その七.鼠退治
「吹雪ちゃんも、社長さんに呼ばれたの?」
声を潜めたサチにたずねられ、吹雪は小さくうなずいた。
「えぇ。これは一体……?」
吹雪はテーブルを見回した。
吹雪の隣にはサチ、その隣には夕子。そして今、その夕子の隣に時久が座った。時久は相変わらず表情が険しいが、夕子の顔も心なしか強ばって見える。
一体、なんのために集められた面子なのか。
首をかしげる吹雪の耳に、重々しい慶次郎の声が響いた。
「お前らを呼んだのは他でもねぇ。ちょっと厄介な仕事を頼みたいと思ってな」
「厄介な仕事、ですか」
昨夜の話をするのではなかったのか。
慶次郎は口の中の飴を噛み砕き、さらに顔をしかめた。
「あぁクソ、苦ぇな畜生――あぁ。今回の仕事にはサチと吹雪で当たってもらう」
「わたしと吹雪ちゃんで……?」
困惑の表情を浮べるサチに対し、慶次郎は「ああ」とうなずく。
「本当は吹雪には時久ともうしばらく組んでもらう予定だったんだがな。今回の案件は、サチと当たらせた方が良いと判断した。悪ぃな」
「いえ、構いませんが……どのような案件でしょう?」
吹雪がたずねると、慶次郎は側に置いていた地図を取り上げた。丸めてあったそれを広げ、会議室の奥にある黒板に貼り付ける。
「ここ――下町の方に、古い地下街があるんだがな。最近、ここに化物が出没しているらしい。運営商会から依頼があった」
「地下街に化物……ですか」
「あぁ、まだ大きな被害は出てないが、傷害事件がいくつか起きている」
「化物の種類などは? 私達で対処可能でしょうか?」
「あぁ。目星は付いてる。商会側から提示された痕跡を調べて、綾廣が割り出した」
吹雪の問いかけに慶次郎はうなずき、演台から一枚の紙を取り上げた。
「窮鼠だ」
黒板に張り出されたそれは、鼠に似た化物の絵だった。版画の写しのようだが、赤い眼を光らせて猫の死骸に群れている様はおどろおどろしい。
吹雪は目を細め、その絵をじっと見つめる。
「窮鼠……?」
「下水道とか地下鉄の線路とか、大都市の地下でたまに湧くんだよ。こいつらの面倒なところはな、まず数が多い。しかも増殖力が強ぇときた」
「一匹一匹は大したことがないんだがね……群れると、本当に厄介だ」
過去に相手にした事があるのか、夕子が重いため息をつく。
慶次郎は面倒くさそうに演台に置いてあったファイルをばさばさと振った。
「調べてみたらよ、どうもこの近くにあるゴミ処理場で先月に湧いてたんだよ。その時は会社側が駆除したらしいんだが――」
「あー……何匹か逃がしてたんだ」
「おう。多分ここから移動して棲み着いたんだな。そうして増えていった……ったく、おおかた安い退治屋を雇ったんだろ」
サチの言葉に、慶次郎は左目の眼帯を弄りながら深々とため息をついた。
代わって時久が口を開いた。
「発生したのは最近の事だ、まだ群れとしての規模は小さい。窮鼠封じで十分殲滅可能だ。今日の夕方、俺が貴様ら二人を地下街に連れていく。良いな?」
「御堂さんが……ですか?」
「なんだ。何か気になるのか」
時久がぎろりと睨み付けてくる。
その視線をものともせず、吹雪はいぶかしげに眉をひそめた。
「いえ……てっきり二人で勝手に行けというものかと」
「……最近帝都で若い女の失踪事件が相次いでいるからな。念のためだ」
「はぁ、そうですか……」
時久は素っ気なく視線をそらした。
どうにも言葉の歯切れが悪い気がする。吹雪は眉をひそめ、じっと時久の横顔を見つめた。
その隣で、サチがそろそろと手を挙げた。
「あの……」
「ん、どうしたサチ?」
慶次郎がたずねると、サチはどことなく居心地悪そうに身じろぎした。
「だ、大丈夫でしょうか? わたしと、吹雪ちゃんの二人だけで」
サチは不安げに瞳を揺らし、しきりに襟元を弄っている。
そんなサチに、慶次郎はふっと表情を和らげた。
「……安心しろ。なにも怖ぇことはねぇよ、サチ」
「でもわたし――」
「大丈夫だ。後までしっかり考えてある」
慶次郎はしっかりとうなずいた。そこでふと思い出したようにベストから懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「――っと、三十分か。とりあえず今日は解散だ。トキと夕子は残っていてくれ」




