの元へと急ぐ。

 時久はその背中をじっと見送った。

 二人の姿が黄色いテープを越え、地下街の闇の中へと消える。

 時久はおもむろに夜空を見上げた。


「――満月か」


 薄く漂う瘴気のはざまから、不気味なほど紅い月が覗いていた。


                   * * *


 蛍光灯の明かりが石の床を冷ややかに照らしている。天井は低く、無数の廃線や大蛇のようなダクトがむき出しだ。


「……静かですね」


 サチとともに地下街を進みつつ、吹雪は辺りを見回す。

 通りには居酒屋や古い書店、怪しげな煙草屋などがごちゃごちゃと軒を連ねている。しかしどの店にも明かりはなく、地下街はしんと静まりかえっていた。


「うん。窮鼠が出るから今はどこの店も閉じてるみたい。このままだと地下街閉鎖の危機らしいから、早めに決着を付けたいね」

「えぇ。窮鼠封じをそろそろ使いますか?」


 吹雪の問いかけに、サチは首を振った。


「もう少し進んでから。この先に広場が一つあるから、そこで使おうと思う。そうすれば全体に効果が行き渡ると思うから――」


 背後でがさっと異音が響いた。

 吹雪が振り返ると、背後のごみ箱が倒れている。

 その影から小さな生物が二、三匹現れた。ドブネズミに似ているが、よく見ると眼が赤く、そして口が二重についていた。


「窮鼠ッ――!」


 吹雪がその名を呟くと同時に、それは吹雪達に向かって甲高い声を上げた。

 すると、一気に周囲の物陰から十匹ほどの鼠が現れる。それは盛んにキィキィと鳴き交わしながら、吹雪達めがけて押し寄せてくる。

 吹雪はとっさに絶句兼若を抜いたものの、窮鼠はたやすく懐に飛び込んできた。


「くっ……!」


 腕に飛びついてきた窮鼠をとっさにはらう。


「任せて、吹雪ちゃん!」


 腰の鞭を引き抜きつつサチが前に出た。その手が素早く動き、鞭が鋭く地面を打つ。


「柘榴! 蜜柑!」


 その瞬間、サチの背後から二つの黒い影が飛びだした。

 ぴんと立った耳。シャープでありつつ頑強そうな体と、ススキを思わせる尾。漆黒に塗り潰されたその姿は犬に似ていた。


ちょく――吼えて!」


 眼窩を爛々と光らせつつ、影の獣達は大きく頭を振り上げた。

 途端、高い咆哮がびりびりと空気を震わせる。

 化物の群れが一気に硬直した。その隙を突き、獣の影は情け容赦なく窮鼠達に躍りかかった。逃げ遅れた鼠を鋭い爪をもって捕らえ、強靱な顎によって噛み砕く。

 怯えたような鼠の鳴き声が立て続けに響いた。

 直後窮鼠の群れがさっと動き、まるで黒い潮が引くように後退していく。


「深追いしないで! 追っ払えたらそれでいいから!」


 窮鼠を追おうとするそぶりを見せた影達に、サチは鋭く命じる。獣の影は不服そうな唸り声を上げた後、ぺたんと地面に尻を下ろした。

 吹雪は呆然と窮鼠の群れと、獣の影とを交互に見る。


「すごい、ですね……一気に窮鼠を退けてしまいました」

「そ、そうかな?」


 やや緊張した様子のサチに吹雪はうなずき、また獣の影を見る。


「……犬神、ですか? 噂には聞いた事がありますか、北陸では見たことがなくて」


 それは四国を中心に語られる、犬に似た化物のことだ。その化物は普段は実体を持たないが、素質のある人間を依代とすることで力を発揮するらしい。

 その依代となる素質を持つ異能者は【犬神使い】と呼ぶ。


「似たようなもの……かな」

「え? これ犬神じゃないんですか?」


 言葉を濁すサチに対し、吹雪はしげしげと獣の影を見る。

 獣の影はいまいち判別が尽きづらいが、おおむね犬に似た形をしている。吹雪の視線に対し、獣達は無言で目を光らせていた。


「あぁ違うよ! 犬だよ! もう間違いなく犬! ほら、鳴いてみて! わんわん!」


 ――ごぉお

 ――がう


 どこか必死なサチに、獣達は野太い声で答えた。なんだか不服そうに見える。


「ね! しっかり犬でしょ!?」

「え、えぇ……そこまで強調しなくとも」


 迫るサチに、吹雪は後ずさりつつこくこくとうなずく。

 サチはほうと息を吐き、吹雪から離れた。


「……でもちょっと良かった」

「ん?」


 首をかしげる吹雪に対し、サチは手元の鞭を弄びながらつたなく言葉を続ける。


「なんというか……吹雪ちゃんに引かれたらどうしようかな、って。その……犬神使いって、結構嫌われたりもするから」

「別に犬神使いであろうとなかろうと、私がワンコさんを嫌うことはありませんよ」

「……うん。まぁ……そうね」


 どこか微妙そうな表情でサチはうなずいた。

 吹雪はその煮え切らない返答にやや首をかしげつつ、辺りを見回す。


「一旦は退けましたが……用心するにこしたことはありませんね。――ワンコさん、犬神を出したまま行動することはできますか?」

「うん。この子達は私の霊力で実体化してるから、霊力が尽きない限り大丈夫」

「では犬神を哨戒に当たらせてもらっても?」

「大丈夫だよ。――あー、それじゃもう二匹くらい欲しいかな。枇杷びわ檸檬れもんも出ておいで」


 サチの背後でざわりと影が揺れた。

 次いでゆっくりとした足取りで、サチの背後から二頭の獣が現れる。


「……ちなみに何頭くらい所持してらっしゃるのですか?」

「んーと、この子達も含めて二十六頭だよ」

「二十六!? 犬神ってそんなにたくさん持てるのですか。もうなんだか群れみたいですね」

「……んー、実際群れみたいなものかなぁ」


 サチは微妙な表情でうなずきつつ、前を向いた。

 再び鞭が鋭く動き、地面を討つ。


「勅。枇杷と柘榴は前、檸檬と蜜柑は後ろにまわって。何か気づいたらすぐに教えてね? いじわるとかしないでよ」


 獣達は短く吼え、サチの命令に従って動き出した。

 二匹が吹雪達の後ろにつき、もう二匹が前方に移動する。前に立った二匹がゆっくりと振り返り、次の指示を待つようにじっと吹雪達を見つめた。


「っ……」


 吹雪はそのまなざしに若干嫌なものを感じ、眉をひそめた。

 犬神独特のものだろうか。あの金色に輝く瞳にどうも嫌な気配を感じる。サチが言う犬神使いが嫌われる原因はここにあるのかもしれない。


「行こう、吹雪ちゃん」

「……えぇ」


 サチに促され、吹雪は獣の視線を気にしないようにしつつ足を踏み出す。

 それからは特に襲撃もなく、吹雪達はあっさりと広場にたどり着いた。窮鼠達は獣の存在に怯えているのか、影も形もない。


「……この辺りでよろしいでしょうか」

「うん。そうだね。じゃ、窮鼠封じ使っちゃおう」


 サチがうなずき、肩に掛けた鞄から分厚い封筒を取り出した。

 封筒の中から出てきたのは白い札だった。赤や黒の墨で複雑な模様が描かれ、太い文字で『窮鼠修祓』というそのままな文言が記されている。


「あ……窮鼠封じってお札なんですね」

「そうだよー。これを――【発】」


 揃えた指先を唇に当て、サチが短く呟く。

 その瞬間、ゴッと音を立てて窮鼠封じの端に青白い火が点った。サチが手を離しても札は中に漂い、じりじりと燃えていく。

 同時にそこからもうもうとした白い煙が漂いだした。


「……煙たくなってきましたね」


 周囲に広がる煙に、吹雪はそっと口と鼻を手で覆う。


「この煙が窮鼠を殺すんだよ。あともう三枚くらい使って一時間待てば、この辺り一帯の窮鼠は多分いなくなるはずだよ」

「なんだか害虫駆除の道具を思い出しますね――ところでこれ、人体に影響などは」

「大丈夫! 人体にも環境にも優しいよ!」

「あ、そうなんですか……」

「とりあえずもう大丈夫そうね。――貴方達、戻って良いよ」


 サチが呼ぶと、座っていた四頭の獣達はそれぞれ一声吼えた。そして腰を上げ、サチのほうにむかって駆けていく。

 盛んに鳴き交わしつつ、最初の一頭がサチの背後に飛び込んだ。

 他の三頭もそれに続き――そして最後の一頭。


「つっ――!」


 最後の獣の跳躍がわずかにぶれ、前足の爪がサチの頬を掠めた。

 サチは顔をしかめ、頬の切り傷を押さえる。


「もぉ、柘榴ったら。……あう、少しざっくりいっちゃった」

「大丈夫ですか?」

「平気だよ。多分跡にはならないは……ず……」


 サチの言葉が途中で消える。サチは目を見開き、ゆっくりと頬から手を離した。

 血に濡れた掌を見つめる顔から、徐々に血の気が引いていく。


「ワンコさん、どうしました?」

「……妙に、大人しいとは思ってた」

「ワンコさん……?」


 ただならぬサチの様子に、吹雪は慎重に声を掛ける。

 サチはすぐには答えなかった。まるで怯えた子供のように背後を見て、薄く煙に包まれた広場を見回し――最後に、吹雪を見る。

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