9.少女は憤慨す。
サブタイトル考えるのホント大変!!
総ては一瞬だった。
侵入してきた馬鹿共を追い払うのに手間どっていたら、もう片方の侵入者が好機とばかりに襲い掛かってきたのだ。
しかもこんな時に限って、相手はそこそこの力を持ったアヤカシだった。
姿こそそれほど大きくはないが、何より敏捷性が高く、風のように動き回って辺りのものを切り裂く。
これが件の化け物の正体だ。
だが、椿にとって、そして赤夜にとっても手こずる程の相手ではない。そう手間取ることなく始末出来る相手だったはずだ。
なのに――目の前の男は、何故怪我を負っている?
早く帰れと尻を叩いて、他の奴らは一目散に逃げていったのに、この男だけは椿を連れて逃げようとした。
結果逃げ遅れて、割れたガラスを背中に受け、怪我をしている。二の腕を捕まれていた椿は、のっぽのこの男が壁となっていたために傷一つ無かった。
椿はその場に崩折れる男を、瞳がこぼれ落ちんばかりに凝視する。知らず噛み締めた唇から、血が一筋滴った。
男の血と椿の血の匂いに興奮したのか、アヤカシの動きがより激しくなる。
窓ガラスが割れ、廊下の壁が大きく削られる音が途切れることなく響き渡り、その余波が椿の衣服や肌を掠めていく。
椿は一度固く目を閉じ、男の前に立った。暴れ回るアヤカシと真っすぐに対峙する。朱い鬼が椿の怒りに呼応して牙を剥き出し、命令を待っているのが視界に入った。
椿は息を吸い、口を開く。その時だった。
「何してるんだ……ッ」
赤夜への命令を口にする前に、椿の腕が後ろから強く引かれる。
驚きに目を見開く椿をよそに、腕を取った男は驚嘆すべき速さで走り出した。もちろん、椿の腕を掴んだまま。
「ちょっと……離してっ!」
腕を引く背中に向けて声を荒げるが、手首を掴む力は弱まりもしない。
「あんた聞いてるのっ、手を……」
もう一度同じ台詞を繰り返す前に、廊下の曲がり角に差し掛かって強い遠心力が体にかかる。と同時にまた強く腕が引かれ、椿は男と共に扉が開いていた教室に滑り込む。
二人を追って来ていたけたたましい音は、教室前を通り過ぎていった。その時になってようやく椿の腕は離される。
「あんたね、なんて無茶するのよ!」
荒い息を吐く男に椿は勢いよく噛み付く。
男は一瞬だけ椿を見、途端に興味を失ったとでもいうように視線を床に落とした。
その様子にさらに椿は苛立つ。
「あのね……、」
「君、は」
ぽつり、落とされたのは男の声。
発言しようとしていたのを遮られた椿は、珍しく口を閉ざして男の言葉を待つ。それは、一応はこの男に庇われたという負い目があるからかもしれなかった。
だが。
「――やっぱりいい」
返されたのは、あっけない手のひら返しの言葉だった。